高校化学では、Na は水と激しく反応する、K はさらに激しい、Ba(OH)$_2$ は強塩基、炎色反応で Na は黄色 ── といった個々の事実を暗記します。
これらの事実をつなげる共通の原理は、高校の範囲では明示されません。
大学化学では、1族・2族元素の電子配置がそれぞれ $ns^1$・$ns^2$ であること、そして周期が大きくなるほど有効核電荷に対して原子半径が大きくなり、イオン化エネルギーが低下するという一つの事実から、水との反応の激しさ、水酸化物の塩基性の強さ、硫酸塩の溶解度の傾向、さらにはLiとMgが似た性質を示す「対角関係」まで、すべてを統一的に説明できます。
高校化学では、1族元素(アルカリ金属)と2族元素(アルカリ土類金属)について、次のような事実を学びます。
高校では Be と Mg は「アルカリ土類金属に含めない」と習います。これは、BeやMgが炎色反応を示さず、水酸化物の性質もCa以降とは異なるためです。 ただし、周期表の分類上は Be も Mg も2族元素であり、大学化学では2族全体をまとめて議論します。
これらの事実は高校の入試問題で頻出ですが、「なぜ K は Na より水との反応が激しいのか」「なぜ Ba(OH)$_2$ は Ca(OH)$_2$ より強い塩基なのか」「なぜ BaSO$_4$ は水に溶けないのか」という問いに対して、高校の範囲では体系的な説明が難しいのが実情です。次のセクションでは、これらの問いに一つの原理から答える方法を示します。
大学化学では、1族・2族元素をsブロック元素として統一的に扱います。 sブロック元素とは、最外殻の電子が $s$ 軌道に入っている元素のことです。 1族は $ns^1$、2族は $ns^2$ の電子配置を持ち、この最外殻の $s$ 電子を失って陽イオンになることが、これらの元素の化学的性質を決定しています。
そして、周期が下に行くほど($n$ が大きくなるほど)、最外殻電子は原子核から遠くなり、内殻電子による遮蔽を多く受けるため、有効核電荷に対する原子半径の比率が大きくなります。 その結果、イオン化エネルギーが低下し、電子を失いやすくなります。 この一つの傾向から、水との反応性、水酸化物の塩基性、塩の溶解度に至るまで、一貫して説明できます。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 1族・2族元素の電子配置($ns^1$, $ns^2$)とイオン化エネルギーの周期的変化を、有効核電荷と原子半径から説明できる
2. 水との反応の激しさの順序を、第一イオン化エネルギーと水和エンタルピーを用いて定量的に説明できる
3. 2族の水酸化物の塩基性の強さの傾向を、イオン半径と格子エネルギーの関係から導ける
4. 硫酸塩の溶解度の傾向を、格子エネルギーと水和エンタルピーの大きさの比較から説明できる
5. 対角関係(Li-Mg、Be-Al)がなぜ生じるかを、電荷密度の概念で説明できる
これらの説明にはいずれも「イオン化エネルギー」と「イオン半径」が鍵になります。次のセクションでは、この二つの量がsブロック元素でどのように変化するかを確認します。
ここで用いる有効核電荷とイオン化エネルギーの概念は 📖 第1章 §3 で詳しく解説しています。以下では、sブロック元素に焦点を当てて要点を確認します。
原子核の正電荷 $Z$ のうち、内殻電子の遮蔽によって最外殻電子が実際に「感じる」正電荷を有効核電荷 $Z_{\text{eff}}$ と呼びます。 最外殻電子のエネルギーや原子半径は、$Z$ ではなく $Z_{\text{eff}}$ で決まります。
1族・2族元素の第一イオン化エネルギー $I_1$ の実測値を見てみます。
| 元素 | 族 | 電子配置(最外殻) | $I_1$ / kJ mol${}^{-1}$ | イオン半径 / pm |
|---|---|---|---|---|
| Li | 1 | $2s^1$ | 520 | 76(Li$^+$) |
| Na | 1 | $3s^1$ | 496 | 102(Na$^+$) |
| K | 1 | $4s^1$ | 419 | 138(K$^+$) |
| Rb | 1 | $5s^1$ | 403 | 152(Rb$^+$) |
| Cs | 1 | $6s^1$ | 376 | 167(Cs$^+$) |
| Be | 2 | $2s^2$ | 900 | 45(Be$^{2+}$) |
| Mg | 2 | $3s^2$ | 738 | 72(Mg$^{2+}$) |
| Ca | 2 | $4s^2$ | 590 | 100(Ca$^{2+}$) |
| Sr | 2 | $5s^2$ | 550 | 118(Sr$^{2+}$) |
| Ba | 2 | $6s^2$ | 503 | 135(Ba$^{2+}$) |
この表から二つの明確な傾向が読み取れます。
同時に、イオン半径も周期が下がるほど大きくなります。イオン化エネルギーの低下とイオン半径の増大は、どちらも同じ原因(主量子数 $n$ の増大に伴う最外殻電子の原子核からの距離の増加)から生じており、表裏一体の関係にあります。
この二つの傾向 ── イオン化エネルギーの低下とイオン半径の増大 ── が、以降のセクションで繰り返し登場する「道具」です。次のセクションでは、まずこの道具を使って水との反応の激しさを説明します。
アルカリ金属は水と反応して水酸化物と水素を生じます。一般式は次の通りです。
$$2\text{M}(\text{s}) + 2\text{H}_2\text{O}(\text{l}) \longrightarrow 2\text{M}^+(\text{aq}) + 2\text{OH}^-(\text{aq}) + \text{H}_2(\text{g})$$
2族元素(Ca, Sr, Ba)も水と反応しますが、$\text{M}^{2+}$ を生じます。
$$\text{M}(\text{s}) + 2\text{H}_2\text{O}(\text{l}) \longrightarrow \text{M}^{2+}(\text{aq}) + 2\text{OH}^-(\text{aq}) + \text{H}_2(\text{g})$$
高校では「Li → Na → K の順に反応が激しくなる」と習いますが、なぜでしょうか。 これを理解するために、反応を段階に分けて考えます。
金属 M が水と反応して水溶液中の陽イオン $\text{M}^+(\text{aq})$ になる過程は、概念的に次の段階に分けることができます。
反応全体のエンタルピー変化は、これらの段階の和として理解できます(ヘスの法則)。反応が激しいかどうかは、主に全体の発熱量と活性化エネルギーに関係しますが、ここではエンタルピーの変化に注目します。
金属 M が水溶液中のイオン $\text{M}^+(\text{aq})$ になるまでのエネルギー変化は、次の3つの寄与に分解できます。
$$\Delta H \approx \Delta H_{\text{sub}} + I_1 + \Delta H_{\text{hyd}}$$
$\Delta H_{\text{sub}}$:昇華エンタルピー(正、吸熱)
$I_1$:第一イオン化エネルギー(正、吸熱)
$\Delta H_{\text{hyd}}$:水和エンタルピー(負、発熱)
この分解はヘスの法則に基づくものであり、実際の反応経路とは異なります。反応が実際にこの順序で進むわけではありませんが、全体のエンタルピー変化はこの和で与えられます。$\Delta H_{\text{hyd}}$ の絶対値が $\Delta H_{\text{sub}} + I_1$ を上回るほど、反応は発熱的になります。
それでは、1族元素についてこれらの値を比較します。
| 元素 | $\Delta H_{\text{sub}}$ / kJ mol${}^{-1}$ | $I_1$ / kJ mol${}^{-1}$ | $\Delta H_{\text{hyd}}$ / kJ mol${}^{-1}$ | 合計の概算 |
|---|---|---|---|---|
| Li | 159 | 520 | $-520$ | $+159$ |
| Na | 108 | 496 | $-406$ | $+198$ |
| K | 89 | 419 | $-322$ | $+186$ |
| Rb | 81 | 403 | $-297$ | $+187$ |
| Cs | 76 | 376 | $-264$ | $+188$ |
この表を見ると、$\text{M}(\text{s}) \to \text{M}^+(\text{aq})$ の過程だけでは、合計は正(吸熱的)で、Li から Cs まで大きな差がないように見えます。これは、イオン化エネルギーの低下と水和エンタルピー(の絶対値)の低下が互いに打ち消し合うためです。
誤解:「K のイオン化エネルギーは Na より低いから、K のほうが水と激しく反応する」── この説明はよく見かけますが、不完全です。
正確には:イオン化エネルギーが低い元素は水和エンタルピーの絶対値も小さくなります(イオン半径が大きいほど水和が弱い)。全体の発熱量だけでは反応の激しさの差を十分に説明できません。実際の反応の激しさには、活性化エネルギーの低さ(大きな原子ほど金属結合が弱く、表面の原子が反応しやすい)や、反応熱の局所的な集中(発生した熱が金属の融点を超え、溶融して表面積が増大する連鎖的な効果)も寄与しています。
つまり、反応の激しさは「イオン化エネルギーの低下 + 金属結合の弱さ + 低い融点」の複合的な結果です。
Li は例外的に水和エンタルピーの絶対値が非常に大きく($-520$ kJ/mol)、これは Li$^+$ のイオン半径が非常に小さい(76 pm)ため、水分子を強く引きつけるからです。この点は後のセクション(対角関係)で再び取り上げます。
ここまでで、水との反応の激しさがイオン化エネルギーだけでは決まらず、昇華エンタルピー、水和エンタルピー、金属の融点などの複合的な要因で決まることがわかりました。次のセクションでは、同じ「イオン半径」という道具を使って、水酸化物の塩基性と塩の溶解度の傾向を説明します。
2族元素の水酸化物 $\text{M(OH)}_2$ の塩基性は、Be(OH)$_2$(両性)→ Mg(OH)$_2$(弱塩基)→ Ca(OH)$_2$(やや強い塩基)→ Sr(OH)$_2$(強塩基)→ Ba(OH)$_2$(強塩基)の順に強くなります。 これはなぜでしょうか。
水酸化物の塩基性とは、$\text{OH}^-$ を水溶液中に放出する能力のことです。 $\text{M(OH)}_2$ が完全に電離して $\text{M}^{2+}$ と $\text{OH}^-$ に分かれるほど、強い塩基になります。
電離の起こりやすさは、格子エネルギーと関係しています。 $\text{M(OH)}_2$ の結晶格子を壊して気体状のイオンにするために必要なエネルギーが格子エネルギーです。 格子エネルギーは、陽イオンと陰イオンの間のクーロン引力に比例するため、次のように表されます。
$$U \propto \frac{z^+ \cdot z^-}{r^+ + r^-}$$
$z^+, z^-$:陽イオン・陰イオンの電荷の絶対値、$r^+, r^-$:陽イオン・陰イオンの半径
この比例関係は、ボルン・ランデの式 (📖 第2章 §1 で詳しく解説) から導かれます。 $r^+ + r^-$ が小さいほど(イオン間の距離が短いほど)、格子エネルギーが大きくなり、結晶が安定で壊れにくくなります。
2族の水酸化物では、$\text{OH}^-$ の半径(133 pm)は共通で、$\text{M}^{2+}$ の半径だけが変わります。 Be$^{2+}$(45 pm)は非常に小さいので格子エネルギーが大きく、$\text{Be(OH)}_2$ の結晶は壊れにくい ── つまり電離しにくく、塩基性が弱いのです。 逆に Ba$^{2+}$(135 pm)は大きいので格子エネルギーが小さく、$\text{Ba(OH)}_2$ は容易に電離し、強塩基になります。
$\text{M}^{2+}$ のイオン半径が大きいほど → 格子エネルギーが小さい → $\text{M(OH)}_2$ が電離しやすい → 塩基性が強い
Be(OH)$_2$(両性) < Mg(OH)$_2$ < Ca(OH)$_2$ < Sr(OH)$_2$ < Ba(OH)$_2$(強塩基)
この傾向は、セクション3の表で確認したイオン半径の大小と完全に一致します。
2族元素の硫酸塩 $\text{MSO}_4$ の溶解度は、高校化学でも重要なテーマです。 MgSO$_4$ は水に溶けやすい一方、CaSO$_4$ はやや溶けにくく(石膏)、BaSO$_4$ はほぼ不溶です。 この傾向は水酸化物とは逆方向であり、これを理解するにはもう少し丁寧な議論が必要です。
塩が水に溶けるかどうかは、格子エネルギー(結晶を壊すのに必要なエネルギー)と水和エンタルピー(イオンが水和して放出するエネルギー)の差で決まります。 溶解が起こるためには、水和による安定化が格子エネルギーを上回る必要があります(エントロピーの寄与もありますが、ここではエンタルピーに注目します)。
硫酸イオン $\text{SO}_4^{2-}$ は半径が大きい多原子イオン(約 230 pm)です。ここが鍵になります。
結果として、Mg$^{2+}$ では水和エンタルピーの大きさが格子エネルギーを上回り、溶解が有利になります。 一方、Ba$^{2+}$ では水和エンタルピーが小さく、格子エネルギーを十分に補えないため、溶解が不利になり、BaSO$_4$ は沈殿します。
水酸化物 $\text{M(OH)}_2$ では陰イオン $\text{OH}^-$ の半径が小さい(133 pm)ため、$r^+$ の変化が $r^+ + r^-$ の値に大きく影響し、格子エネルギーが族を下るにつれて大きく減少します。水和エンタルピーも減少しますが、格子エネルギーの減少のほうが大きいため、周期が下がるほど溶解しやすくなります。
硫酸塩 $\text{MSO}_4$ では陰イオン $\text{SO}_4^{2-}$ の半径が大きい(約 230 pm)ため、$r^+$ の変化が $r^+ + r^-$ にあまり影響せず、格子エネルギーの変化が小さくなります。一方、水和エンタルピーは $r^+$ に強く依存するため大きく減少します。結果として、周期が下がるほど溶解しにくくなります。
つまり、陰イオンの大きさが、溶解度の傾向の向きを決めているのです。
ここまでで、イオン半径の大小が水酸化物の塩基性と塩の溶解度の傾向を決めることがわかりました。しかし、2族の中でも Be と Mg は他の元素とは性質がかなり異なります。次のセクションでは、この「異端」な振る舞いを対角関係として説明します。
周期表で左上の元素と右下の元素が類似した性質を示すことがあり、これを対角関係(diagonal relationship)と呼びます。 sブロック元素で最も顕著なのは、Li と Mg、Be と Al の類似性です。
対角関係は、同じ「電荷密度」を手がかりに理解できます。 電荷密度とは、イオンの電荷をイオンの大きさ(半径の二乗に比例する表面積、あるいは半径の三乗に比例する体積)で割ったものです。定性的には、「イオンの電荷が大きく、サイズが小さいほど、電荷密度が高い」ことを意味します。
周期表を右に進むと電荷が増え、下に進むとサイズが増えます。 右下に斜めに移動すると、電荷の増加とサイズの増加が互いに打ち消し合い、電荷密度がほぼ一定に保たれることがあります。 これが対角関係の本質です。
Li$^+$(電荷 $+1$、半径 76 pm)と Mg$^{2+}$(電荷 $+2$、半径 72 pm)は、電荷は異なりますが、半径がほぼ同じです。 Li$^+$ は1価であるものの半径が非常に小さいため、他のアルカリ金属イオン(Na$^+$: 102 pm、K$^+$: 138 pm)と比べて電荷密度が高く、むしろ Mg$^{2+}$ に近い電荷密度を持ちます。
この結果、Li と Mg は次のような共通の性質を示します。
Be$^{2+}$(電荷 $+2$、半径 45 pm)は非常に小さく、高い電荷密度を持ちます。 Al$^{3+}$(電荷 $+3$、半径 53 pm)は電荷がさらに大きいですが、半径もやや大きいため、電荷密度が Be$^{2+}$ と近い値になります。
この結果、Be と Al は次のような共通の性質を示します。
周期表を1つ右・1つ下に移動すると、イオンの電荷が増加し、イオン半径も増加します。この二つの効果が打ち消し合い、電荷密度がほぼ等しくなることが、対角関係の原因です。
電荷密度が等しいイオンは、周囲の陰イオンや水分子との相互作用の強さが似るため、化学的性質が類似します。
この概念は、セクション3で導入したイオン半径の表から自然に導かれます。Li$^+$(76 pm)≈ Mg$^{2+}$(72 pm)という半径の近さが、電荷密度の類似を生み出しているのです。
ここまでで、sブロック元素の反応性・塩基性・溶解度・対角関係をすべてイオン化エネルギーとイオン半径という共通の道具で説明しました。次のセクションでは、具体的な数値を使った計算例を通じて、この理解の有用性を確認します。
Ca(OH)$_2$ と Ba(OH)$_2$ の格子エネルギーを、イオン半径の比から概算してみます。
格子エネルギーは $U \propto 1/(r^+ + r^-)$ に比例するので、二つの化合物の格子エネルギーの比は次のように計算できます。
$$\frac{U(\text{Ca(OH)}_2)}{U(\text{Ba(OH)}_2)} \approx \frac{r(\text{Ba}^{2+}) + r(\text{OH}^-)}{r(\text{Ca}^{2+}) + r(\text{OH}^-)} = \frac{135 + 133}{100 + 133} = \frac{268}{233} \approx 1.15$$
つまり、Ca(OH)$_2$ の格子エネルギーは Ba(OH)$_2$ の約1.15倍です。 Ca(OH)$_2$ のほうが結晶格子を壊しにくく、電離しにくいため、塩基性が Ba(OH)$_2$ より弱くなります。 これは高校で学んだ「Ba(OH)$_2$ のほうが強い塩基」という事実と一致します。
同様に、MgSO$_4$ と BaSO$_4$ の格子エネルギーの比を概算します。$\text{SO}_4^{2-}$ の有効イオン半径を約 230 pm とします。
$$\frac{U(\text{MgSO}_4)}{U(\text{BaSO}_4)} \approx \frac{r(\text{Ba}^{2+}) + r(\text{SO}_4^{2-})}{r(\text{Mg}^{2+}) + r(\text{SO}_4^{2-})} = \frac{135 + 230}{72 + 230} = \frac{365}{302} \approx 1.21$$
格子エネルギーの比は約 1.21 です。一方、Mg$^{2+}$ と Ba$^{2+}$ の水和エンタルピーの比はどうでしょうか。 実測値は Mg$^{2+}$: $-1920$ kJ/mol、Ba$^{2+}$: $-1305$ kJ/mol で、その比は $1920/1305 \approx 1.47$ です。
水和エンタルピーの変化(1.47倍)のほうが格子エネルギーの変化(1.21倍)より大きいため、Mg$^{2+}$ では水和の利得が格子エネルギーの損失を上回り、MgSO$_4$ は溶けやすくなります。逆に Ba$^{2+}$ では水和の利得が相対的に小さく、BaSO$_4$ は沈殿します。
この計算結果は、セクション5で定性的に説明した「$\text{SO}_4^{2-}$ が大きいイオンなので格子エネルギーの変化が相対的に小さい」という議論を、数値で裏付けるものです。
セクション4で見たように、Li$^+$ の水和エンタルピーは $-520$ kJ/mol で、Na$^+$($-406$ kJ/mol)より絶対値が約1.3倍も大きい値です。 この差をイオン半径から見積もってみます。
水和エンタルピーの絶対値はイオンの電荷密度に比例するため、おおよそ $|\Delta H_{\text{hyd}}| \propto z^2 / r$ と表されます(ボルン式による近似)。 Li$^+$ と Na$^+$ は同じ $z = 1$ なので、半径の逆比で比較できます。
$$\frac{|\Delta H_{\text{hyd}}(\text{Li}^+)|}{|\Delta H_{\text{hyd}}(\text{Na}^+)|} \approx \frac{r(\text{Na}^+)}{r(\text{Li}^+)} = \frac{102}{76} \approx 1.34$$
実測の比 $520/406 \approx 1.28$ と近い値が得られます。Li$^+$ の小さなイオン半径が大きな水和エンタルピーを生み出し、これが Li の化学的性質を他のアルカリ金属とは異なるものにしています。
Q1. 1族元素のイオン化エネルギーが Li → Na → K → Rb → Cs の順に低下する理由を、有効核電荷と原子半径を用いて説明してください。
Q2. Ba(OH)$_2$ が Ca(OH)$_2$ より強い塩基である理由を、格子エネルギーの概念を用いて説明してください。
Q3. MgSO$_4$ は水に溶けやすいのに BaSO$_4$ がほぼ不溶である理由を、格子エネルギーと水和エンタルピーの変化幅に着目して説明してください。
Q4. Li と Mg が類似した化学的性質を示す理由を、「電荷密度」の概念で説明してください。
次の (a)〜(d) の元素について、第一イオン化エネルギーが大きい順に並べてください。理由も簡潔に述べてください。
(a) Na (b) K (c) Ca (d) Cs
Ca(590 kJ/mol)> Na(496 kJ/mol)> K(419 kJ/mol)> Cs(376 kJ/mol)
同周期では2族(Ca)のほうが1族(K)よりイオン化エネルギーが高い($4s^2$ は $4s^1$ より有効核電荷が大きい)。同族では周期が上がるほどイオン化エネルギーが高い(原子半径が小さく、電子が原子核に強く束縛される)。Ca は第4周期2族、Na は第3周期1族でイオン化エネルギーは Ca のほうが高くなります。
Sr(OH)$_2$ と Ca(OH)$_2$ の格子エネルギーの比を、イオン半径から概算してください。 Sr$^{2+}$ の半径を 118 pm、Ca$^{2+}$ の半径を 100 pm、OH$^-$ の半径を 133 pm とします。 この結果から、どちらの水酸化物が強い塩基かを予測してください。
$$\frac{U(\text{Ca(OH)}_2)}{U(\text{Sr(OH)}_2)} \approx \frac{r(\text{Sr}^{2+}) + r(\text{OH}^-)}{r(\text{Ca}^{2+}) + r(\text{OH}^-)} = \frac{118 + 133}{100 + 133} = \frac{251}{233} \approx 1.08$$
Ca(OH)$_2$ の格子エネルギーは Sr(OH)$_2$ の約 1.08 倍です。Ca(OH)$_2$ のほうが格子を壊しにくいため、Sr(OH)$_2$ のほうが電離しやすく、より強い塩基です。
K$^+$ の水和エンタルピーを、Na$^+$ の水和エンタルピー($-406$ kJ/mol)とイオン半径の比から概算してください。 Na$^+$ の半径を 102 pm、K$^+$ の半径を 138 pm とします。 実測値は $-322$ kJ/mol です。概算値と実測値を比較してください。
水和エンタルピーの絶対値は $1/r$ に比例するので(ボルン式の近似)、
$$|\Delta H_{\text{hyd}}(\text{K}^+)| \approx |\Delta H_{\text{hyd}}(\text{Na}^+)| \times \frac{r(\text{Na}^+)}{r(\text{K}^+)} = 406 \times \frac{102}{138} = 406 \times 0.739 \approx 300 \; \text{kJ/mol}$$
概算値は $-300$ kJ/mol、実測値は $-322$ kJ/mol です。約 7% の誤差で、この単純なモデルでも定性的な傾向を正しく捉えています。
Li$_2$CO$_3$ は加熱により分解して Li$_2$O と CO$_2$ を生じますが、Na$_2$CO$_3$ は通常の加熱では分解しません。 この違いを、Li$^+$ と Na$^+$ のイオン半径・電荷密度の違いに基づいて説明してください。 また、この事実が Li と Mg の対角関係の一例であることを、MgCO$_3$ の熱分解に触れて説明してください。
Li$^+$(半径 76 pm)は Na$^+$(半径 102 pm)よりイオン半径が小さく、電荷密度が高いです。電荷密度の高い陽イオンは、隣接する $\text{CO}_3^{2-}$ の酸素原子を強く分極させ、C-O 結合を弱める効果を持ちます。その結果、Li$_2$CO$_3$ は比較的低温で CO$_2$ を放出して分解します。
Na$^+$ は電荷密度が低いため、$\text{CO}_3^{2-}$ に対する分極効果が弱く、Na$_2$CO$_3$ の結晶格子は熱的に安定です。
MgCO$_3$ も加熱により MgO と CO$_2$ に分解しますが、これは Mg$^{2+}$(半径 72 pm)の電荷密度が Li$^+$ と同様に高いためです。Li$^+$(76 pm)と Mg$^{2+}$(72 pm)は半径がほぼ等しく、Li は1族でありながら Mg(2族)と類似した化学的挙動を示します。これが対角関係の典型例です。