高校化学では、ボイルの法則・シャルルの法則・アボガドロの法則を個別に学び、これらを統合した理想気体の状態方程式 $PV = nRT$ を使って計算問題を解きます。
これらの法則は実験的に発見されたものであり、「なぜそうなるのか」という問いには答えていません。
大学化学では、気体分子運動論というモデルを使って、「分子が容器の壁に衝突して力を及ぼす」という一つの描像から $PV = nRT$ を導出します。
さらに、このモデルから分子の平均運動エネルギーと温度の定量的な関係が得られ、
ボイル・シャルル・アボガドロの各法則がこの一つの結果の特殊ケースであることがわかります。
高校化学では、気体の性質を記述する法則を次のように学びます。
これらを統合すると、理想気体の状態方程式 $PV = nRT$ が得られます。 ここで $n$ は物質量(mol)、$R = 8.314 \; \text{J/(mol} \cdot \text{K)}$ は気体定数です。 高校ではこの式を使って、圧力・体積・温度・物質量の関係を求める計算問題を解きます。
これらの法則は、いずれも実験によって発見されたものです。 ボイルは17世紀に圧力と体積の関係を実験で確かめ、シャルルは18世紀に温度と体積の関係を見出しました。 高校ではこれらを「そういう法則がある」として受け入れ、計算に使います。 しかし、「なぜ圧力と体積が反比例するのか」「なぜ体積が温度に比例するのか」という問いには、高校の範囲では答えることができません。
次のセクションでは、大学の視点を導入することで、これらの「なぜ」に答えられるようになることを確認します。
大学化学では、気体分子運動論(kinetic molecular theory)というモデルを導入します。 このモデルの核心は、「気体の圧力とは、無数の分子が容器の壁に衝突して力を及ぼすことで生じる」という描像です。 この一つの描像から、高校で個別に学んだ気体の法則をすべて導くことができます。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 気体分子運動論の仮定を説明し、分子の衝突から圧力が生じる仕組みを記述できる
2. 衝突モデルから $PV = \frac{1}{3}Nmv^2$ を導出できる
3. この結果から $PV = nRT$ を導き、分子の平均運動エネルギーと温度の関係 $\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_{\text{B}}T$ を得ることができる
4. ボイル・シャルル・アボガドロの各法則を、一つの式の特殊ケースとして導ける
5. 任意の気体について、指定された温度での分子の二乗平均速度 $v_{\text{rms}}$ を計算できる
このモデルを構築するために、まず「分子が壁にぶつかるとき何が起こるか」を定量的に考える必要があります。 次のセクションで、その準備を行います。
気体分子運動論では、理想気体について以下の仮定を置きます。
これらの仮定のうち、3と4は「理想気体」の定義そのものです。 高校で学んだ「理想気体は分子の大きさと分子間力を無視した仮想的な気体」という記述を、ここでは運動論のモデルに組み込んでいます。
一辺の長さ $L$ の立方体の容器に、$N$ 個の分子が入っている状況を考えます。 容器の体積は $V = L^3$ です。
いま、1個の分子に注目します。この分子の速度の $x$ 成分を $v_x$ とします。 この分子が $x$ 方向に進み、$x = L$ の位置にある壁に弾性衝突すると、$v_x$ は $-v_x$ に変わります(壁に垂直な成分だけが反転し、$y$, $z$ 成分は変化しません)。
このとき、分子の運動量の $x$ 成分の変化量は次の通りです。
$$\Delta p_x = (-mv_x) - (mv_x) = -2mv_x$$
作用・反作用の法則により、分子が壁に及ぼす力積は $+2mv_x$ です。 つまり、分子が壁にぶつかるたびに、壁は $2mv_x$ だけの力積を受けます。
この分子は壁に衝突した後、反対側の壁まで距離 $L$ を移動して跳ね返り、再び $x = L$ の壁に戻ってきます。 往復の距離は $2L$ であり、速さ $|v_x|$ で移動するので、壁への衝突の時間間隔は次の通りです。
$$\Delta t = \frac{2L}{|v_x|}$$
1回の衝突で壁が受ける力積が $2m|v_x|$ であり、それが $\Delta t$ の間隔で繰り返されるので、 この分子が壁に及ぼす平均の力は次のようになります。
$$f = \frac{2m|v_x|}{\Delta t} = \frac{2m|v_x| \cdot |v_x|}{2L} = \frac{mv_x^2}{L}$$
ここで $|v_x|^2 = v_x^2$ を用いました(二乗すれば符号は関係ありません)。
ここまでで、1個の分子が壁に及ぼす力を、その分子の速度 $v_x$ と容器の大きさ $L$ で表すことができました。 次のセクションでは、$N$ 個すべての分子からの寄与を足し合わせて、気体全体が壁に及ぼす圧力を求め、$PV = nRT$ の導出に進みます。
セクション3で、1個の分子が壁に及ぼす平均の力が $f = mv_x^2 / L$ であることを得ました。 容器の中には $N$ 個の分子がいるので、壁が受ける力の合計は、すべての分子の寄与を足し合わせたものになります。
$$F = \sum_{i=1}^{N} \frac{m v_{x,i}^2}{L} = \frac{m}{L} \sum_{i=1}^{N} v_{x,i}^2$$
ここで、$v_{x,i}^2$ の全分子にわたる平均値 $\overline{v_x^2}$ を導入します。定義から次の通りです。
$$\overline{v_x^2} = \frac{1}{N} \sum_{i=1}^{N} v_{x,i}^2$$
したがって $\sum v_{x,i}^2 = N\overline{v_x^2}$ であり、壁が受ける力は次のようになります。
$$F = \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L}$$
圧力 $P$ は、力を面積 $A = L^2$ で割ったものです。
$$P = \frac{F}{A} = \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L \cdot L^2} = \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L^3} = \frac{Nm\overline{v_x^2}}{V}$$
分子の速度 $\vec{v}$ の大きさの二乗は、各成分の二乗の和です。
$$v^2 = v_x^2 + v_y^2 + v_z^2$$
セクション3の仮定2(等方性)により、分子の運動はどの方向にも偏りがないので、 $x$, $y$, $z$ 各方向の速度成分の二乗の平均値はすべて等しくなります。
$$\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2}$$
両辺の平均をとると、
$$\overline{v^2} = \overline{v_x^2} + \overline{v_y^2} + \overline{v_z^2} = 3\overline{v_x^2}$$
したがって $\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}$ です。 これを圧力の式に代入すると、次の結果を得ます。
$$PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}$$
$P$:圧力(Pa)、$V$:体積(m${}^3$)、$N$:分子の総数、$m$:分子1個の質量(kg)、$\overline{v^2}$:速度の二乗の平均値(m${}^2$/s${}^2$)
この式は、セクション3の「壁への衝突」モデルから数学的に導出された結果です。 実験法則ではなく、モデルの仮定から論理的に得られます。 右辺は「分子の運動の激しさ」を表しており、これが圧力と体積の積を決めることを意味しています。
ステップ1:1個の分子が壁に弾性衝突すると、壁は力積 $2m|v_x|$ を受ける(セクション3)。
ステップ2:衝突の時間間隔は $\Delta t = 2L/|v_x|$ なので、1分子が及ぼす平均の力は $f = mv_x^2/L$(セクション3)。
ステップ3:$N$ 個の分子の寄与を足し合わせると $F = Nm\overline{v_x^2}/L$。面積 $L^2$ で割って $P = Nm\overline{v_x^2}/V$。
ステップ4:等方性 $\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}$ を代入して $PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}$ を得る。
ここまでの導出で得られた $PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}$ を、実験的に知られている $PV = nRT$ と比較します。 両辺を等しいとおくと、次の関係が得られます。
$$\frac{1}{3}Nm\overline{v^2} = nRT$$
右辺の $n$(物質量)と $N$(分子数)の関係は $N = nN_{\text{A}}$ です($N_{\text{A}}$ はアボガドロ定数)。 これを代入して整理します。
$$\frac{1}{3}nN_{\text{A}}m\overline{v^2} = nRT$$
両辺を $n$ で割ると、
$$\frac{1}{3}N_{\text{A}}m\overline{v^2} = RT$$
さらに両辺を $N_{\text{A}}$ で割ると、分子1個あたりの関係が得られます。 ここで $k_{\text{B}} = R/N_{\text{A}}$(ボルツマン定数、$1.381 \times 10^{-23} \; \text{J/K}$)を導入します。
$$\frac{1}{3}m\overline{v^2} = k_{\text{B}}T$$
両辺を $\frac{3}{2}$ 倍すると、次の重要な結果が得られます。
$$\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_{\text{B}}T$$
左辺 $\frac{1}{2}m\overline{v^2}$ は分子1個あたりの平均並進運動エネルギーです。 $k_{\text{B}} = 1.381 \times 10^{-23} \; \text{J/K}$ はボルツマン定数(定義値)、$T$ は絶対温度(K)です。
この式は、気体分子運動論の基本式 $PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}$ と実験法則 $PV = nRT$ を比較することで導かれます。 左辺は分子の運動エネルギーという力学的な量、右辺は温度という熱力学的な量です。 つまり、温度とは分子の平均運動エネルギーの尺度であるということを、この式は定量的に述べています。
高校では「温度が高いほど分子の運動が激しい」と定性的に学びます。気体分子運動論はこれを定量化します。
$\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_{\text{B}}T$ は、気体の種類によらず成り立ちます。 水素であっても酸素であっても、同じ温度であれば分子1個あたりの平均運動エネルギーは同じです。
ただし、軽い分子(水素など)は重い分子(酸素など)より速く動きます。 運動エネルギーが同じでも、質量 $m$ が小さければ速度 $v$ が大きくなるからです。
ここまでで、壁への衝突モデルから $PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}$ を導出し、 さらに $PV = nRT$ との比較から温度と運動エネルギーの関係を得ました。 次のセクションでは、この結果を使って、ボイル・シャルル・アボガドロの各法則がどのように導かれるかを確認します。
セクション4で得た気体分子運動論の基本式 $PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}$ から出発します。 また、$\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_{\text{B}}T$ を用いると、基本式は次のように書き換えられます。
$$PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2} = \frac{2}{3}N \cdot \frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{2}{3}N \cdot \frac{3}{2}k_{\text{B}}T = Nk_{\text{B}}T$$
$N = nN_{\text{A}}$ かつ $k_{\text{B}}N_{\text{A}} = R$ なので、$PV = nRT$ が再現されます。 この式から、三つの法則を特殊ケースとして取り出します。
$PV = nRT$ において、$n$(分子の量)と $T$(温度)を一定に保つと、右辺は定数になります。
$$PV = \text{const.} \quad (n, T \text{ : fixed})$$
これがボイルの法則です。分子運動論の観点では、温度が一定なら $\overline{v^2}$ は変わらず、分子数も変わりません。 体積 $V$ を小さくすると、分子が壁に衝突する頻度が上がるので圧力 $P$ が上がります。 $V$ が半分になれば衝突頻度は2倍になり、$P$ も2倍になる ── これが $PV = $ 一定の物理的な意味です。
$PV = nRT$ において、$n$ と $P$ を一定に保つと、
$$V = \frac{nR}{P} \cdot T = \text{const.} \times T \quad (n, P \text{ : fixed})$$
つまり $V \propto T$ であり、これがシャルルの法則です。 分子運動論の観点では、温度 $T$ を上げると $\overline{v^2}$ が増え、各分子が壁に及ぼす力積が大きくなります。 圧力を一定に保つためには、容器を膨張させて衝突頻度を下げる必要があり、結果として体積が温度に比例して増えます。
$PV = nRT$ において、$P$ と $T$ を一定に保つと、
$$V = \frac{RT}{P} \cdot n = \text{const.} \times n \quad (P, T \text{ : fixed})$$
つまり $V \propto n$ であり、同温・同圧のもとでは体積は物質量に比例します。 特に $T = 273.15 \; \text{K}$($0 \; {}^\circ\text{C}$)、$P = 1.013 \times 10^5 \; \text{Pa}$(1 atm)のとき、$1 \; \text{mol}$ の理想気体の体積は次のようになります。
$$V = \frac{nRT}{P} = \frac{1 \times 8.314 \times 273.15}{1.013 \times 10^5} = 0.02241 \; \text{m}^3 = 22.41 \; \text{L}$$
高校で学ぶ「標準状態で 1 mol の気体の体積は 22.4 L」という事実が、ここで定量的に再現されます。 分子運動論の観点では、分子の種類が違っても同じ温度なら平均運動エネルギーは同じ($\frac{3}{2}k_{\text{B}}T$)であり、 圧力は分子数と平均運動エネルギーだけで決まるので、同温・同圧・同体積なら分子数は同じになります。
誤解:水素分子は酸素分子より速く動くのだから、壁に衝突する頻度も高く、同じ分子数でも水素の方が大きい圧力を生むのではないか。
正しい理解:壁が受ける圧力は「衝突頻度 × 1回の衝突あたりの力積」で決まります。 軽い分子は速く動く(衝突頻度が高い)ものの、1回の衝突で及ぼす力積は小さくなります。 $PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2} = \frac{2}{3}N \cdot \frac{1}{2}m\overline{v^2}$ の形を見ると、 圧力に関係するのは運動エネルギー $\frac{1}{2}m\overline{v^2}$ であり、これは温度だけで決まります。 質量の大小は速度と力積の間でちょうど相殺し、結果として分子の種類によらず同じ圧力になります。
以上のように、ボイル・シャルル・アボガドロの三つの法則は、気体分子運動論の基本式 $PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}$ の特殊ケースとして統一的に理解できます。 次のセクションでは、この結果を使って、具体的な気体分子の速度を計算してみます。
セクション4で得た $\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_{\text{B}}T$ から、$\overline{v^2}$ について解くと、
$$\overline{v^2} = \frac{3k_{\text{B}}T}{m}$$
この平方根を二乗平均速度(root-mean-square speed)と呼び、$v_{\text{rms}}$ と書きます。
$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\overline{v^2}} = \sqrt{\frac{3k_{\text{B}}T}{m}} = \sqrt{\frac{3RT}{M}}$$
$v_{\text{rms}}$:二乗平均速度(m/s)、$T$:絶対温度(K)、$m$:分子1個の質量(kg)、$M$:モル質量(kg/mol)、$R = 8.314 \; \text{J/(mol} \cdot \text{K)}$、$k_{\text{B}} = 1.381 \times 10^{-23} \; \text{J/K}$
2つ目の等号では $k_{\text{B}} = R/N_{\text{A}}$、$m = M/N_{\text{A}}$ を用いて $k_{\text{B}}/m = R/M$ と変換しています。 $M$ をモル質量(kg/mol 単位)で与えれば、直接 $v_{\text{rms}}$ を計算できます。
$T = 300 \; \text{K}$(約 $27 \; {}^\circ\text{C}$)、$M = 28.0 \times 10^{-3} \; \text{kg/mol}$(窒素の分子量 28.0)として計算します。
$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\frac{3 \times 8.314 \times 300}{28.0 \times 10^{-3}}} = \sqrt{\frac{7483}{0.0280}} = \sqrt{2.67 \times 10^5} = 517 \; \text{m/s}$$
窒素分子は室温で約 520 m/s、時速に換算すると約 1860 km/h で飛び回っています。 音速(約 340 m/s)を上回る速度です。
同じ温度 $T = 300 \; \text{K}$ で、水素($M = 2.016 \times 10^{-3} \; \text{kg/mol}$)と酸素($M = 32.0 \times 10^{-3} \; \text{kg/mol}$)の $v_{\text{rms}}$ を比較します。
| 気体 | モル質量 $M$(g/mol) | $v_{\text{rms}}$(m/s) |
|---|---|---|
| $\text{H}_2$ | 2.016 | $\sqrt{3 \times 8.314 \times 300 / 0.002016} = 1930$ |
| $\text{N}_2$ | 28.0 | $517$ |
| $\text{O}_2$ | 32.0 | $\sqrt{3 \times 8.314 \times 300 / 0.0320} = 484$ |
水素分子は酸素分子の約4倍の速度で運動しています。 セクション4で述べた通り、平均運動エネルギーは気体の種類によらず同じ($\frac{3}{2}k_{\text{B}}T$)ですが、 質量が小さい分子ほど高速で運動します。 速度の比は $v_{\text{rms}}(\text{H}_2) / v_{\text{rms}}(\text{O}_2) = \sqrt{M(\text{O}_2)/M(\text{H}_2)} = \sqrt{32.0/2.016} = 3.98 \approx 4$ と、 モル質量の逆比の平方根になっています。
ここまでの議論では、分子の速度の「平均値($v_{\text{rms}}$)」だけを扱いました。 しかし実際の気体中では、すべての分子が同じ速度で運動しているわけではありません。 ある分子は非常に速く、ある分子はゆっくりと動いています。
この速度のばらつきを記述するのがマクスウェル・ボルツマン速度分布です。 分布のグラフは、速度ゼロから立ち上がり、ある速度で極大(最頻速度 $v_p$)をとった後、高速側にゆるやかに裾を引く形をしています。
温度を上げると、分布の極大が右に移動し(平均速度が上がり)、同時にグラフの幅が広がります(速度のばらつきが大きくなります)。 この分布は、高校で学ぶ「活性化エネルギーを超える分子の割合」の議論の背景にあるものです。 温度が上がると活性化エネルギー以上の運動エネルギーを持つ分子の割合が増えるため、反応速度が上がる ── この定性的な説明は、マクスウェル・ボルツマン分布から定量的に理解できます。
なお、$v_{\text{rms}}$(二乗平均速度)、$\bar{v}$(平均速度)、$v_p$(最頻速度)の間には $v_p < \bar{v} < v_{\text{rms}}$ という大小関係が成り立ちます。 分布が高速側に裾を引くため、二乗平均が最も大きくなります。
窒素分子の $v_{\text{rms}}$ が温度によってどう変化するかを確認します。 $v_{\text{rms}} \propto \sqrt{T}$ なので、温度を4倍にすると速度は2倍になります。
| 温度 | $T$(K) | $v_{\text{rms}}$(m/s) |
|---|---|---|
| $-73 \; {}^\circ\text{C}$ | 200 | 422 |
| $27 \; {}^\circ\text{C}$ | 300 | 517 |
| $227 \; {}^\circ\text{C}$ | 500 | 668 |
| $527 \; {}^\circ\text{C}$ | 800 | 844 |
$T = 200 \; \text{K}$ と $T = 800 \; \text{K}$ を比較すると、温度は4倍ですが速度は $844/422 = 2.0$ 倍であり、$\sqrt{4} = 2$ 倍と一致します。 これは $v_{\text{rms}} = \sqrt{3RT/M}$ の $\sqrt{T}$ 依存性の直接的な確認です。
Q1. 気体分子運動論で、分子が壁に1回弾性衝突したとき、壁が受ける力積はいくらですか。速度の $x$ 成分を $v_x$、分子の質量を $m$ として答えてください。
Q2. $PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}$ の導出で、$\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}$ という関係が使われています。この関係が成り立つ理由を説明してください。
Q3. 同じ温度で水素分子 $\text{H}_2$(分子量 2.0)とヘリウム He(原子量 4.0)の $v_{\text{rms}}$ の比を求めてください。
Q4. 温度を $27 \; {}^\circ\text{C}$ から $327 \; {}^\circ\text{C}$ に上げると、気体分子の $v_{\text{rms}}$ は何倍になりますか。
気体分子運動論の5つの仮定のうち、「理想気体」の定義に直接対応する仮定を2つ挙げ、それぞれの意味を簡潔に説明してください。
(1) 分子自身の体積は無視できるほど小さい ── 分子を大きさのない点(質点)として扱う。実在気体では分子自身が体積を占めるため、高圧下では容器の有効体積が減少する。
(2) 分子間の相互作用(引力・斥力)は無視できる ── 分子同士が衝突する瞬間以外は互いに力を及ぼさない。実在気体では分子間引力が存在し、低温・高圧で理想気体からのずれが大きくなる。
$T = 500 \; \text{K}$ におけるメタン $\text{CH}_4$(分子量 16.0)の二乗平均速度 $v_{\text{rms}}$ を求めてください。 $R = 8.314 \; \text{J/(mol} \cdot \text{K)}$ とします。
$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\frac{3RT}{M}} = \sqrt{\frac{3 \times 8.314 \times 500}{16.0 \times 10^{-3}}}$$
$$= \sqrt{\frac{12471}{0.0160}} = \sqrt{7.79 \times 10^5} = 883 \; \text{m/s}$$
モル質量 $M$ は kg/mol 単位で代入する必要があります($16.0 \; \text{g/mol} = 16.0 \times 10^{-3} \; \text{kg/mol}$)。$R$ の単位が J/(mol·K) = kg·m${}^2$/(s${}^2$·mol·K) なので、$3RT/M$ の単位は m${}^2$/s${}^2$ となり、その平方根は m/s になります。
$25 \; {}^\circ\text{C}$ における窒素分子 $\text{N}_2$(分子量 28.0)1個あたりの平均運動エネルギーを求めてください。 また、$1 \; \text{mol}$ の窒素分子全体の平均運動エネルギーの合計も求めてください。 $k_{\text{B}} = 1.381 \times 10^{-23} \; \text{J/K}$、$N_{\text{A}} = 6.022 \times 10^{23} \; \text{mol}^{-1}$ とします。
$T = 25 + 273 = 298 \; \text{K}$ です。
分子1個あたりの平均運動エネルギー:
$$\frac{3}{2}k_{\text{B}}T = \frac{3}{2} \times 1.381 \times 10^{-23} \times 298 = 6.17 \times 10^{-21} \; \text{J}$$
$1 \; \text{mol}$ あたりの合計:
$$N_{\text{A}} \times \frac{3}{2}k_{\text{B}}T = \frac{3}{2}RT = \frac{3}{2} \times 8.314 \times 298 = 3720 \; \text{J/mol} = 3.72 \; \text{kJ/mol}$$
分子1個あたりの運動エネルギーは $10^{-21}$ J のオーダーと非常に小さい値ですが、1 mol($6 \times 10^{23}$ 個)を集めると約 3.7 kJ になります。これは気体の種類によらず温度だけで決まる値です。窒素でも酸素でも水素でも、$25 \; {}^\circ\text{C}$ であれば 1 mol あたり 3.72 kJ です。
一辺 $L = 0.10 \; \text{m}$ の立方体容器に、$\text{He}$(原子量 4.0)が $T = 300 \; \text{K}$、$P = 1.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$ で入っているとします。
(a) 容器内のヘリウム原子の物質量 $n$ を求めてください。
(b) ヘリウム原子の $v_{\text{rms}}$ を求めてください。
(c) 1個のヘリウム原子が容器の一つの壁に衝突する平均の時間間隔を概算し、単位時間あたりの衝突回数を求めてください。
(d) (c)の結果を使って、「多数の分子が壁にぶつかることで巨視的な圧力が生じる」ことを説明してください。
(a) $V = L^3 = (0.10)^3 = 1.0 \times 10^{-3} \; \text{m}^3$ です。
$$n = \frac{PV}{RT} = \frac{1.0 \times 10^5 \times 1.0 \times 10^{-3}}{8.314 \times 300} = \frac{100}{2494} = 0.0401 \; \text{mol}$$
分子数は $N = nN_{\text{A}} = 0.0401 \times 6.022 \times 10^{23} = 2.41 \times 10^{22}$ 個です。
(b)
$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\frac{3RT}{M}} = \sqrt{\frac{3 \times 8.314 \times 300}{4.0 \times 10^{-3}}} = \sqrt{1.87 \times 10^6} = 1370 \; \text{m/s}$$
(c) $x$ 方向の速度成分の二乗平均の平方根は $\sqrt{\overline{v_x^2}} = v_{\text{rms}}/\sqrt{3} = 1370/1.732 = 791 \; \text{m/s}$ です。 壁までの往復距離 $2L = 0.20 \; \text{m}$ を移動するのにかかる時間は、
$$\Delta t = \frac{2L}{\sqrt{\overline{v_x^2}}} = \frac{0.20}{791} = 2.53 \times 10^{-4} \; \text{s}$$
よって、1個の原子が特定の壁に衝突する回数は毎秒約 $1/\Delta t = 3950$ 回です。
(d) 容器内には $N = 2.41 \times 10^{22}$ 個の原子があります。 $x$ 方向に正の速度成分を持つ原子は平均して半分($\approx 1.2 \times 10^{22}$ 個)であり、 それぞれが毎秒約 $3950$ 回ずつ壁に衝突します。 壁が受ける衝突の総数は毎秒 $\approx 4.8 \times 10^{25}$ 回にのぼります。 1回あたりの力積は非常に小さいものの($2m|v_x| \approx 2 \times 6.6 \times 10^{-27} \times 791 = 1.0 \times 10^{-23} \; \text{kg} \cdot \text{m/s}$)、 この膨大な回数の衝突が時間的に平均化されることで、一定の巨視的な圧力 $P = 1.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$ として観測されます。