第11章 非金属元素

ハロゲンとその化合物
─ 原子サイズから性質を導く

高校化学では、フッ素・塩素・臭素・ヨウ素の性質を一つずつ覚えます。 色、状態、酸化力の強さ、ハロゲン化水素の性質 ── 覚える項目は多く、個別暗記に頼りがちです。

大学化学の視点では、これらの性質のほぼすべてを「原子サイズ」というたった一つの原理から導くことができます。 原子サイズが決まれば、電気陰性度が決まり、酸化力が決まり、結合の強さが決まり、酸の強さまで決まります。

以降のセクションでは、原子サイズを出発点にしてハロゲンの性質を一つずつ導いていきます。

1高校での扱いを確認する

まず、高校化学で学ぶハロゲンの知識を整理しておきます。

元素 単体の色・状態(常温) 酸化力
F(フッ素) 淡黄色・気体 最強
Cl(塩素) 黄緑色・気体
Br(臭素) 赤褐色・液体
I(ヨウ素) 黒紫色・固体

高校では、これらに加えて以下のことを学びます。

  • 酸化力の順序は $\text{F}_2 > \text{Cl}_2 > \text{Br}_2 > \text{I}_2$
  • 上位のハロゲンが下位のハロゲンイオンを酸化して置換する(例:$\text{Cl}_2 + 2\text{KBr} \to 2\text{KCl} + \text{Br}_2$)
  • ハロゲン化水素:HF, HCl, HBr, HI はいずれも酸性だが、HF のみ弱酸
  • 塩素の製法(MnO$_2$ と濃塩酸の反応)と漂白作用
  • 電気陰性度は F が最大で、周期表の下に行くほど小さくなる

これらは正しい知識であり、入試でも十分に使えます。 しかし、高校の学び方には一つの特徴があります。それは、各元素の性質が個別の事実として並列的に提示されることです。 「フッ素の酸化力が最も強い」「HF は弱酸」「臭素は液体」── これらの間に何か共通の原理があるのか、それとも偶然の寄せ集めなのかは、高校の授業からは見えにくいところです。

ここまでで高校の知識を確認しました。次のセクションでは、大学の視点から見るとこれらの事実がどのようにつながるかを示します。

2大学の視点で何が変わるか ─ 「原子サイズ」という統一原理

大学化学で最も重要な転換は、ハロゲンの諸性質を個別に覚えるのをやめ、一つの原理から導くようになることです。

原子サイズからすべてを導く

ハロゲンの性質は、「原子サイズ」というたった一つの量から、ほぼすべてを論理的に導くことができます。

導出の流れは以下のとおりです。

原子サイズ(原子半径)
  → 電気陰性度(小さい原子ほど電子を強く引きつける)
  → 酸化力(電気陰性度が高いほど酸化力が強い)
  → 結合エネルギー(原子半径が小さいほど結合が短く強い。ただしF$_2$ は例外)
  → ハロゲン化水素の酸の強さ(H-X 結合が弱いほど強酸)

以降のセクションで、この導出の鎖を一つずつたどっていきます。

高校 vs 大学:何が変わるか
高校:性質を個別に暗記する
「F$_2$ の酸化力が最強」
「HF だけ弱酸」
「I$_2$ は固体」
なぜそうなるかは問わない。
大学:原子サイズから全部導ける
原子半径 → 電気陰性度 → 酸化力
原子半径 → 結合エネルギー → 酸の強さ
一つの原理で統一的に説明できる。
高校:「酸化力の順序」は覚えるもの
F$_2$ > Cl$_2$ > Br$_2$ > I$_2$ を暗記。
大学:標準還元電位 $E^\circ$ で定量的に比較できる
反応が起こるかどうかを数値で予測できる。
高校:「HF は弱酸」を覚える
理由の説明は限定的。
大学:結合エネルギーと水和エネルギーの競合で説明
なぜ HF だけ弱酸なのかを定量的に理解できる。

では、この導出の出発点である「原子サイズ」がなぜ元素ごとに異なるのかを理解するために、まず有効核電荷の概念を導入しましょう。

3必要な準備 ─ 有効核電荷と原子サイズ

そもそもなぜ原子サイズは元素ごとに異なるのか ── この問いに答えるための概念が有効核電荷 $Z_{\text{eff}}$ です。

(有効核電荷の詳細な理論は 📖 C-1-3「イオン化エネルギーと電気陰性度」で扱います。ここではこの記事で必要な要点のみを説明します。)

なぜ「有効核電荷」が必要なのか

原子核の正電荷(陽子数 $Z$)が大きいほど、電子は核に強く引きつけられるはずです。 しかし、多電子原子では内側の電子が核の正電荷を部分的に遮蔽するため、最外殻電子が「感じる」正電荷は $Z$ そのものよりも小さくなります。

有効核電荷の定義

$$Z_{\text{eff}} = Z - \sigma$$

【定義】$Z_{\text{eff}}$ は、最外殻電子が実効的に感じる核電荷として定義される量です。
$Z$:原子番号(核の陽子数)。$\sigma$:遮蔽定数(内側の電子による遮蔽の大きさ)。 $Z_{\text{eff}}$ が大きいほど、最外殻電子は核に強く引きつけられ、原子は小さくなります。

同族元素では原子サイズが下に行くほど大きくなる

ハロゲンの場合を見てみましょう。F, Cl, Br, I は同じ第17族ですが、周期が異なります。

元素 周期 電子配置(最外殻) 共有結合半径 / pm
F 第2周期 $2s^2\,2p^5$ 64
Cl 第3周期 $3s^2\,3p^5$ 99
Br 第4周期 $4s^2\,4p^5$ 114
I 第5周期 $5s^2\,5p^5$ 133

周期が大きくなると、最外殻の主量子数 $n$ が増えます。 $n$ が大きい軌道は核からより遠くに広がるため、$Z_{\text{eff}}$ が多少大きくなっても、原子サイズ自体は増大します。 これが「同族では下に行くほど原子が大きい」理由です。

出発点の確認 ── ハロゲンの原子サイズの序列

$$r(\text{F}) < r(\text{Cl}) < r(\text{Br}) < r(\text{I})$$

この序列から、以降のセクションで酸化力、結合エネルギー、酸の強さをすべて導きます。

ここまでで、導出の出発点(原子サイズの序列とその理由)が整いました。次に、この原子サイズから酸化力がどう決まるかを見ていきます。

4原子サイズから酸化力を導く

セクション3で確認した原子サイズの序列 $r(\text{F}) < r(\text{Cl}) < r(\text{Br}) < r(\text{I})$ から、酸化力の序列を導きましょう。

ステップ1:原子サイズ → 電気陰性度

原子が小さいとは、最外殻電子が核に近いということです。 核に近い電子は核の正電荷を強く感じるため、さらに別の電子を引きつける力(=電気陰性度)も大きくなります。

元素 共有結合半径 / pm 電気陰性度(ポーリング値)
F 64 3.98
Cl 99 3.16
Br 114 2.96
I 133 2.66

予想どおり、原子が小さい順に電気陰性度が高くなっています。

ステップ2:電気陰性度 → 酸化力

酸化力とは「相手から電子を奪う力」です。 ハロゲン単体の酸化反応は、次のように書けます。

$$\text{X}_2 + 2e^- \to 2\text{X}^-$$

電気陰性度が高い元素ほど電子を引きつける力が強いので、この反応が進みやすくなります。 したがって、

酸化力の導出

原子サイズ:$r(\text{F}) < r(\text{Cl}) < r(\text{Br}) < r(\text{I})$

→ 電気陰性度:$\chi(\text{F}) > \chi(\text{Cl}) > \chi(\text{Br}) > \chi(\text{I})$

→ 酸化力:$\text{F}_2 > \text{Cl}_2 > \text{Br}_2 > \text{I}_2$

【導出値】原子サイズ(実測値)から、電気陰性度・酸化力の序列が論理的に導かれます。 高校で暗記した酸化力の順序が、原子サイズという一つの実測事実から導出されたことになります。

ただし、この説明は定性的(「どちらが強いか」)なものです。 どれくらい強いかを定量的に表す指標が標準還元電位 $E^\circ$ です。

標準還元電位 $E^\circ$ の導入

高校化学では「イオン化傾向」を学びますが、これは金属のイオン化しやすさの定性的な序列でした。 大学化学では、すべての酸化還元反応を数値で比較できる指標として、標準還元電位 $E^\circ$ を使います。

($E^\circ$ の熱力学的な導出は 📖 C-5-2「標準電極電位」で詳しく扱います。ここでは使い方の要点だけを説明します。)

標準還元電位 $E^\circ$ の意味

ある半反応(還元反応)が起こりやすいほど $E^\circ$ の値が大きい。

$E^\circ > 0$ のとき、標準水素電極(SHE: standard hydrogen electrode)に対して還元されやすい。

【実測値(定義された基準に対する)】$E^\circ$ の値は、標準水素電極(SHE: $\text{H}^+/\text{H}_2$ の電位を 0 V と定める規約)を基準に実験で測定されます。 $E^\circ$ が大きいほど、電子を受け取りやすい=酸化力が強い、ということを意味します。

ハロゲンの標準還元電位を見てみましょう。

半反応 $E^\circ$ / V
$\text{F}_2 + 2e^- \to 2\text{F}^-$ +2.87
$\text{Cl}_2 + 2e^- \to 2\text{Cl}^-$ +1.36
$\text{Br}_2 + 2e^- \to 2\text{Br}^-$ +1.07
$\text{I}_2 + 2e^- \to 2\text{I}^-$ +0.54

$E^\circ$ の値は、原子サイズから予測した酸化力の序列と完全に一致しています。 しかも、$E^\circ$ があれば「どの反応が自発的に進むか」を数値で判定できます(セクション6で実際にやります)。

$E^\circ$ と $\Delta G^\circ$ の関係

$E^\circ$ は熱力学的な量であるギブズエネルギー変化 $\Delta G^\circ$ と、次の関係で結ばれています。

$$\Delta G^\circ = -nFE^\circ$$

ここで $n$ は移動する電子の物質量、$F$ はファラデー定数(96485 C/mol)です。 $E^\circ > 0$ のとき $\Delta G^\circ < 0$ となり、反応は自発的に進みます。 ($\Delta G^\circ$ の詳細は 📖 C-8-2「ギブズエネルギー」を参照)

ここまでで、原子サイズから酸化力を導き、さらにそれを $E^\circ$ で定量化するところまで来ました。次に、同じ原子サイズの考え方を使って、ハロゲン化水素の性質を導きます。

5原子サイズからハロゲン化水素の性質を導く

セクション4では原子サイズから酸化力を導きました。 ここでは、同じ出発点から結合エネルギー酸の強さを導きます。

結合エネルギーと原子サイズ

原子が小さいほど、結合に関与する軌道が小さく、軌道の重なりが密になるため、結合エネルギーは一般に大きくなります。 H-X 結合について確認しましょう。

結合 結合距離 / pm 結合エネルギー / kJ mol$^{-1}$
H-F 92 567
H-Cl 127 431
H-Br 141 366
H-I 161 298

予想どおり、原子が小さい(結合距離が短い)ほど結合エネルギーが大きくなっています。 特に H-F 結合は 567 kJ/mol と突出して強い値です。

酸の強さ ─ なぜ HF だけ弱酸なのか

ハロゲン化水素の酸としての解離反応は、水溶液中で次のように書けます。

$$\text{HX}(\text{aq}) \to \text{H}^+(\text{aq}) + \text{X}^-(\text{aq})$$

高校では「HCl, HBr, HI は強酸、HF は弱酸」と習います。 ここで、結合エネルギーだけを見ると「H-F の結合が最も強いから切れにくい → だから弱酸」と考えたくなります。 この説明は方向としては正しいのですが、実は話はそう単純ではありません。

落とし穴:「結合が強いから弱酸」は不十分な説明

不十分な説明:「H-F の結合エネルギーが大きいから、H-F は切れにくく弱酸」

より正確には:酸の強さは気相での結合解離だけでなく、水和エネルギーとの競合で決まります。 HF の場合、H-F の結合エネルギーが非常に大きいことに加え、F$^-$ の水和エネルギーの寄与を差し引いても なお解離が不利になるため、弱酸となります。

水溶液中での酸の解離は、ヘスの法則の考え方を使うと、次のステップに分解できます。

  1. H-X 結合の切断(気相):結合エネルギー分のエネルギーが必要
  2. H の電子を X に渡す(イオン化):H のイオン化エネルギー − X の電子親和力
  3. H$^+$ と X$^-$ が水和する:水和エネルギーが放出される

F$^-$ はイオン半径が非常に小さいため、水和エネルギーが大きく、これはHF の解離を有利にする方向に働きます。 しかし、H-F の結合エネルギー(567 kJ/mol)の寄与がそれを上回るため、全体として解離は不利になり、HF は弱酸($K_a = 6.3 \times 10^{-4}$)となります。

一方、HCl, HBr, HI では結合エネルギーが十分に小さいため、水和エネルギーの放出で解離が有利となり、強酸になります。

原子サイズから酸の強さを導く

原子サイズが小さい → H-X 結合エネルギーが大きい → 解離しにくい → 弱酸(HF)

原子サイズが大きい → H-X 結合エネルギーが小さい → 解離しやすい → 強酸(HCl, HBr, HI)

ただし、水和エネルギーも考慮する必要があり、結合エネルギーの差がそれを上回るかどうかがポイントです。

F-F 結合が意外に弱い理由 ─ ローンペア反発

「原子が小さいほど結合が強い」という原則には、重要な例外があります。 X-X 結合(ハロゲン単体の結合)のエネルギーを見てみましょう。

結合 結合エネルギー / kJ mol$^{-1}$
F-F 159
Cl-Cl 243
Br-Br 193
I-I 151

Cl-Cl が最も強く、F-F はそれよりもかなり弱い値です。 「最も小さい原子なら結合も最強のはず」という予想に反しています。その原因はローンペア反発にあります。

フッ素原子は非常に小さいため、F-F 結合を形成すると、結合に関与しないローンペア(非共有電子対)同士が非常に近い距離で向かい合います。 電子対は互いに反発するため、このローンペア反発が結合を弱める方向に働きます。

F-F 結合が弱い理由

F-F の結合エネルギー = 軌道の重なりによる安定化 − ローンペア反発による不安定化

【実測値の解釈】F-F の結合エネルギー(159 kJ/mol)は実測値です。 フッ素原子が小さすぎるため、ローンペア反発の不安定化が大きく、結果として Cl-Cl(243 kJ/mol)よりも弱い結合になります。 同じ現象は O-O 結合(146 kJ/mol)や N-N 単結合(160 kJ/mol)でも見られ、第2周期の小さい原子に共通する特徴です。
落とし穴:「小さいほど結合が強い」は万能ではない

誤った一般化:「原子が小さいほど結合は常に強い」

正しい理解:H-X のように異種原子間の結合では「小さいほど強い」が成り立ちます。 しかし X-X のように同種原子間の結合では、第2周期元素ではローンペア反発が効くため、この原則が破れます。 「原子サイズから導く」原理を使うときも、この例外を把握しておくことが重要です。

ここまでで、原子サイズから結合エネルギーと酸の強さを導きました。また、F-F 結合の例外もローンペア反発で説明できることを見ました。次に、これまで学んだ $E^\circ$ を使って、実際にハロゲンの反応が起こるかどうかを予測する方法を身につけましょう。

6応用 ─ 標準還元電位で反応の可否を予測する

セクション4で導入した $E^\circ$ の値を使うと、「ある反応が自発的に起こるかどうか」を数値で判定できます。 高校では「上位のハロゲンが下位を置換する」と暗記しましたが、$E^\circ$ を使えばなぜそうなるかが定量的に分かります。

判定の原理

反応の自発性の判定

$$E^\circ_{\text{cell}} = E^\circ_{\text{cathode}} - E^\circ_{\text{anode}}$$

$E^\circ_{\text{cell}} > 0$ ならば反応は自発的に進む。

【導出値】この式は各半反応の $E^\circ$(実測値)から、全体の反応の起電力を計算するものです。
$E^\circ_{\text{cathode}}$ は還元される物質(酸化剤)の標準還元電位、$E^\circ_{\text{anode}}$ は酸化される物質(還元剤)の標準還元電位です。

具体例1:Cl$_2$ は Br$^-$ を酸化できるか

反応:$\text{Cl}_2 + 2\text{Br}^- \to 2\text{Cl}^- + \text{Br}_2$

$E^\circ$ による判定

還元される物質(酸化剤):Cl$_2$ → $E^\circ = +1.36$ V

酸化される物質(還元剤):Br$^-$(逆反応の $E^\circ$)→ $E^\circ = +1.07$ V

$$E^\circ_{\text{cell}} = 1.36 - 1.07 = +0.29 \text{ V} > 0$$

$E^\circ_{\text{cell}} > 0$ なので、この反応は自発的に進みます

高校で習った「Cl$_2$ を KBr 水溶液に通じると Br$_2$ が遊離する」は、$E^\circ$ の差で定量的に裏付けられます。

具体例2:I$_2$ は Cl$^-$ を酸化できるか

反応:$\text{I}_2 + 2\text{Cl}^- \to 2\text{I}^- + \text{Cl}_2$

$E^\circ$ による判定

還元される物質(酸化剤):I$_2$ → $E^\circ = +0.54$ V

酸化される物質(還元剤):Cl$^-$(逆反応の $E^\circ$)→ $E^\circ = +1.36$ V

$$E^\circ_{\text{cell}} = 0.54 - 1.36 = -0.82 \text{ V} < 0$$

$E^\circ_{\text{cell}} < 0$ なので、この反応は自発的には進みません

I$_2$ の酸化力は Cl$_2$ より弱いので、Cl$^-$ から電子を奪うことはできません。

具体例3:Br$_2$ は I$^-$ を酸化できるか

$E^\circ$ による判定

還元される物質:Br$_2$ → $E^\circ = +1.07$ V

酸化される物質:I$^-$ → $E^\circ = +0.54$ V

$$E^\circ_{\text{cell}} = 1.07 - 0.54 = +0.53 \text{ V} > 0$$

自発的に進みます。$E^\circ$ の差が大きく、反応は十分に進行します。

$E^\circ$ による判定のまとめ

上位のハロゲン($E^\circ$ が大きい)は、下位のハロゲンイオンを酸化できる。

逆(下位のハロゲンが上位のハロゲンイオンを酸化する)は起こりません。

高校で暗記した「置換反応の規則」は、$E^\circ$ の大小関係から自動的に導かれるものです。

含酸素酸とポーリングの規則

ハロゲンの含酸素酸(HClO, HClO$_2$, HClO$_3$, HClO$_4$ など)の酸の強さについても、体系的な理解が可能です。 ポーリングの規則によれば、含酸素酸 $\text{XO}_m(\text{OH})_n$ の酸性度は、 「$\text{OH}$ に結合していない余分の $\text{O}$ の数 $m$」で決まります。

$m = 0$:弱酸(HClO, $K_a \sim 10^{-8}$)
$m = 1$:中程度の酸(HClO$_2$, $K_a \sim 10^{-2}$)
$m = 2$:強酸(HClO$_3$)
$m = 3$:非常に強い酸(HClO$_4$)

余分な O 原子が電子を引きつけ、O-H 結合の電子密度を下げて H$^+$ を放出しやすくする、というのがこの規則の物理的意味です。

ここまでで、原子サイズを出発点として酸化力・結合エネルギー・酸の強さを導き、さらに $E^\circ$ を使って反応の可否を予測する方法まで身につけました。次のセクションでは、この記事の内容が他の分野とどうつながるかを整理します。

7つながりマップ

この記事で学んだ内容は、化学の多くの分野と結びついています。

  • 📖 C-1-3 イオン化エネルギーと電気陰性度 ── 有効核電荷 $Z_{\text{eff}}$ の理論的基礎。スレーターの規則を使った定量的な計算方法を学びます。 この記事で「なぜ原子サイズが異なるか」を定性的に理解した次のステップとして位置づけられます。
  • 📖 C-8-2 ギブズエネルギー ── $\Delta G^\circ$ の概念とその応用。この記事では $E^\circ$ から反応の自発性を判定しましたが、 C-8-2 ではより一般的な熱力学的判定法を学びます。
  • 📖 C-5-2 標準電極電位 ── $E^\circ$ の測定法、ネルンストの式、電池の起電力計算。 この記事で導入した $E^\circ$ の背景にある理論を体系的に学びます。
  • 📖 C-11-3 酸素・硫黄とその化合物📖 C-11-4 窒素・リンとその化合物 ── 同じ「原子サイズから性質を導く」手法が、酸素族や窒素族にも適用できます。 ローンペア反発による結合弱化は、O-O 結合や N-N 結合でも同様に現れます。
Sまとめ

この記事で学んだことを整理します。

  • ハロゲンの諸性質は原子サイズという一つの量から導くことができる。 個別暗記ではなく、原理からの導出が大学化学の視点。
  • 原子サイズ → 電気陰性度 → 酸化力の順序。 $E^\circ$ を使えば酸化力を定量的に比較でき、反応の可否も数値で予測できる。
  • 原子サイズ → H-X 結合エネルギー → 酸の強さ。 HF が弱酸であるのは、H-F 結合エネルギーの大きさが水和エネルギーの寄与を上回るため。
  • 「小さいほど結合が強い」の例外として F-F 結合のローンペア反発がある。 原理を使うときも例外を把握しておくことが重要。
Q確認テスト

理解を確認しましょう

Q1. ハロゲンの酸化力が F$_2$ > Cl$_2$ > Br$_2$ > I$_2$ の順になる理由を、原子サイズを出発点にして3ステップで説明してください。

クリックして解答を表示 原子サイズが F < Cl < Br < I → 原子が小さいほど電気陰性度が高い → 電気陰性度が高いほど電子を引きつける力(酸化力)が強い。したがって酸化力は F$_2$ が最大。

Q2. HF が弱酸で HCl が強酸である理由を、結合エネルギーと水和エネルギーの観点から説明してください。

クリックして解答を表示 HF の H-F 結合エネルギーは 567 kJ/mol と非常に大きい。F$^-$ の水和エネルギーも大きいが、結合エネルギーの寄与がそれを上回るため、解離は不利で弱酸となる。一方 HCl の H-Cl 結合エネルギーは 431 kJ/mol と小さく、水和エネルギーの放出で解離が有利になるため強酸となる。

Q3. F-F 結合が Cl-Cl 結合よりも弱い理由は何ですか。

クリックして解答を表示 フッ素原子が非常に小さいため、F-F 結合を形成するとローンペア(非共有電子対)同士が極めて近い距離で向かい合い、強い反発が生じる。このローンペア反発が結合を弱化させ、結果として Cl-Cl よりも結合エネルギーが小さくなる。

Q4. $E^\circ(\text{Br}_2/\text{Br}^-) = +1.07$ V、$E^\circ(\text{I}_2/\text{I}^-) = +0.54$ V のとき、Br$_2$ と KI 水溶液を混合すると反応が進むかどうか、$E^\circ_{\text{cell}}$ を計算して判定してください。

クリックして解答を表示 $E^\circ_{\text{cell}} = E^\circ_{\text{cathode}} - E^\circ_{\text{anode}} = 1.07 - 0.54 = +0.53$ V > 0。よって反応は自発的に進む。Br$_2$ + 2I$^-$ → 2Br$^-$ + I$_2$ の反応が起こる。
E演習問題
問1 Level A 原子サイズと性質

ハロゲンの原子半径は F < Cl < Br < I の順に大きくなる。 この事実を出発点として、以下の問いに答えよ。

(a) ハロゲンの電気陰性度の大小関係を記し、原子サイズとの関係から理由を述べよ。

(b) ハロゲン単体の酸化力の大小関係を記し、(a) の結果を用いて理由を述べよ。

(c) H-X 結合エネルギーの大小関係を記し、原子サイズとの関係から理由を述べよ。

クリックして解答・解説を表示
解答

(a) $\chi(\text{F}) > \chi(\text{Cl}) > \chi(\text{Br}) > \chi(\text{I})$。 原子が小さいほど最外殻電子が核に近く、結合電子を引きつける力が強いため。

(b) $\text{F}_2 > \text{Cl}_2 > \text{Br}_2 > \text{I}_2$。 酸化力とは相手から電子を奪う力であり、電気陰性度が高い(電子を引きつける力が強い)ほど酸化力が大きい。

(c) $D(\text{H-F}) > D(\text{H-Cl}) > D(\text{H-Br}) > D(\text{H-I})$。 X の原子半径が小さいほど H-X の結合距離が短く、軌道の重なりが大きくなるため結合エネルギーが大きい。

採点のポイント
  • 各小問で「原子サイズ」を出発点とした論理の流れが示されているか
  • (b) で電気陰性度と酸化力を結びつけた説明ができているか
問2 Level B 標準還元電位

以下の標準還元電位のデータを用いて、各問いに答えよ。

$E^\circ(\text{Cl}_2/\text{Cl}^-) = +1.36$ V、 $E^\circ(\text{Br}_2/\text{Br}^-) = +1.07$ V、 $E^\circ(\text{I}_2/\text{I}^-) = +0.54$ V、 $E^\circ(\text{Fe}^{3+}/\text{Fe}^{2+}) = +0.77$ V

(a) Cl$_2$ を KI 水溶液に通じたとき、反応が起こるかどうかを $E^\circ_{\text{cell}}$ を計算して判定せよ。

(b) I$_2$ を FeCl$_2$ 水溶液に加えたとき、Fe$^{2+}$ が Fe$^{3+}$ に酸化されるかどうかを判定せよ。

(c) Br$_2$ を FeCl$_2$ 水溶液に加えた場合はどうか。

クリックして解答・解説を表示
解答

(a) $E^\circ_{\text{cell}} = 1.36 - 0.54 = +0.82$ V > 0。反応は自発的に進む。

$\text{Cl}_2 + 2\text{I}^- \to 2\text{Cl}^- + \text{I}_2$

(b) 酸化剤 I$_2$($E^\circ = +0.54$ V)、還元剤 Fe$^{2+}$($E^\circ = +0.77$ V)。 $E^\circ_{\text{cell}} = 0.54 - 0.77 = -0.23$ V < 0。反応は自発的には進まない。

(c) 酸化剤 Br$_2$($E^\circ = +1.07$ V)、還元剤 Fe$^{2+}$($E^\circ = +0.77$ V)。 $E^\circ_{\text{cell}} = 1.07 - 0.77 = +0.30$ V > 0。反応は自発的に進む。

$\text{Br}_2 + 2\text{Fe}^{2+} \to 2\text{Br}^- + 2\text{Fe}^{3+}$

解説

$E^\circ_{\text{cell}} > 0$ なら反応は自発的に進み、$E^\circ_{\text{cell}} < 0$ なら進まないという判定法を機械的に適用すればよい。 (b) では I$_2$ の酸化力($E^\circ = +0.54$ V)が Fe$^{2+}$ の還元電位($+0.77$ V)より小さいため、 I$_2$ は Fe$^{2+}$ から電子を奪えない。 (c) では Br$_2$ の酸化力($+1.07$ V)が Fe$^{2+}$ の還元電位($+0.77$ V)より大きいため、酸化が進行する。

採点のポイント
  • $E^\circ_{\text{cell}}$ の計算式と符号の判定が正しいか
  • 酸化剤・還元剤の特定が正しいか
  • 反応式の記述が正しいか
問3 Level C ローンペア反発・酸の強さ

以下のデータを用いて、各問いに答えよ。

結合 結合エネルギー / kJ mol$^{-1}$
F-F 159
Cl-Cl 243
O-O(単結合) 146
S-S(単結合) 266

(a) F-F 結合が Cl-Cl 結合よりも弱い理由を、ローンペア反発の概念を用いて説明せよ。

(b) O-O 結合と S-S 結合にも同じ傾向が見られることを確認し、第2周期元素に共通するこの特徴の原因を一般的に述べよ。

(c) HF が弱酸であることを「結合エネルギーが大きいから」とだけ説明するのは不十分である。 なぜ不十分なのかを述べ、より正確な説明を行え。

クリックして解答・解説を表示
解答

(a) フッ素原子は非常に小さいため、F-F 結合を形成するとローンペア(非共有電子対)同士が極めて近距離で対向し、 強い電子間反発が生じる。この反発が結合の安定化を部分的に打ち消すため、F-F の結合エネルギーは Cl-Cl よりも小さくなる。

(b) O-O(146 kJ/mol)< S-S(266 kJ/mol)であり、F-F < Cl-Cl と同じ傾向を示す。 第2周期元素は原子半径が小さく、ローンペアを持つ同種原子間の単結合では、ローンペア反発が結合を弱化させる。 第3周期以下では原子が十分大きいためローンペア反発の影響が小さく、結合エネルギーは軌道の重なりで決まる。

(c) 水溶液中での酸の解離は、(i) H-X 結合の切断、(ii) イオン化、(iii) 水和の各ステップのエネルギー収支で決まる。 F$^-$ は小さいためイオン半径あたりの電荷密度が高く、水和エネルギーが大きい。 これは解離を有利にする方向に働く。しかし、H-F の結合エネルギー(567 kJ/mol)の寄与が水和エネルギーの寄与を上回るため、 全体として解離が不利になり HF は弱酸となる。 「結合エネルギーが大きいから弱酸」は結論として正しい方向を向いているが、水和エネルギーという逆向きの寄与を無視しており、 なぜ結合エネルギーの効果が「勝つ」のかを説明できていない点で不十分である。

採点のポイント
  • (a) 「ローンペア反発」というキーワードと、その原因が「原子が小さいこと」に帰着されているか
  • (b) 第2周期元素に共通する現象として一般化できているか
  • (c) 水和エネルギーの寄与を考慮した上で、なお結合エネルギーの効果が上回ることを説明できているか