高校化学では、遷移金属について「複数の酸化数をとる」「有色のイオンが多い」「触媒になりやすい」と習います。
鉄イオンの色、銅イオンの色、$\text{[Cu(NH}_3\text{)}_4\text{]}^{2+}$ の深青色なども個別に覚えます。
しかし、なぜ遷移金属だけがこのような多彩な性質を示すのかについて、高校では踏み込みません。
大学化学では、これらの性質がすべてd軌道の電子から説明できることがわかります。
d軌道は5つあり、自由な状態ではすべて同じエネルギーですが、配位子が近づくとエネルギーが分裂します。
このd軌道の分裂という一つのアイデアから、色の起源、酸化数の多様性、磁性、触媒活性までが統一的に理解できます。
高校化学では、遷移元素について次のような事実を学びます。
これらの知識は入試問題を解くうえで十分に機能します。 しかし、「なぜ遷移金属だけが有色なのか」「なぜ複数の酸化数をとれるのか」「なぜアンモニアを加えると色が変わるのか」に対して、高校の範囲では体系的な答えが得られません。 個別の事実を列挙して覚える、というのが高校での扱いです。
ここからは、これらの個別の事実を一つの原理で結びつけていきます。 その鍵となるのが、遷移金属に特有のd軌道の電子です。
典型元素(s ブロック・p ブロック元素)のイオンは、ほとんどが無色です。 $\text{Na}^+$、$\text{Mg}^{2+}$、$\text{Al}^{3+}$、$\text{Cl}^-$ はいずれも無色の水溶液を与えます。 一方、遷移金属のイオンは多くが有色です。この違いは、遷移金属が部分的にd軌道を満たした電子配置をもつことに由来します。
大学化学では、結晶場理論(crystal field theory)という枠組みを導入します。 配位子が金属イオンに近づくと、本来同じエネルギーだった5つのd軌道が2つのグループに分裂します。 この分裂のエネルギー差に相当する光を吸収することで、錯体に色が生まれます。
この記事を読み終えると、次のことができるようになります。
遷移金属の性質を理解するために、まずd軌道について確認します。 d軌道の詳細は 📖 第1章 §2 で解説していますが、ここではこの記事で必要な要点に絞って整理します。
主量子数 $n \geq 3$ の場合、方位量子数 $l = 2$ に対応するd軌道が存在します。 磁気量子数 $m_l$ は $-2, -1, 0, +1, +2$ の5つの値をとるため、d軌道は全部で5つあります。 これら5つの軌道は、それぞれの電子密度が空間中で異なる方向に広がっています。
5つのd軌道を具体的に見てみます。
| 軌道名 | 電子密度の広がる方向 | 特徴 |
|---|---|---|
| $d_{xy}$ | $xy$ 平面内、$x$ 軸と $y$ 軸の間(45° の方向) | 軸と軸の間に電子密度が集中 |
| $d_{xz}$ | $xz$ 平面内、$x$ 軸と $z$ 軸の間 | |
| $d_{yz}$ | $yz$ 平面内、$y$ 軸と $z$ 軸の間 | |
| $d_{z^2}$ | $z$ 軸方向に大きなローブ、$xy$ 平面にドーナツ状の分布 | 座標軸上に電子密度が集中 |
| $d_{x^2 - y^2}$ | $x$ 軸方向と $y$ 軸方向 |
ここで最も重要なポイントは、5つのd軌道が2つのグループに分けられることです。
周囲に何も配位子がない孤立した金属イオンでは、どの方向も等価であるため、5つのd軌道はすべて同じエネルギーをもちます。 このように、複数の軌道が同じエネルギーをもつ状態を縮退(しゅくたい、degeneracy)と呼びます。
ここまでのポイントは2つです。 (1) 5つのd軌道は空間的な向きが異なり、「軸間」型と「軸上」型に分かれること。 (2) 孤立状態ではすべて同じエネルギー(縮退)であること。 次のセクションでは、配位子が金属イオンに近づいたときに何が起きるかを考えます。 このとき、d軌道の空間的な向きの違いが決定的な意味をもちます。
セクション3で、d軌道は「軸間」型($d_{xy}$, $d_{xz}$, $d_{yz}$)と「軸上」型($d_{z^2}$, $d_{x^2 - y^2}$)に分かれることを確認しました。 ここでは、配位子が近づいたときに、この空間的な向きの違いがどのような結果を生むかを考えます。
遷移金属イオンの代表的な錯体は、6つの配位子が金属イオンを取り囲む正八面体型構造です。 高校でも登場する $\text{[Fe(CN)}_6\text{]}^{3-}$ や $\text{[Co(NH}_3\text{)}_6\text{]}^{3+}$ がこの構造をとります。
正八面体型では、6つの配位子は $x$ 軸、$y$ 軸、$z$ 軸の正と負の方向、つまり座標軸上に位置します。 配位子は負の電荷をもつか、非共有電子対を金属に向けているため、配位子の方向には静電的な反発が生じます。
ここでセクション3の分類が効いてきます。
その結果、もともと縮退していた5つのd軌道が、2つのグループに分裂します。
配位子の静電場により、5つのd軌道は次の2グループに分裂します。
この2グループ間のエネルギー差を結晶場分裂エネルギー $\Delta_o$(または $10Dq$)と書きます。 添え字の $o$ は正八面体(octahedral)を意味します。
$\Delta_o$ は実測値であり、具体的な金属イオンと配位子の組み合わせによって異なります。 吸収スペクトルの測定から実験的に決定されます。
なぜ $e_g$ と $t_{2g}$ という名前なのかは群論(対称性の数学)に由来しますが、ここでは「エネルギーが高い2軌道」「低い3軌道」という理解で十分です。
正八面体型錯体では、配位子が座標軸上に位置するため、座標軸上に電子密度をもつd軌道($d_{z^2}$, $d_{x^2 - y^2}$)のエネルギーが上がり、 軸間に電子密度をもつd軌道($d_{xy}$, $d_{xz}$, $d_{yz}$)のエネルギーが下がります。 この分裂の大きさ $\Delta_o$ が、錯体の色・磁性・安定性を左右します。
誤解:配位子が近づくと、d軌道全体のエネルギーが上がる。
正しくは:5つのd軌道の平均エネルギーは変わりません。$e_g$ のエネルギー上昇分と $t_{2g}$ のエネルギー下降分は、軌道の数を考慮すると等しくなります($e_g$ の上昇が $\frac{3}{5}\Delta_o$ ずつ、$t_{2g}$ の下降が $\frac{2}{5}\Delta_o$ ずつ。$2 \times \frac{3}{5}\Delta_o = 3 \times \frac{2}{5}\Delta_o = \frac{6}{5}\Delta_o$)。これを重心保存則(barycenter rule)と呼びます。
ここまでで、配位子が金属イオンに近づくとd軌道が $e_g$(高エネルギー)と $t_{2g}$(低エネルギー)に分裂することがわかりました。 次のセクションでは、この分裂がどのようにして光の吸収、すなわち色の発現につながるかを見ていきます。
セクション4で、正八面体型錯体ではd軌道が $t_{2g}$(低)と $e_g$(高)に分裂し、その差が $\Delta_o$ であることを導きました。 ここでは、この $\Delta_o$ が光の吸収とどう結びつくかを考えます。
$t_{2g}$ 軌道に入っている電子が、$\Delta_o$ に等しいエネルギーの光を吸収すると、$e_g$ 軌道に遷移します。 この遷移をd-d遷移と呼びます。
$t_{2g}$ から $e_g$ への電子遷移に必要なエネルギーは $\Delta_o$ に等しく、吸収される光の振動数 $\nu$ との関係は次の通りです。
$$\Delta_o = h\nu = \frac{hc}{\lambda}$$
ここで $h$ はプランク定数($6.63 \times 10^{-34}$ J・s)、$c$ は光速($3.00 \times 10^8$ m/s)、$\lambda$ は吸収光の波長です。 この式は、光のエネルギーと波長の関係(理論的原理)を用いています。
$\Delta_o$ が大きいほど、高エネルギー(短波長)の光を吸収します。$\Delta_o$ が小さいほど、低エネルギー(長波長)の光を吸収します。
私たちが物体の色として認識するのは、白色光のうち吸収されずに残った光(透過光・反射光)です。 したがって、錯体が特定の波長の光を吸収すると、その補色が目に見える色になります。
| 吸収する光の色 | 吸収波長(nm) | 目に見える色(補色) |
|---|---|---|
| 紫 | 380 – 450 | 緑黄 |
| 青 | 450 – 490 | 橙 |
| 青緑 | 490 – 500 | 赤 |
| 緑 | 500 – 560 | 赤紫 |
| 黄 | 560 – 590 | 青紫 |
| 橙 | 590 – 630 | 青 |
| 赤 | 630 – 780 | 青緑 |
具体例で確認します。$\text{[Ti(H}_2\text{O)}_6\text{]}^{3+}$(チタン(III)ヘキサアクア錯体)は、d電子を1個だけもつ最も単純なd-d遷移の例です。 この錯体は約 500 nm 付近(緑〜黄緑)の光を吸収します。 吸収されなかった光は赤紫〜紫の成分が優勢になるため、溶液は赤紫色に見えます。 この吸収は、$t_{2g}$ にある1個のd電子が $e_g$ に遷移することに対応し、$\Delta_o$ は実測で約 243 kJ/mol です。
同じ金属イオンでも、配位子を変えると $\Delta_o$ の大きさが変わり、したがって吸収波長が変わり、色が変わります。 実験的に多くの配位子について $\Delta_o$ の大きさを測定し、並べたものが分光化学系列(spectrochemical series)です。
$\Delta_o$ が小さい順(=弱い配位子から順)に並べると次のようになります。
$$\text{I}^- < \text{Br}^- < \text{Cl}^- < \text{F}^- < \text{OH}^- < \text{H}_2\text{O} < \text{NH}_3 < \text{en} < \text{NO}_2^- < \text{CN}^- < \text{CO}$$
ここで en はエチレンジアミン($\text{H}_2\text{N-CH}_2\text{-CH}_2\text{-NH}_2$)です。
この系列は実測値(吸収スペクトルの測定結果)に基づくものです。 右にいくほど $\Delta_o$ が大きく(強い結晶場)、左にいくほど $\Delta_o$ が小さい(弱い結晶場)ことを示します。
分光化学系列を使うと、配位子を変えたときの色の変化を予測できます。 たとえば、$\text{[Cu(H}_2\text{O)}_6\text{]}^{2+}$ は $\text{H}_2\text{O}$ が配位子であり、吸収波長は約 800 nm 付近(赤〜近赤外)です。 補色である青色の光が透過するため、水溶液は青色に見えます。
ここにアンモニア $\text{NH}_3$ を加えると、配位子が $\text{H}_2\text{O}$ から $\text{NH}_3$ に置き換わり、$\text{[Cu(NH}_3\text{)}_4\text{(H}_2\text{O)}_2\text{]}^{2+}$ が生じます。 分光化学系列では $\text{NH}_3$ は $\text{H}_2\text{O}$ より右側にあるため、$\Delta_o$ が大きくなります。 $\Delta_o$ が大きくなると吸収波長は短波長側(赤 → 橙〜黄)にシフトします。 その結果、透過光は深い青〜紫の成分が増え、深青色に見えます。
このように、高校で「$\text{NH}_3$ を加えると深青色になる」と暗記していた事実が、 「配位子の交換 → 分裂エネルギーの変化 → 吸収波長のシフト → 色の変化」という論理で説明できます。
d-d遷移が起きるためには、$t_{2g}$ に遷移元となる電子があり、かつ $e_g$ に遷移先の空きがなくてはなりません。 d電子が0個($d^0$、例:$\text{Ti}^{4+}$、$\text{Sc}^{3+}$)では遷移する電子自体が存在せず、 d電子が10個($d^{10}$、例:$\text{Cu}^+$、$\text{Zn}^{2+}$)ではすべてのd軌道が満たされていて遷移先がありません。 いずれの場合もd-d遷移は起きないため、錯体は無色になります。
$\text{Zn}^{2+}$ の水溶液が無色であること、$\text{Cu}^+$ 化合物が無色であることは、この原理から直ちに理解できます。 一方、$\text{Cu}^{2+}$($d^9$)は $e_g$ に1つだけ空きがあるため d-d遷移が可能であり、有色になります。
ここまでで、d軌道の分裂 → d-d遷移 → 光の吸収 → 補色として色が見える、という流れが完成しました。 次のセクションでは、$\Delta_o$ の大きさがさらに磁性や電子配置にどう影響するかを見て、分裂エネルギーという概念の適用範囲を広げます。
セクション4で導入した分裂エネルギー $\Delta_o$ は、色だけでなく電子の詰め方にも影響します。
d電子が4個($d^4$)の場合を考えます。最初の3個は $t_{2g}$ の3軌道に1つずつ入ります(フントの規則)。 4個目の電子は、次の2つの選択肢があります。
どちらが有利かは、$\Delta_o$ と $P$ の大小関係で決まります。
ここで $\Delta_o$ は分裂エネルギー(実測値)、$P$ は対形成エネルギー(実測値)です。
高スピン・低スピンの区別が生じるのは $d^4$ 〜 $d^7$ の電子配置の場合です。$d^1$ 〜 $d^3$ および $d^8$ 〜 $d^{10}$ では、$\Delta_o$ の大小にかかわらず電子配置は一通りに定まります。
不対電子をもつ物質は磁石に引き寄せられる性質(常磁性)を示し、すべての電子が対になっている物質は磁石にわずかに反発する性質(反磁性)を示します。 高スピン・低スピンの違いは不対電子の数を変えるため、同じ金属イオン・同じ酸化数でも配位子によって磁性が変わります。
具体例を見ます。$\text{Fe}^{2+}$($d^6$)の錯体を考えます。
| 錯体 | 配位子の強さ | スピン状態 | $t_{2g}$ / $e_g$ の電子配置 | 不対電子数 | 磁性 |
|---|---|---|---|---|---|
| $\text{[Fe(H}_2\text{O)}_6\text{]}^{2+}$ | 弱い($\text{H}_2\text{O}$) | 高スピン | $t_{2g}^4 \, e_g^2$ | 4 | 強い常磁性 |
| $\text{[Fe(CN)}_6\text{]}^{4-}$ | 強い($\text{CN}^-$) | 低スピン | $t_{2g}^6 \, e_g^0$ | 0 | 反磁性 |
同じ $\text{Fe}^{2+}$ でも、配位子が $\text{H}_2\text{O}$(分光化学系列で弱い配位子)のときは不対電子が4個ある高スピン状態になり、 $\text{CN}^-$(非常に強い配位子)のときは不対電子が0個の低スピン状態になります。 この違いは $\Delta_o$ と $P$ の大小関係から直接導かれます。
遷移金属が複数の酸化数をとれるのも、d電子の性質から理解できます。 典型元素では、最外殻の s 電子または p 電子を失うと、残りは安定な希ガス型配置または半閉殻配置であり、さらに電子を失うには非常に大きなエネルギーが必要です。 一方、遷移金属では d 電子のエネルギーが比較的近接しているため、段階的に d 電子を失ってもエネルギーの「跳び上がり」が起きにくいのです。
たとえばマンガン(Mn、電子配置 $[\text{Ar}] \, 3d^5 \, 4s^2$)は、4s電子2個に加えて3d電子を段階的に0〜5個失うことができるため、 +2 から +7 までの酸化数をとります。 各酸化数での d 電子の数は次のようになります。
| 酸化数 | +2 | +3 | +4 | +5 | +6 | +7 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| d電子の数 | $d^5$ | $d^4$ | $d^3$ | $d^2$ | $d^1$ | $d^0$ |
| 代表的な化合物 | $\text{MnCl}_2$ | $\text{Mn}_2\text{O}_3$ | $\text{MnO}_2$ | (不安定) | $\text{MnO}_4^{2-}$ | $\text{MnO}_4^-$ |
$\text{MnO}_4^-$(過マンガン酸イオン)が濃い赤紫色を呈するのは、厳密にはd-d遷移ではなく電荷移動遷移(配位子の電子が金属に移動する遷移)によるものです。 d電子が0個($d^0$)であるため d-d遷移は起きませんが、別の種類の電子遷移がこの場合は色を生んでいます。
d-d遷移は金属のd軌道内での電子遷移であり、吸収強度は比較的弱い(モル吸光係数 $\varepsilon$ が 1〜100 $\text{L}\,\text{mol}^{-1}\,\text{cm}^{-1}$ 程度)ため、色は淡い傾向があります。 これに対し、電荷移動遷移(charge transfer transition)は配位子から金属へ、または金属から配位子へ電子が移動する遷移で、吸収強度が桁違いに大きい($\varepsilon$ が 1000〜50000 程度)ため、$\text{MnO}_4^-$ の赤紫色や $\text{CrO}_4^{2-}$ の黄色のように濃い色を示します。
遷移金属が優れた触媒となるのも、d電子の性質と関連します。 反応分子が金属表面に吸着するとき、反応分子の軌道と金属のd軌道が相互作用して結合が形成されます。 d軌道が部分的に満たされていることが、吸着に適した強さの結合を生み出します。 d軌道が空($d^0$)だと吸着が弱すぎ、完全に満たされている($d^{10}$)と逆に吸着が強すぎて基質が離れにくくなります。 中間的なd電子数をもつ遷移金属(Fe, Ni, Pt, Pd など)が触媒として有効であるのは、このバランスのためです。
$\text{Co}^{3+}$($d^6$)に $\text{NH}_3$(比較的強い配位子)が配位した $\text{[Co(NH}_3\text{)}_6\text{]}^{3+}$ は、実測で $\Delta_o \approx 275$ kJ/mol です。 この分裂エネルギーに対応する吸収波長を計算してみます。
1 mol あたりの分裂エネルギーを 1 分子あたりに換算します。
$$\Delta_o = \frac{275 \times 10^3 \text{ J/mol}}{6.02 \times 10^{23} \text{ /mol}} = 4.57 \times 10^{-19} \text{ J}$$
$\Delta_o = \frac{hc}{\lambda}$ より、
$$\lambda = \frac{hc}{\Delta_o} = \frac{6.63 \times 10^{-34} \times 3.00 \times 10^8}{4.57 \times 10^{-19}} = 4.35 \times 10^{-7} \text{ m} = 435 \text{ nm}$$
435 nm は紫〜青の光に相当します。この光を吸収するため、補色である黄〜橙色が透過し、$\text{[Co(NH}_3\text{)}_6\text{]}^{3+}$ の溶液は黄橙色に見えます。実際の溶液は黄色〜橙色であり、計算結果と一致します。
Q1. 正八面体型錯体において、配位子の接近によってエネルギーが高くなるd軌道はどれですか。
Q2. $\text{Zn}^{2+}$($d^{10}$)の水溶液が無色である理由を、d-d遷移の観点から説明してください。
Q3. $\text{[Cu(H}_2\text{O)}_6\text{]}^{2+}$ が青色を示すのに対し、$\text{[Cu(NH}_3\text{)}_4\text{]}^{2+}$ が深青色を示す理由を、分光化学系列を用いて説明してください。
Q4. $\text{Fe}^{2+}$($d^6$)が強い結晶場(大きな $\Delta_o$)の配位子に囲まれたとき、高スピンと低スピンのどちらになりますか。またその理由を述べてください。
正八面体型錯体において、5つのd軌道を $e_g$ と $t_{2g}$ に分類し、それぞれに属する軌道名をすべて答えてください。 また、エネルギーが高いのはどちらのグループか答えてください。
$e_g$:$d_{z^2}$, $d_{x^2 - y^2}$(エネルギーが高い)
$t_{2g}$:$d_{xy}$, $d_{xz}$, $d_{yz}$(エネルギーが低い)
正八面体型では配位子が座標軸上($\pm x$, $\pm y$, $\pm z$)に位置します。$d_{z^2}$ と $d_{x^2 - y^2}$ は電子密度が軸上に集中しているため配位子との反発が大きく、エネルギーが上がります。残りの3軌道は軸間に電子密度があるため反発が小さく、エネルギーが下がります。
ある正八面体型錯体の結晶場分裂エネルギーが $\Delta_o = 240$ kJ/mol と測定されました。
(1) この錯体が吸収する光の波長(nm)を求めてください。
($h = 6.63 \times 10^{-34}$ J・s、$c = 3.00 \times 10^8$ m/s、$N_A = 6.02 \times 10^{23}$ /mol)
(2) この吸収波長に対応する光の色と、溶液として観察される色(補色)を答えてください。
(1) $\lambda \approx 499$ nm
(2) 吸収する光:青緑〜緑、観察される色:赤〜赤紫
1分子あたりの分裂エネルギーに換算します。
$\Delta_o = \dfrac{240 \times 10^3}{6.02 \times 10^{23}} = 3.99 \times 10^{-19}$ J
$\lambda = \dfrac{hc}{\Delta_o} = \dfrac{6.63 \times 10^{-34} \times 3.00 \times 10^8}{3.99 \times 10^{-19}} = 4.99 \times 10^{-7}$ m $= 499$ nm
499 nm は青緑〜緑の領域に相当します。この色が吸収されるため、補色である赤〜赤紫が観察されます。
$\text{Co}^{3+}$($d^6$)の正八面体型錯体について、以下の問に答えてください。
(1) 高スピン状態における $t_{2g}$ と $e_g$ の電子配置を書き、不対電子の数を求めてください。
(2) 低スピン状態における $t_{2g}$ と $e_g$ の電子配置を書き、不対電子の数を求めてください。
(3) $\text{[Co(NH}_3\text{)}_6\text{]}^{3+}$ は反磁性です。この錯体は高スピン・低スピンのどちらですか。また、分光化学系列からその理由を説明してください。
(1) 高スピン:$t_{2g}^4 \, e_g^2$、不対電子 4 個
(2) 低スピン:$t_{2g}^6 \, e_g^0$、不対電子 0 個
(3) 低スピン。反磁性は不対電子が0個であることを意味するため、$t_{2g}^6 \, e_g^0$ の低スピン配置です。$\text{NH}_3$ は分光化学系列で比較的強い配位子であり、$\Delta_o > P$ となるため低スピン状態が実現します。
$d^6$ の場合、高スピンでは $t_{2g}$ に4個(3軌道に $\uparrow\downarrow, \uparrow, \uparrow$)、$e_g$ に2個(2軌道に $\uparrow, \uparrow$)入り、不対電子は4個です。低スピンでは6個すべてが $t_{2g}$ に入り(3軌道に $\uparrow\downarrow, \uparrow\downarrow, \uparrow\downarrow$)、$e_g$ は空のまま、不対電子は0個です。
反磁性(不対電子0個)であるという実験事実から、$\text{[Co(NH}_3\text{)}_6\text{]}^{3+}$ は低スピン配置をとっていることがわかります。これは $\text{NH}_3$ が分光化学系列で強い配位子に位置し、大きな $\Delta_o$ を生むためです。
以下の3つのクロム(III)錯体について、分光化学系列を根拠に、$\Delta_o$ の大小を予測し、吸収波長の長短および溶液の色を推定してください。
(a) $\text{[Cr(H}_2\text{O)}_6\text{]}^{3+}$
(b) $\text{[Cr(NH}_3\text{)}_6\text{]}^{3+}$
(c) $\text{[Cr(CN)}_6\text{]}^{3-}$
分光化学系列より配位子の強さの順は $\text{H}_2\text{O} < \text{NH}_3 < \text{CN}^-$ であるため、$\Delta_o$ の大きさは (a) $<$ (b) $<$ (c) です。
$\Delta_o$ が大きいほど吸収波長は短くなるため、吸収波長の長さは (a) $>$ (b) $>$ (c) です。
色の推定:
$\text{Cr}^{3+}$ は $d^3$ 配置であり、3個のd電子はすべて $t_{2g}$ に入ります($\Delta_o$ の大小にかかわらず電子配置は同じ)。 配位子の違いにより $\Delta_o$ のみが変化するため、色の違いは純粋に吸収波長の変化として現れます。 実測値は (a) が $\Delta_o = 208$ kJ/mol(紫色)、(b) が $\Delta_o = 258$ kJ/mol(黄色)であり、理論的な予測と整合します。