第3章 結晶構造と状態図

結晶の分類と単位格子
─ 構造と物性の関係

高校化学では、結晶を4種類(イオン結晶・金属結晶・共有結合の結晶・分子結晶)に分類し、それぞれの性質を暗記します。 また、単位格子の計算として充填率や密度の公式を使いますが、「なぜ fcc の充填率は 74% なのか」「なぜ NaCl は岩塩型構造をとるのか」といった問いには答えていません。

大学化学では、結合の種類が構造を決め、構造が物性を決めるという因果の連鎖で結晶を理解します。 イオンの半径比から安定な配位数が決まり、配位数から結晶構造が決まり、結晶構造と格子エネルギーから融点や硬度が導かれます。 この因果関係を理解すれば、結晶の性質は暗記する対象ではなく、導出できる対象になります。

1高校での扱い ─ 結晶の4分類と単位格子の計算

高校化学では、結晶を構成粒子間の結合の種類に基づいて次の4種類に分類します。

結晶の種類 構成粒子 結合 性質の例
イオン結晶 陽イオン・陰イオン イオン結合 硬いがもろい、高融点、水溶液は電気を通す
金属結晶 金属原子(陽イオン+自由電子) 金属結合 電気・熱を伝える、展性・延性
共有結合の結晶 原子 共有結合 非常に硬い、極めて高い融点
分子結晶 分子 分子間力 柔らかい、低融点、昇華しやすいものがある

また、単位格子については、体心立方格子(bcc)・面心立方格子(fcc)・六方最密充填構造(hcp)を学び、 充填率(bcc: 68%、fcc: 74%)や、単位格子の一辺の長さ $a$ と原子半径 $r$ の関係を使って密度を計算します。 イオン結晶については NaCl 型・CsCl 型・ZnS 型の構造を学びます。

高校ではこれらの数値を公式として覚え、与えられた値を代入して解きます。 しかし、「なぜ fcc の充填率は bcc より高いのか」「なぜ NaCl は NaCl 型で CsCl は CsCl 型なのか」といった問いには、高校の枠組みでは踏み込みません。 次のセクションでは、これらの「なぜ」に答えるための視点を導入します。

2大学の視点で何が変わるか ─ 因果の連鎖で理解する

大学化学では、結晶の理解に一つの因果の連鎖を導入します。 結合の種類がまず配位数(1つの粒子の周囲に何個の粒子が接しているか)を決め、 配位数が結晶構造を決め、結晶構造と結合の強さが物性(融点・硬度・密度)を決めます。

高校 vs 大学:結晶をどう理解するか
高校:分類と性質を対応表で暗記
「イオン結晶は硬いがもろい」「fcc の充填率は 74%」のように、分類ごとの性質と数値を覚える。
なぜその値になるかは問わない。
大学:結合 → 構造 → 物性の因果で導く
イオン半径の比から配位数を求め、配位数から構造を決定し、格子エネルギーから融点を予測する。
暗記ではなく導出。
高校:充填率は公式として与えられる
fcc: 74%, bcc: 68% を暗記し、密度計算に使う。
大学:幾何学的に充填率を導出する
原子の接触条件から $a$ と $r$ の関係を求め、球の体積と単位格子の体積の比として充填率を計算する。
高校:NaCl 型・CsCl 型の構造を覚える
「NaCl は配位数6」「CsCl は配位数8」を覚える。
大学:半径比から安定構造を予測する
陽イオンと陰イオンの半径比 $r_+/r_-$ が構造を決める。限界半径比を導出して、NaCl 型と CsCl 型の境界条件を求める。
結合 → 構造 → 物性の因果関係

この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。

1. fcc と bcc の充填率(74% と 68%)を、原子の接触条件と幾何学から導出できる

2. 限界半径比を導出し、$r_+/r_-$ の値から NaCl 型か CsCl 型かを予測できる

3. 格子エネルギーの大小から、イオン結晶の融点の高低を説明できる

4. 単位格子の情報から結晶の密度を計算し、逆に実測密度から構造を推定できる

まず、金属結晶の単位格子から始めます。充填率の導出を通じて、「原子がどのように接触しているか」という幾何学的条件が構造のすべてを決めることを確認します。

3金属結晶の単位格子 ─ 充填率の導出

金属結合は方向性を持たないため、金属原子は「できるだけ多くの原子と接触する」ように配列します。 これは等しい大きさの球を最も効率よく詰める問題(球充填問題)と同じです。 結合の方向性がないからこそ、幾何学だけで構造が決まります。

体心立方格子(bcc)の充填率

bcc では、立方体の各頂点と体心に原子が配置されます。 単位格子あたりの原子数は、頂点の原子が $8 \times \frac{1}{8} = 1$ 個、体心の原子が $1$ 個で、合計 $2$ 個です。

bcc の接触条件を考えます。体心の原子は、立方体の対角線(体対角線)に沿って頂点の原子と接触しています。 体対角線の長さは $\sqrt{3}\,a$ です($a$ は一辺の長さ)。 この対角線上に、頂点の原子の半径 $r$、体心の原子の直径 $2r$、もう一方の頂点の原子の半径 $r$ が並ぶので、次の関係が成り立ちます。

$$\sqrt{3}\,a = 4r \quad \therefore \; a = \frac{4r}{\sqrt{3}}$$

bcc の充填率の導出

ステップ1:単位格子あたりの原子の総体積を求めます。原子を半径 $r$ の球とすると、2個分の体積は

$$V_{\text{atoms}} = 2 \times \frac{4}{3}\pi r^3 = \frac{8}{3}\pi r^3$$

ステップ2:単位格子の体積は $V_{\text{cell}} = a^3$ です。$a = \frac{4r}{\sqrt{3}}$ を代入すると

$$V_{\text{cell}} = \left(\frac{4r}{\sqrt{3}}\right)^3 = \frac{64r^3}{3\sqrt{3}}$$

ステップ3:充填率は両者の比です。

$$\eta_{\text{bcc}} = \frac{V_{\text{atoms}}}{V_{\text{cell}}} = \frac{\dfrac{8}{3}\pi r^3}{\dfrac{64r^3}{3\sqrt{3}}} = \frac{8\pi r^3}{3} \times \frac{3\sqrt{3}}{64r^3} = \frac{\sqrt{3}\,\pi}{8}$$

ステップ4:数値を計算します。

$$\eta_{\text{bcc}} = \frac{1.732 \times 3.1416}{8} = \frac{5.441}{8} = 0.6802 \approx 68.0\%$$

面心立方格子(fcc)の充填率

fcc では、立方体の各頂点と各面の中心に原子が配置されます。 単位格子あたりの原子数は、頂点 $8 \times \frac{1}{8} = 1$ 個、面心 $6 \times \frac{1}{2} = 3$ 個で、合計 $4$ 個です。

fcc の接触条件は bcc と異なります。面心の原子は、同じ面の頂点にある原子と接触しています。 面の対角線の長さは $\sqrt{2}\,a$ であり、この対角線上に半径 $r$ の原子4つ分の直径が並ぶので、次の関係が成り立ちます。

$$\sqrt{2}\,a = 4r \quad \therefore \; a = 2\sqrt{2}\,r$$

fcc の充填率の導出

ステップ1:単位格子あたり4個の原子の総体積は

$$V_{\text{atoms}} = 4 \times \frac{4}{3}\pi r^3 = \frac{16}{3}\pi r^3$$

ステップ2:単位格子の体積は $a = 2\sqrt{2}\,r$ を代入して

$$V_{\text{cell}} = (2\sqrt{2}\,r)^3 = 16\sqrt{2}\,r^3$$

ステップ3:充填率は

$$\eta_{\text{fcc}} = \frac{\dfrac{16}{3}\pi r^3}{16\sqrt{2}\,r^3} = \frac{\pi}{3\sqrt{2}}$$

ステップ4:数値を計算します。

$$\eta_{\text{fcc}} = \frac{3.1416}{3 \times 1.4142} = \frac{3.1416}{4.2426} = 0.7405 \approx 74.0\%$$

金属結晶の充填率(導出値)

$$\eta_{\text{bcc}} = \frac{\sqrt{3}\,\pi}{8} \approx 68.0\% \qquad \eta_{\text{fcc}} = \frac{\pi}{3\sqrt{2}} \approx 74.0\%$$

$\eta$:充填率(単位格子中の原子の体積が占める割合)。bcc は体対角線上で、fcc は面対角線上で原子が接触する。この接触条件の違いが、$a$ と $r$ の関係の違いを生み、充填率の差となって現れます。

fcc の 74.0% は、等しい大きさの球を三次元空間に詰めたときの理論的な最大充填率です(ケプラー予想として知られ、2005年に証明されました)。bcc はこれよりやや低い充填率になりますが、一部の金属(Fe, Cr, W など)は bcc を採用します。これは充填率だけでなく、電子構造やバンド構造も安定性に関与するためです。

配位数と充填率の関係

bcc の配位数は 8(体心の原子は8つの頂点原子と接触)、fcc の配位数は 12(各原子は12個の最近接原子と接触)です。 配位数が大きいほど、原子が密に詰まっているので充填率が高くなります。 これは直感的にも理解できます。周囲により多くの原子が接触しているということは、空間がより効率的に埋められているということです。

ここまでで、金属結晶の構造が「等しい大きさの球をどう詰めるか」という幾何学の問題に帰着することを確認しました。 金属結合には方向性がないので、充填効率だけが構造を決めます。 次のセクションでは、イオン結晶に目を向けます。イオン結晶では陽イオンと陰イオンの大きさが異なるため、「半径の比」が新たな決定要因になります。

4イオン結晶の構造 ─ 限界半径比と配位数

イオン結晶では、陽イオン(半径 $r_+$)と陰イオン(半径 $r_-$、通常 $r_- > r_+$)の2種類の球を空間に配列します。 静電引力を最大化するには、陽イオンの周りにできるだけ多くの陰イオンを配置したい。つまり配位数を大きくしたいのです。 しかし、陰イオン同士が重なってしまうほど多くは詰め込めません。 この「配位数をどこまで大きくできるか」を決めるのが、限界半径比 $r_+/r_-$ です。

限界半径比の考え方

ある配位数の構造が安定に存在するためには、中心の陽イオンが周囲の陰イオンに「ちょうど接触している」か「それより大きい」必要があります。 陽イオンが小さすぎると、周囲の陰イオン同士だけが接触して陽イオンが「がたつく」状態になり、その配位数は不安定になります。

限界半径比とは、中心の陽イオンが周囲のすべての陰イオンにちょうど接触する(かつ、陰イオン同士もちょうど接触する)ときの $r_+/r_-$ の値です。 この値は構造の幾何学だけで決まります。

配位数6(NaCl 型)の限界半径比の導出

NaCl 型構造では、1つの陽イオンの周りに6つの陰イオンが正八面体の頂点に配置されます。 隣り合う2つの陰イオンの中心と、中心にある陽イオンの中心を結ぶ角度は $90°$ です。

陰イオン同士がちょうど接触する極限を考えます。 隣り合う2つの陰イオンの中心間距離は $2r_-$ であり、それぞれの中心から陽イオンの中心までの距離は $r_+ + r_-$ です。 この3点は直角二等辺三角形を形成します(頂角 $90°$ が陽イオンの位置)。

配位数6の限界半径比の導出

ステップ1:直角二等辺三角形の底辺(陰イオン間距離 $2r_-$)と等辺(陽イオン-陰イオン間距離 $r_+ + r_-$)の関係は

$$2r_- = \sqrt{2}\,(r_+ + r_-)$$

これは、直角を挟む二辺の長さがともに $r_+ + r_-$ であり、斜辺が $2r_-$ であることから得られます(ただし実際は、陰イオン中心間が斜辺ではなく、$90°$ を挟む二辺が $r_+ + r_-$ で、その対辺が $2r_-$ となります)。正しくは、$90°$ の角を挟む二辺がともに $r_+ + r_-$ で、底辺が $\sqrt{2}(r_+ + r_-)$ です。陰イオン同士がちょうど接触するとき、底辺 $= 2r_-$ なので

$$2r_- = \sqrt{2}\,(r_+ + r_-)$$

ステップ2:$r_+/r_-$ について解きます。

$$2r_- = \sqrt{2}\,r_+ + \sqrt{2}\,r_-$$

$$(2 - \sqrt{2})\,r_- = \sqrt{2}\,r_+$$

$$\frac{r_+}{r_-} = \frac{2 - \sqrt{2}}{\sqrt{2}} = \frac{2}{\sqrt{2}} - 1 = \sqrt{2} - 1 \approx 0.414$$

配位数8(CsCl 型)の限界半径比の導出

CsCl 型構造では、1つの陽イオンの周りに8つの陰イオンが立方体の頂点に配置されます。 陽イオンは立方体の体心に位置し、体対角線に沿って頂点の陰イオンと接触します。

配位数8の限界半径比の導出

ステップ1:陰イオンが立方体の頂点に配置され、互いにちょうど接触しているとき、立方体の一辺の長さは $a = 2r_-$ です。

ステップ2:体対角線の長さは $\sqrt{3}\,a = 2\sqrt{3}\,r_-$ です。この体対角線上に、頂点の陰イオンの半径 $r_-$、中心の陽イオンの直径 $2r_+$、反対側の頂点の陰イオンの半径 $r_-$ が並ぶので

$$2\sqrt{3}\,r_- = 2r_- + 2r_+$$

ただし実際には、体対角線の半分について考えると $\sqrt{3}\,r_- = r_- + r_+$ ではなく、体対角線全体で $2(r_+ + r_-) = \sqrt{3} \times 2r_-$ となります。整理すると

$$r_+ + r_- = \sqrt{3}\,r_-$$

$$r_+ = (\sqrt{3} - 1)\,r_-$$

$$\frac{r_+}{r_-} = \sqrt{3} - 1 \approx 0.732$$

限界半径比(導出値)

$$\text{配位数 4(ZnS 型):} \quad \frac{r_+}{r_-} \geq \frac{\sqrt{6}}{2} - 1 \approx 0.225$$

$$\text{配位数 6(NaCl 型):} \quad \frac{r_+}{r_-} \geq \sqrt{2} - 1 \approx 0.414$$

$$\text{配位数 8(CsCl 型):} \quad \frac{r_+}{r_-} \geq \sqrt{3} - 1 \approx 0.732$$

$r_+$:陽イオンの半径、$r_-$:陰イオンの半径。$r_+/r_-$ が大きいほど高い配位数の構造が安定になります。各限界半径比は、陰イオン同士がちょうど接触する幾何学的条件から導かれます。

実際のイオン結晶がどの構造を採用するかは、$r_+/r_-$ が上記の限界値以上であるかどうかで予測できます。たとえば NaCl では $r_+/r_- = 0.98/1.81 = 0.54$ であり、$0.414$ 以上かつ $0.732$ 未満なので配位数6(NaCl 型)が安定です。CsCl では $r_+/r_- = 1.67/1.81 = 0.92$ であり、$0.732$ 以上なので配位数8(CsCl 型)が安定です。

具体例で確認する

化合物 $r_+$ (pm) $r_-$ (pm) $r_+/r_-$ 予測される構造 実際の構造
LiCl 76 181 0.42 NaCl 型($\geq 0.414$) NaCl 型
NaCl 102 181 0.56 NaCl 型 NaCl 型
KCl 138 181 0.76 CsCl 型($\geq 0.732$) NaCl 型
CsCl 167 181 0.92 CsCl 型 CsCl 型
ZnS 74 184 0.40 ZnS 型($0.225 \leq r_+/r_- < 0.414$) ZnS 型
限界半径比は「目安」であって「絶対法則」ではない

誤解:$r_+/r_-$ の値だけで結晶構造が完全に決まる。

正しい理解:上の表で KCl は $r_+/r_- = 0.76$($> 0.732$)なので CsCl 型と予測されますが、実際には NaCl 型を採用しています。限界半径比の議論は「純粋に幾何学的な安定性」に基づいており、共有結合性の混入や結合の方向性など、実際の化学結合の複雑さを考慮していません。多くのイオン結晶では良い予測を与えますが、例外もあります。

ここまでで、イオンの半径比が構造(配位数)を決めるメカニズムを理解しました。 次のセクションでは、こうして決まった構造が物性(特に融点)とどう結びつくかを、格子エネルギーを通じて確認します。

5格子エネルギーと物性 ─ 構造から融点を予測する

イオン結晶の融点は、格子を壊すのに必要なエネルギー、すなわち格子エネルギーの大きさで決まります。 格子エネルギーが大きいほど、イオン間の結合を切るのに多くのエネルギーが必要になるため、融点が高くなります。 格子エネルギーについては 📖 C-2-1 で詳しく扱っていますが、ここでは結晶構造との関連に焦点を当てます。

イオン結晶1 mol を気体状のイオンにばらばらにするのに必要なエネルギー(格子エネルギー $U$)は、次の式で見積もることができます。

格子エネルギーの概算式(導出値)

$$U \propto \frac{A \cdot |z_+| \cdot |z_-|}{r_+ + r_-}$$

$A$:マーデルング定数(結晶構造に固有の値)、$z_+, z_-$:イオンの電荷、$r_+ + r_-$:最近接イオン間距離。

この式は、結晶中のすべてのイオン対の間のクーロン相互作用を足し合わせた結果です。マーデルング定数 $A$ は、この無限の足し合わせの結果を一つの定数にまとめたもので、結晶構造の幾何学だけで決まります。NaCl 型では $A = 1.748$、CsCl 型では $A = 1.763$、ZnS 型では $A = 1.638$ です。配位数が大きい構造ほど、マーデルング定数も大きくなる傾向があります。

この式から、格子エネルギーを大きくする(=融点を高くする)要因が3つ読み取れます。

  1. イオンの電荷 $|z_+| \cdot |z_-|$ が大きい:MgO($2+ \times 2- = 4$)は NaCl($1+ \times 1- = 1$)の4倍のクーロン引力を持つ
  2. イオン間距離 $r_+ + r_-$ が小さい:イオンが小さいほど中心間距離が短く、引力が強い
  3. マーデルング定数 $A$ が大きい:配位数の大きい構造ほどわずかに有利(ただし、この差は小さい)

具体例で確認する

化合物 $|z_+| \cdot |z_-|$ $r_+ + r_-$ (pm) 格子エネルギー (kJ/mol) 融点 (${}^\circ$C)
NaF 1 235 923 993
NaCl 1 283 786 801
NaBr 1 298 747 747
NaI 1 323 704 661
MgO 4 210 3850 2852
CaO 4 240 3414 2614

NaF → NaCl → NaBr → NaI の順に、陰イオンの半径が大きくなり、$r_+ + r_-$ が増加します。 電荷は同じ($1 \times 1 = 1$)なので、イオン間距離の増大に伴って格子エネルギーが減少し、融点も下がります。 一方、MgO は NaCl と同じ NaCl 型構造ですが、電荷の積が4倍($2 \times 2 = 4$)でイオン間距離も短いため、格子エネルギーは NaCl の約5倍に達し、融点は $2852 \; {}^\circ$C と極めて高くなります。

因果の連鎖の全体像

ここまでの議論をまとめると、結晶の物性を理解するための因果関係が見えてきます。

結合の種類(金属結合かイオン結合か)→ イオン半径の比 $r_+/r_-$配位数と結晶構造格子エネルギー $U \propto A|z_+||z_-|/(r_+ + r_-)$融点・硬度

高校で暗記していた「NaCl の融点は 801${}^\circ$C」「MgO の融点は 2852${}^\circ$C」という事実が、イオンの電荷と大きさから定量的に説明できます。

4種類の結晶と結合エネルギーの序列

結晶の4分類は、実は結合エネルギーの序列で整理できます。 共有結合の結晶(ダイヤモンド、SiC など)は共有結合で結晶全体が結ばれており、結合エネルギーが最も大きい(数百 kJ/mol)ため、融点が最も高くなります。 イオン結晶はクーロン引力で結ばれ、結合エネルギーは数百〜数千 kJ/mol です。 金属結晶は金属結合(自由電子を介した結合)で、エネルギーは金属の種類によって大きく異なります(Na: 108 kJ/mol、W: 860 kJ/mol)。 分子結晶は分子間力(数〜数十 kJ/mol)で結ばれるため、融点が最も低くなります。

つまり、「なぜ分子結晶は融点が低いのか」という問いに対する答えは、「分子間力の結合エネルギーが共有結合やイオン結合に比べて桁違いに小さいから」です。 結合エネルギーの大きさが物性を決める、という原則はすべての結晶に共通しています。

ここまでで、結合の種類から構造を経て物性に至る因果の連鎖を確認しました。 次のセクションでは、この知識を使って具体的な計算問題を解き、「構造の情報から密度を求める」「実測密度から構造を推定する」という応用を行います。

6応用 ─ 結晶の密度と構造の決定

密度の計算式

結晶の密度は、単位格子の質量を単位格子の体積で割ることで求められます。 単位格子に含まれる原子(またはイオン対)の数を $Z$、構成粒子のモル質量を $M$、アボガドロ定数を $N_{\text{A}}$、単位格子の一辺の長さを $a$ とすると、密度 $\rho$ は次の通りです。

結晶の密度(定義)

$$\rho = \frac{ZM}{N_{\text{A}} a^3}$$

$\rho$:密度(kg/m${}^3$ または g/cm${}^3$)、$Z$:単位格子あたりの粒子数(式単位の数)、$M$:式単位のモル質量(kg/mol または g/mol)、$N_{\text{A}} = 6.022 \times 10^{23} \; \text{mol}^{-1}$、$a$:格子定数(m または cm)

この式は「密度 = 質量 / 体積」の定義を単位格子に適用したものです。分子の数 $Z$ 個分の質量が $ZM/N_{\text{A}}$ であり、体積が $a^3$ なので、密度は $ZM/(N_{\text{A}} a^3)$ となります。

計算例1:銅(fcc)の密度

銅は fcc 構造をとり、格子定数 $a = 361.5 \; \text{pm} = 3.615 \times 10^{-8} \; \text{cm}$ です。 fcc の単位格子あたりの原子数は $Z = 4$、銅の原子量は $M = 63.55 \; \text{g/mol}$ です。

$$\rho = \frac{4 \times 63.55}{6.022 \times 10^{23} \times (3.615 \times 10^{-8})^3}$$

$$= \frac{254.2}{6.022 \times 10^{23} \times 4.726 \times 10^{-23}} = \frac{254.2}{28.46} = 8.93 \; \text{g/cm}^3$$

実測値は $8.96 \; \text{g/cm}^3$ であり、非常によく一致します。

計算例2:NaCl の密度

NaCl は NaCl 型構造をとります。NaCl 型の単位格子は fcc を基本としており、 $\text{Na}^+$ と $\text{Cl}^-$ がそれぞれ fcc の格子点を占めます。 単位格子あたりの NaCl の式単位数は $Z = 4$ です。 格子定数 $a = 564 \; \text{pm} = 5.64 \times 10^{-8} \; \text{cm}$、NaCl の式量 $M = 58.44 \; \text{g/mol}$ です。

$$\rho = \frac{4 \times 58.44}{6.022 \times 10^{23} \times (5.64 \times 10^{-8})^3}$$

$$= \frac{233.8}{6.022 \times 10^{23} \times 1.795 \times 10^{-22}} = \frac{233.8}{108.1} = 2.16 \; \text{g/cm}^3$$

実測値は $2.17 \; \text{g/cm}^3$ であり、こちらもよく一致します。

逆問題:密度から構造を推定する

密度の式 $\rho = ZM/(N_{\text{A}} a^3)$ は、$Z$ について解くこともできます。 結晶の密度 $\rho$ と格子定数 $a$ が実測で得られれば、$Z$ を計算して結晶構造を推定できます。

$$Z = \frac{\rho \, N_{\text{A}} \, a^3}{M}$$

たとえば、ある金属の密度が $\rho = 7.87 \; \text{g/cm}^3$、原子量が $M = 55.85 \; \text{g/mol}$、 格子定数が $a = 286.6 \; \text{pm} = 2.866 \times 10^{-8} \; \text{cm}$ であるとき、

$$Z = \frac{7.87 \times 6.022 \times 10^{23} \times (2.866 \times 10^{-8})^3}{55.85} = \frac{7.87 \times 6.022 \times 10^{23} \times 2.355 \times 10^{-23}}{55.85} = \frac{111.5}{55.85} = 2.00$$

$Z = 2$ なので、この金属は bcc 構造です。実際、この数値は室温の鉄($\alpha$-Fe)に対応しています。

7つながりマップ

まとめ
  • 金属結晶の充填率は、原子の接触条件(bcc: 体対角線、fcc: 面対角線)から幾何学的に導出できます。 bcc は $\sqrt{3}\pi/8 \approx 68.0\%$、fcc は $\pi/(3\sqrt{2}) \approx 74.0\%$ です。
  • イオン結晶の構造は、陽イオンと陰イオンの半径比 $r_+/r_-$ で予測できます。 限界半径比(配位数6: $\sqrt{2}-1 \approx 0.414$、配位数8: $\sqrt{3}-1 \approx 0.732$)は、 陰イオン同士がちょうど接触する幾何学的条件から導かれます。
  • 格子エネルギー $U \propto A|z_+||z_-|/(r_+ + r_-)$ が大きいほど融点が高くなります。 イオンの電荷が大きく、イオン間距離が短い結晶ほど、格子エネルギーが大きくなります。
  • 結晶の密度は $\rho = ZM/(N_{\text{A}} a^3)$ で計算でき、逆にこの式から $Z$ を求めて結晶構造を推定することもできます。
  • 結合の種類 → 構造(配位数・充填率)→ 物性(融点・密度)という因果の連鎖で、結晶の性質を暗記ではなく導出できます。

9確認テスト

理解度チェック

Q1. fcc の充填率 $\pi/(3\sqrt{2}) \approx 74\%$ を導出する際、「面対角線上で原子が接触する」という条件から $a$ と $r$ の関係はどうなりますか。

クリックして解答を表示 面対角線の長さ $\sqrt{2}\,a$ 上に、原子が4つ分の半径($4r$)並ぶので、$\sqrt{2}\,a = 4r$、すなわち $a = 2\sqrt{2}\,r$ です。

Q2. 限界半径比の議論で、$r_+/r_- < 0.414$ のとき NaCl 型構造が不安定になる理由を説明してください。

クリックして解答を表示 陽イオンが小さすぎると、周囲6個の陰イオン同士が先に接触してしまい、陽イオンが陰イオンに接触できなくなります。陽イオンが「がたつく」状態になり、安定な配位が維持できません。このため、より配位数の小さい構造(ZnS 型など)に移行します。

Q3. NaCl(融点 801${}^\circ$C)と MgO(融点 2852${}^\circ$C)はどちらも NaCl 型構造をとります。MgO の融点が NaCl よりはるかに高い理由を、格子エネルギーの式を用いて説明してください。

クリックして解答を表示 格子エネルギーは $U \propto A|z_+||z_-|/(r_+ + r_-)$ で見積もれます。同じ NaCl 型構造なのでマーデルング定数 $A$ は同じです。NaCl は $|z_+||z_-| = 1$、$r_+ + r_- = 283$ pm ですが、MgO は $|z_+||z_-| = 4$、$r_+ + r_- = 210$ pm です。電荷の積が4倍でイオン間距離も短いため、格子エネルギーが大幅に大きくなり、融点がはるかに高くなります。

Q4. ある金属の密度が実測で得られ、$\rho = ZM/(N_{\text{A}} a^3)$ に代入して $Z = 4$ と求められました。この金属の結晶構造として最も可能性が高いものは何ですか。

クリックして解答を表示 面心立方格子(fcc)です。fcc の単位格子には頂点 $8 \times 1/8 = 1$ 個と面心 $6 \times 1/2 = 3$ 個で、合計4個の原子が含まれます。bcc は $Z = 2$、単純立方は $Z = 1$ なので、$Z = 4$ は fcc に対応します。

10演習問題

問1 A 基本

体心立方格子(bcc)について、以下の問いに答えてください。

(a) 単位格子あたりの原子数を求めてください。

(b) 体対角線上での原子の接触条件から、格子定数 $a$ と原子半径 $r$ の関係を導いてください。

(c) 配位数を答えてください。

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解答

(a) 頂点 $8 \times 1/8 = 1$ 個 + 体心 $1$ 個 = 合計 $2$ 個。

(b) 体対角線の長さは $\sqrt{3}\,a$ であり、この上に頂点原子の半径 $r$、体心原子の直径 $2r$、反対側の頂点原子の半径 $r$ が並ぶので、$\sqrt{3}\,a = 4r$、すなわち $a = 4r/\sqrt{3}$ です。

(c) 配位数は 8 です。体心の原子は立方体の8つの頂点にある原子と接触しています。

問2 B 計算

アルミニウム(原子量 27.0)は fcc 構造をとり、格子定数は $a = 405 \; \text{pm}$ です。 アルミニウムの密度を計算し、実測値 $2.70 \; \text{g/cm}^3$ と比較してください。 $N_{\text{A}} = 6.022 \times 10^{23} \; \text{mol}^{-1}$ とします。

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解答

fcc なので $Z = 4$ です。$a = 405 \; \text{pm} = 4.05 \times 10^{-8} \; \text{cm}$ です。

$$\rho = \frac{ZM}{N_{\text{A}} a^3} = \frac{4 \times 27.0}{6.022 \times 10^{23} \times (4.05 \times 10^{-8})^3}$$

$$= \frac{108.0}{6.022 \times 10^{23} \times 6.643 \times 10^{-23}} = \frac{108.0}{39.99} = 2.70 \; \text{g/cm}^3$$

実測値 $2.70 \; \text{g/cm}^3$ と一致します。

解説

格子定数 $a$ を cm 単位に変換する際、$1 \; \text{pm} = 10^{-10} \; \text{cm}$ を使います。$a^3$ の計算では $(4.05)^3 = 66.43$ であり、$(10^{-8})^3 = 10^{-24}$ なので、$a^3 = 6.643 \times 10^{-23} \; \text{cm}^3$ となります。

問3 B 計算

KBr の $r_+/r_-$ を求め、限界半径比に基づいて予測される結晶構造を答えてください。 イオン半径は $\text{K}^+ = 138 \; \text{pm}$、$\text{Br}^- = 196 \; \text{pm}$ とします。 また、実際の結晶構造は NaCl 型ですが、予測と一致するかどうか確認してください。

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解答

$$\frac{r_+}{r_-} = \frac{138}{196} = 0.704$$

$0.414 \leq 0.704 < 0.732$ なので、限界半径比に基づく予測は NaCl 型(配位数6)です。実際の結晶構造も NaCl 型であり、予測と一致します。

解説

$r_+/r_- = 0.704$ は CsCl 型の限界半径比 $0.732$ にかなり近い値です。しかし、CsCl 型を安定に維持するにはわずかに足りず、NaCl 型構造を採用しています。限界半径比の近くでは予測の信頼性が下がることがあります。

問4 C 論述 + 計算

以下の3つのイオン結晶を、融点の高い順に並べ、その理由を格子エネルギーの式を用いて説明してください。

LiF($r_+ = 76 \; \text{pm}$、$r_- = 133 \; \text{pm}$、1価)

NaCl($r_+ = 102 \; \text{pm}$、$r_- = 181 \; \text{pm}$、1価)

MgO($r_+ = 72 \; \text{pm}$、$r_- = 140 \; \text{pm}$、2価)

3つとも NaCl 型構造をとるとします。

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解答

融点の高い順:MgO > LiF > NaCl

格子エネルギーは $U \propto A|z_+||z_-|/(r_+ + r_-)$ で見積もれます。3つとも NaCl 型なのでマーデルング定数 $A$ は同じです。

各化合物について $|z_+||z_-|/(r_+ + r_-)$ を計算します。

$$\text{MgO: } \frac{2 \times 2}{72 + 140} = \frac{4}{212} = 0.0189 \; \text{pm}^{-1}$$

$$\text{LiF: } \frac{1 \times 1}{76 + 133} = \frac{1}{209} = 0.00478 \; \text{pm}^{-1}$$

$$\text{NaCl: } \frac{1 \times 1}{102 + 181} = \frac{1}{283} = 0.00353 \; \text{pm}^{-1}$$

MgO は LiF の約4.0倍、LiF は NaCl の約1.4倍の格子エネルギーを持つと見積もれます。格子エネルギーが大きいほど融点が高いので、MgO > LiF > NaCl の順になります。

実測の融点:MgO 2852${}^\circ$C、LiF 845${}^\circ$C、NaCl 801${}^\circ$C であり、予測と一致します。

解説

MgO が圧倒的に高い融点を持つ最大の要因は、イオンの電荷が2倍であることです。電荷の積は $2 \times 2 = 4$ で、1価のイオン結晶の4倍になります。さらに、$\text{Mg}^{2+}$ と $\text{O}^{2-}$ はともに小さいイオンなので、$r_+ + r_-$ も小さく、格子エネルギーがさらに大きくなります。LiF と NaCl の差は電荷の積が同じ(ともに1)なので、イオン間距離の差によるものです。$\text{Li}^+$ と $\text{F}^-$ はそれぞれ $\text{Na}^+$ と $\text{Cl}^-$ より小さいため、LiF の方が格子エネルギーが大きく、融点がやや高くなります。