高校化学では、フェノールがアルコールより強い酸であること、アニリンがアンモニアより弱い塩基であることを、それぞれ個別の事実として学びます。
また、芳香族化合物の反応として、ニトロ化やスルホン化、ジアゾ化やアゾカップリングなどを反応経路図の中で覚えます。
大学化学では、これらの一見ばらばらな事実を共鳴効果という一つの概念で統一的に理解します。
$\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ の非共有電子対が芳香環の $\pi$ 電子系に流れ込むことで、(1) フェノールの酸性度がアルコールより高くなり、(2) アニリンの塩基性度が脂肪族アミンより低くなり、(3) 芳香環がオルト・パラ位で活性化される ── この3つの事実はすべて同じ電子的効果の異なる現れです。
高校化学では、フェノール $\text{C}_6\text{H}_5\text{OH}$ とアニリン $\text{C}_6\text{H}_5\text{NH}_2$ の性質を次のように学びます。
高校では、「フェノールはアルコールより強い酸」「アニリンはアンモニアより弱い塩基」という事実を覚えます。 しかし、なぜベンゼン環に $\text{-OH}$ がつくと酸性が強まるのか、なぜベンゼン環に $\text{-NH}_2$ がつくと塩基性が弱まるのかについて、共通の理由は示されません。 次のセクションでは、これらを一つの原理で説明できることを確認します。
大学化学では、フェノールの酸性度、アニリンの塩基性度、そして芳香環の反応性を、共鳴効果($\pi$ 電子の非局在化)という一つの概念で統一的に説明します。 共鳴の基本的な考え方は 📖 C-15-1 で導入しました。ここではその考え方を置換基の効果に適用します。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. フェノキシドイオンの共鳴構造を書き、フェノールがアルコールより強い酸である理由を共鳴安定化から説明できる
2. アニリンの非共有電子対が芳香環に非局在化する共鳴を書き、アニリンの塩基性が脂肪族アミンより低い理由を説明できる
3. $\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ が芳香環を活性化し、オルト・パラ配向性を示す理由を、共鳴構造から導ける
4. $\text{p}K_\text{a}$ 値を使って酸性度・塩基性度の強弱を定量的に比較できる
5. ジアゾ化とアゾカップリングを、求電子置換反応と共鳴の枠組みで理解できる
共鳴効果を理解するための鍵は、$\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ の非共有電子対が芳香環の $\pi$ 系に参加できるかどうかです。 次のセクションでは、まずフェノールの酸性度を共鳴の観点から分析します。
ある化合物の酸性度を評価するには、プロトン $\text{H}^+$ を放出した後の共役塩基がどれだけ安定かを見ます。 共役塩基が安定であるほど、プロトンを放出しやすく、したがって酸性が強くなります。 これは高校でも定性的に学ぶ考え方ですが、大学では共鳴構造を使って「なぜ安定か」を具体的に説明します。
エタノール $\text{C}_2\text{H}_5\text{OH}$ がプロトンを放出すると、エトキシドイオン $\text{C}_2\text{H}_5\text{O}^-$ が生じます。 このイオンでは、負電荷は酸素原子上に局在しています。エチル基は飽和炭化水素であり、$\pi$ 電子系を持たないため、負電荷を分散させる共鳴構造を書くことができません。
一方、フェノール $\text{C}_6\text{H}_5\text{OH}$ がプロトンを放出すると、フェノキシドイオン $\text{C}_6\text{H}_5\text{O}^-$ が生じます。 こちらでは、酸素上の負電荷(非共有電子対)が芳香環の $\pi$ 系に流れ込む共鳴構造を書くことができます。
フェノキシドイオンには、以下の共鳴構造が存在します。
(I) 酸素上に負電荷が局在する構造 $\text{C}_6\text{H}_5\text{-O}^-$
(II) 負電荷がオルト位の炭素に移動した構造(2つ)
(III) 負電荷がパラ位の炭素に移動した構造(1つ)
合計で4つの共鳴構造(酸素上に1つ、オルト位に2つ、パラ位に1つ)を書くことができます。 実際のフェノキシドイオンは、これらの共鳴構造の重ね合わせ(共鳴混成体)であり、負電荷は酸素原子と芳香環のオルト・パラ位に分散しています。
負電荷が1つの原子に集中するより、複数の原子に分散するほうがエネルギー的に安定です。 この安定化を共鳴安定化といいます。 フェノキシドイオンは共鳴安定化によってエトキシドイオンよりも安定であり、これがフェノールの酸性度がエタノールより高い理由です。
酸性度の強さは $\text{p}K_\text{a}$ 値で定量的に表されます。 $\text{p}K_\text{a}$ が小さいほど酸性が強い(プロトンを放出しやすい)ことを意味します。 高校でも酸の電離定数 $K_\text{a}$ は学びますが、$\text{p}K_\text{a} = -\log_{10} K_\text{a}$ と定義される対数スケールを使うと、大きな範囲の酸性度を比較しやすくなります。
| 化合物 | $\text{p}K_\text{a}$(実測値) | 共役塩基の特徴 |
|---|---|---|
| エタノール $\text{C}_2\text{H}_5\text{OH}$ | 約 16 | 負電荷は酸素に局在(共鳴安定化なし) |
| フェノール $\text{C}_6\text{H}_5\text{OH}$ | 約 10 | 負電荷が芳香環に非局在化(共鳴安定化あり) |
| 酢酸 $\text{CH}_3\text{COOH}$ | 約 4.8 | 負電荷が2つの酸素に均等に非局在化 |
フェノールの $\text{p}K_\text{a} \approx 10$ はエタノールの $\text{p}K_\text{a} \approx 16$ より約6小さく、これは酸解離定数 $K_\text{a}$ にして約 $10^6$ 倍(100万倍)の差です。 フェノキシドイオンの共鳴安定化が、これほど大きな酸性度の差を生み出しています。
ただし、フェノールの $\text{p}K_\text{a} \approx 10$ は酢酸の $\text{p}K_\text{a} \approx 4.8$ より大きいので、フェノールは酢酸より弱い酸です。 また、炭酸の第一電離の $\text{p}K_\text{a} \approx 6.4$ よりも大きいので、フェノールは炭酸よりも弱い酸です。 これが「フェノールは炭酸水素ナトリウムとは反応しない」という高校で学ぶ事実の理由です。
フェノールの酸性度がエタノールより高い理由は、フェノキシドイオンの負電荷が芳香環に分散する共鳴構造を書けるからです。
共役塩基が共鳴安定化されるほど、その酸は強くなります。これは有機化学全般で酸性度を予測する際の基本原理です。
ここまでで、共鳴安定化がフェノールの酸性度を説明することがわかりました。 同じ共鳴の考え方をアニリンに適用すると、塩基性度の低下も説明できます。次のセクションでこれを確認します。
ブレンステッド塩基の強さは、非共有電子対がプロトン $\text{H}^+$ をどれだけ受け取りやすいかで決まります。 非共有電子対が「自由に使える」状態であるほどプロトンを受け取りやすく、塩基性が強くなります。 逆に、非共有電子対が別の目的に使われていて「拘束されている」場合は、プロトンを受け取りにくく、塩基性が弱くなります。
メチルアミン $\text{CH}_3\text{NH}_2$ の窒素原子は $\text{sp}^3$ 混成であり、非共有電子対は $\text{sp}^3$ 混成軌道に入っています(混成軌道の概念は 📖 C-2-3 で導入しました)。 この非共有電子対は窒素上に局在しており、プロトンを受け取るのに自由に使えます。
一方、アニリン $\text{C}_6\text{H}_5\text{NH}_2$ では事情が異なります。 窒素の非共有電子対は、芳香環の $\pi$ 電子系と共鳴することができます。 つまり、窒素の電子対がベンゼン環に流れ込む共鳴構造を書くことができるのです。
アニリンでは、窒素の非共有電子対が芳香環に流れ込む共鳴構造が存在します。
(I) 非共有電子対が窒素上に局在する構造 $\text{C}_6\text{H}_5\text{-NH}_2$
(II) 窒素から芳香環のオルト位に電子が移動し、窒素上に正電荷、オルト位の炭素に負電荷が生じる構造(2つ)
(III) 窒素から芳香環のパラ位に電子が移動し、窒素上に正電荷、パラ位の炭素に負電荷が生じる構造(1つ)
実際のアニリンでは、窒素の非共有電子対の一部が芳香環に非局在化しています。 この電子対は芳香環との共鳴に「使われている」ため、プロトンを受け取る能力が低下します。 これがアニリンの塩基性が脂肪族アミンより弱い理由です。
塩基性の強さは、共役酸の $\text{p}K_\text{a}$ 値で比較できます。 アミンの共役酸は $\text{R-NH}_3^+$ であり、この $\text{p}K_\text{a}$ が大きいほどプロトンを放出しにくい(=もとのアミンが強い塩基である)ことを意味します。
| 塩基 | 共役酸の $\text{p}K_\text{a}$(実測値) | 非共有電子対の状態 |
|---|---|---|
| メチルアミン $\text{CH}_3\text{NH}_2$ | 約 10.6 | 窒素上に局在(自由に使える) |
| アンモニア $\text{NH}_3$ | 約 9.3 | 窒素上に局在 |
| アニリン $\text{C}_6\text{H}_5\text{NH}_2$ | 約 4.6 | 芳香環に部分的に非局在化(拘束されている) |
アニリンの共役酸 $\text{C}_6\text{H}_5\text{NH}_3^+$ の $\text{p}K_\text{a} \approx 4.6$ は、メチルアミンの共役酸の $\text{p}K_\text{a} \approx 10.6$ より約6小さくなっています。 これは、アニリンの塩基性がメチルアミンの約 $10^6$ 分の1(100万分の1)であることを意味します。 芳香環との共鳴による非共有電子対の非局在化が、これほど大きな塩基性の差を生み出しているのです。
誤解:アニリンの塩基性が弱いということは、$\text{-NH}_2$ は芳香環に電子を与えていないのではないか。
正しい理解:むしろ逆です。$\text{-NH}_2$ の非共有電子対が芳香環に流れ込んでいるからこそ塩基性が弱くなります。芳香環に電子を供与しているという事実と、塩基性が低下するという事実は、同じ共鳴効果の表と裏の関係にあります。
ここまでで、共鳴効果がフェノールの酸性度(セクション3)とアニリンの塩基性度を説明することを確認しました。 同じ共鳴効果は、芳香環の反応性にも影響を与えます。次のセクションでは、共鳴効果が芳香環をどのように活性化し、反応の位置選択性(配向性)を決めるかを見ていきます。
セクション3とセクション4で見たように、$\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ の非共有電子対は芳香環の $\pi$ 系に流れ込みます。 この電子の流れ込みは、芳香環上の電子密度を増加させます。 特に、共鳴構造を書くと負電荷が現れるのはオルト位とパラ位であり、メタ位には負電荷が現れる共鳴構造を書くことができません。
求電子置換反応(EAS)の基本的なメカニズムと配向性の概念は 📖 C-15-2 で導入しました。 EAS では、求電子剤 $\text{E}^+$ が芳香環の電子密度の高い位置を攻撃します。 したがって、$\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ が結合した芳香環では、電子密度が高いオルト・パラ位が優先的に攻撃され、メタ位への攻撃は不利になります。
$\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ のような非共有電子対を持つ置換基は、共鳴により芳香環に電子を供与します。 この電子供与は、オルト位とパラ位の電子密度を選択的に高めます。
その結果、以下の2つの効果が生じます。
(1) 活性化:芳香環全体の電子密度が上がるため、求電子剤を引き寄せやすくなる。無置換のベンゼンより反応速度が速くなる。
(2) オルト・パラ配向:オルト位・パラ位の電子密度が特に高いため、これらの位置で優先的に置換反応が起こる。
このように、$\text{-OH}$ と $\text{-NH}_2$ は活性化基かつオルト・パラ配向基です。 共鳴構造から電子密度の分布を予測できるため、反応生成物を定性的に予測することができます。
配向性は、中間体の安定性からも理解できます。 📖 C-15-2 で学んだように、EAS の律速段階で生じるアレニウム中間体(シグマ錯体)が安定であるほど、その位置への攻撃が有利になります。
求電子剤がオルト位またはパラ位を攻撃した場合、生じるアレニウム中間体には、$\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ の非共有電子対から直接電子が供給される共鳴構造を書くことができます。 この追加の共鳴構造により、中間体が特に安定化されます。
一方、メタ位を攻撃した場合は、$\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ から直接電子が流れ込む共鳴構造を書くことができません。 したがって、メタ位への攻撃で生じる中間体はオルト・パラ位の場合ほど安定化されず、メタ位への反応は不利になります。
$\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ の非共有電子対が芳香環の $\pi$ 系と共鳴するという一つの事実から、3つの帰結が得られます。
(1) フェノールの酸性度:フェノキシドイオンの負電荷が芳香環に分散 → 共役塩基が安定 → 酸性度が高い
(2) アニリンの塩基性度:非共有電子対が芳香環に非局在化 → プロトンを受け取る能力が低下 → 塩基性が低い
(3) 配向性と活性化:電子がオルト・パラ位に流れ込む → 電子密度が増加 → オルト・パラ位で求電子置換が優先的に起こる
ここまでで、共鳴効果という一つの原理で3つの事実を統一的に理解できることを確認しました。 次のセクションでは、この理解を応用して、置換基の種類による酸性度の変化を $\text{p}K_\text{a}$ 値で定量的に比較し、さらにジアゾ化反応とアゾカップリングを共鳴の枠組みで理解します。
セクション3で学んだ「共役塩基の共鳴安定化が酸性度を高める」という原理を使えば、フェノールの芳香環に別の置換基が入ったとき、酸性度がどう変化するかを予測できます。
芳香環に電子求引基(例:$\text{-NO}_2$)が結合すると、フェノキシドイオンの負電荷がさらに分散され、共役塩基がより安定化されます。 その結果、酸性度が高くなります($\text{p}K_\text{a}$ が小さくなります)。
逆に、電子供与基(例:$\text{-CH}_3$)が結合すると、負電荷の分散が妨げられ、共役塩基の安定性がやや低下します。 その結果、酸性度がわずかに低くなります。
| 化合物 | $\text{p}K_\text{a}$(実測値) | 置換基の効果 |
|---|---|---|
| $p$-ニトロフェノール | 約 7.1 | $\text{-NO}_2$(電子求引基)がパラ位で負電荷をさらに分散 |
| フェノール | 約 10.0 | (基準) |
| $p$-メチルフェノール($p$-クレゾール) | 約 10.3 | $\text{-CH}_3$(電子供与基)がわずかに負電荷分散を妨げる |
| 2,4,6-トリニトロフェノール(ピクリン酸) | 約 0.4 | 3つの $\text{-NO}_2$ が強力に負電荷を分散 |
ピクリン酸(2,4,6-トリニトロフェノール)の $\text{p}K_\text{a} \approx 0.4$ は塩酸に匹敵する強酸性であり、 3つのニトロ基による強力な電子求引効果がフェノキシドイオンの負電荷を極めて効果的に分散させていることを示しています。 高校では「ピクリン酸は強い酸」という事実を覚えますが、共鳴と電子求引効果の組み合わせでその理由を説明できます。
高校化学で学ぶジアゾ化反応を、求電子置換反応と共鳴の枠組みで改めて整理します。
アニリンに亜硝酸ナトリウム $\text{NaNO}_2$ と塩酸を $0$〜$5 \; {}^\circ\text{C}$ で作用させると、塩化ベンゼンジアゾニウム $\text{C}_6\text{H}_5\text{N}_2^+ \text{Cl}^-$ が生成します。
$$\text{C}_6\text{H}_5\text{NH}_2 + \text{NaNO}_2 + 2\text{HCl} \longrightarrow \text{C}_6\text{H}_5\text{N}_2^+\text{Cl}^- + \text{NaCl} + 2\text{H}_2\text{O}$$
反応を低温で行うのは、ジアゾニウムイオン $\text{C}_6\text{H}_5\text{N}_2^+$ が不安定で、高温では $\text{N}_2$ を放出して分解するためです。 ジアゾニウムイオンにおいて、$\text{N} \equiv \text{N}$ の三重結合は非常に安定な $\text{N}_2$ 分子と同様の構造を含んでおり、$\text{N}_2$ が優れた脱離基として働きます。
ジアゾニウムイオン $\text{C}_6\text{H}_5\text{N}_2^+$ は、窒素上に正電荷を持つ求電子剤です。 この求電子剤がフェノール(またはアニリン類)の芳香環を攻撃する反応がアゾカップリングです。
セクション5で学んだように、フェノールの $\text{-OH}$ は芳香環を活性化し、オルト・パラ配向性を示します。 ジアゾニウムイオンはかさ高い求電子剤であるため、立体障害の少ないパラ位を優先的に攻撃します。 その結果、パラ位でアゾ結合 $\text{-N=N-}$ が形成されます。
$$\text{C}_6\text{H}_5\text{N}_2^+ + \text{C}_6\text{H}_5\text{OH} \longrightarrow \text{C}_6\text{H}_5\text{-N=N-C}_6\text{H}_4\text{-OH} + \text{H}^+$$
生成物 $p$-ヒドロキシアゾベンゼンは橙色〜赤色を呈する化合物です。 アゾ化合物 $\text{-N=N-}$ が色を持つのは、$\pi$ 共役系が分子全体に広がっているためです。 2つの芳香環が $\text{-N=N-}$ を介してつながることで、$\pi$ 電子の非局在化が分子全体に拡張され、可視光の特定の波長を吸収するようになります。
一般に、共役系($\pi$ 電子が非局在化している範囲)が長いほど、吸収する光の波長が長くなります。 ベンゼン自体は紫外線(約 254 nm)を吸収しますが、目に見える色はありません。 2つのベンゼン環が $\text{-N=N-}$ でつながると、共役系が大幅に拡張され、可視光(400〜700 nm)を吸収するようになります。 これがアゾ染料が鮮やかな色を持つ理由です。
高校で学ぶメチルオレンジやコンゴーレッドなどのアゾ染料も、この原理で色が生じています。
このように、ジアゾ化反応で生じるジアゾニウムイオンが求電子剤として働き、活性化された芳香環(フェノール)のパラ位を攻撃するという流れは、C-15-2 で学んだ求電子置換反応の枠組みと、この記事で学んだ共鳴による配向性の組み合わせで理解できます。
Q1. フェノールの $\text{p}K_\text{a}$ は約 10、エタノールの $\text{p}K_\text{a}$ は約 16 です。フェノールがエタノールより強い酸である理由を、共鳴安定化の観点から説明してください。
Q2. アニリンの塩基性がメチルアミンより弱い理由を、非共有電子対の非局在化の観点から説明してください。
Q3. $\text{-OH}$ や $\text{-NH}_2$ がオルト・パラ配向基である理由を、共鳴構造の観点から簡潔に説明してください。
Q4. $p$-ニトロフェノール($\text{p}K_\text{a} \approx 7.1$)がフェノール($\text{p}K_\text{a} \approx 10.0$)より強い酸である理由を説明してください。
以下の化合物を酸性度の強い順に並べてください。また、それぞれの酸性度の違いを共役塩基の安定性から簡潔に説明してください。
(a) エタノール (b) フェノール (c) 酢酸
酸性度の順:酢酸($\text{p}K_\text{a} \approx 4.8$) > フェノール($\text{p}K_\text{a} \approx 10$) > エタノール($\text{p}K_\text{a} \approx 16$)
理由:酢酸イオン $\text{CH}_3\text{COO}^-$ は、負電荷が2つの等価な酸素原子に均等に分散(非常に効果的な共鳴安定化)。フェノキシドイオン $\text{C}_6\text{H}_5\text{O}^-$ は、負電荷が酸素と芳香環のオルト・パラ位に分散(共鳴安定化あり)。エトキシドイオン $\text{C}_2\text{H}_5\text{O}^-$ は、負電荷が酸素上に局在(共鳴安定化なし)。共役塩基がより安定なものほど酸性が強くなります。
フェノール($\text{p}K_\text{a} = 10.0$)の $0.10 \; \text{mol/L}$ 水溶液の pH を求めてください。 フェノールの電離度は1より十分小さいものとします。
$\text{p}K_\text{a} = 10.0$ より $K_\text{a} = 1.0 \times 10^{-10}$ です。
弱酸の電離平衡 $\text{C}_6\text{H}_5\text{OH} \rightleftharpoons \text{C}_6\text{H}_5\text{O}^- + \text{H}^+$ において、
$$K_\text{a} = \frac{[\text{H}^+][\text{C}_6\text{H}_5\text{O}^-]}{[\text{C}_6\text{H}_5\text{OH}]}$$
$[\text{H}^+] = [\text{C}_6\text{H}_5\text{O}^-] = x$ とおき、電離度が小さいので $[\text{C}_6\text{H}_5\text{OH}] \approx 0.10$ として、
$$x^2 = K_\text{a} \times 0.10 = 1.0 \times 10^{-10} \times 0.10 = 1.0 \times 10^{-11}$$
$$x = [\text{H}^+] = \sqrt{1.0 \times 10^{-11}} = 3.16 \times 10^{-6} \; \text{mol/L}$$
$$\text{pH} = -\log_{10}(3.16 \times 10^{-6}) = 6 - \log_{10} 3.16 = 6 - 0.50 = 5.5$$
フェノールは弱酸ですが、$\text{p}K_\text{a} = 10$ と非常に弱いため、$0.10 \; \text{mol/L}$ 水溶液でも pH は 5.5 程度にしかなりません。比較として、同じ濃度の酢酸($\text{p}K_\text{a} = 4.8$)水溶液の pH は約 2.9 です。$\text{p}K_\text{a}$ の差が5.2あるため、$[\text{H}^+]$ は酢酸のほうが約400倍大きくなります。
アニリンの共役酸 $\text{C}_6\text{H}_5\text{NH}_3^+$ の $\text{p}K_\text{a}$ は 4.6 です。
(a) アニリンの $\text{p}K_\text{b}$ を求めてください。ただし $\text{p}K_\text{a} + \text{p}K_\text{b} = 14.0$ とします。
(b) メチルアミンの共役酸 $\text{CH}_3\text{NH}_3^+$ の $\text{p}K_\text{a}$ は 10.6 です。アニリンの $K_\text{b}$ はメチルアミンの $K_\text{b}$ の何倍ですか。
(a) $\text{p}K_\text{b} = 14.0 - \text{p}K_\text{a} = 14.0 - 4.6 = 9.4$
したがって $K_\text{b} = 10^{-9.4} = 4.0 \times 10^{-10}$ です。
(b) メチルアミンの $\text{p}K_\text{b} = 14.0 - 10.6 = 3.4$ より $K_\text{b} = 10^{-3.4} = 4.0 \times 10^{-4}$ です。
比を求めると、
$$\frac{K_\text{b}(\text{aniline})}{K_\text{b}(\text{methylamine})} = \frac{10^{-9.4}}{10^{-3.4}} = 10^{-6.0} = 1.0 \times 10^{-6}$$
アニリンの $K_\text{b}$ はメチルアミンの $10^{-6}$ 倍(100万分の1)です。
$\text{p}K_\text{b}$ の差が 6.0 であることは、$K_\text{b}$ にして $10^6$ 倍の差に相当します。アニリンの窒素の非共有電子対が芳香環に非局在化することによって、塩基性が100万分の1にまで低下しています。共鳴効果がいかに大きな影響を持つかを定量的に示す例です。
以下の問いに答えてください。
(a) フェノールに臭素水を加えると、2,4,6-トリブロモフェノールの白色沈殿が生じます。ベンゼンの臭素化には触媒($\text{FeBr}_3$)が必要であるのに、フェノールでは触媒なしで反応が進む理由を、共鳴効果を用いて説明してください。
(b) また、生成物が2,4,6-トリブロモフェノール(オルト位2つとパラ位1つの3か所がすべて臭素化された生成物)になる理由を、配向性の観点から説明してください。
(c) アニリンに塩酸を加えてアニリン塩酸塩 $\text{C}_6\text{H}_5\text{NH}_3^+\text{Cl}^-$ にしてからニトロ化すると、メタ位にニトロ基が入る傾向があります。この理由を説明してください。
(a) フェノールの $\text{-OH}$ は、非共有電子対を芳香環に供与する共鳴により、芳香環の電子密度を高めます(活性化基)。電子密度が高い芳香環は求電子剤($\text{Br}_2$)を引き寄せやすく、ルイス酸触媒による活性化がなくても反応が進行します。一方、無置換のベンゼンは活性化されていないため、$\text{FeBr}_3$ で $\text{Br}_2$ を活性化して求電子性を高める必要があります。
(b) $\text{-OH}$ はオルト・パラ配向基であるため、臭素化はオルト位とパラ位で選択的に起こります。フェノールの芳香環は強く活性化されているため、反応性が高く、1つ目の臭素が入った後もオルト・パラ位への臭素化が続きます。その結果、利用可能なオルト位2か所とパラ位1か所のすべてが臭素化され、2,4,6-トリブロモフェノールが生成します。
(c) アニリン塩酸塩では、窒素がプロトン化されて $\text{-NH}_3^+$ になっています。この状態では窒素上に非共有電子対がなく、芳香環への電子供与(共鳴)が起こりません。むしろ $\text{-NH}_3^+$ は正電荷を持つ電子求引基として働き、誘起効果によって芳香環の電子密度を下げます。電子求引基はメタ配向性を示すため、ニトロ基はメタ位に入ります。