高校化学では、酸と塩基の定義をアレニウスからブレンステッドへと拡張し、$\text{H}^+$ のやりとりで酸塩基反応を理解します。
この枠組みで中和反応や緩衝液の計算を行い、大学入試にも十分対応できます。
大学化学では、さらにもう一段の拡張を行います。
G. N. ルイスが1923年に提案した定義では、酸塩基を電子対の授受で捉えます。
電子対を与える側がルイス塩基、受け取る側がルイス酸です。
この視点に立つと、$\text{H}^+$ のやりとりはルイスの定義の特殊ケースにすぎず、
高校で学ぶ錯イオンの形成や配位結合も「ルイス酸塩基反応」として統一的に理解できます。
さらに、有機化学で登場する求核剤・求電子剤もそのままルイス塩基・ルイス酸に対応し、
無機化学と有機化学をつなぐ共通言語になります。
高校化学では、酸と塩基の定義を2段階で学びます。
まずアレニウスの定義では、水溶液中で $\text{H}^+$ を生じる物質が酸、$\text{OH}^-$ を生じる物質が塩基です。 塩酸 $\text{HCl}$ は水に溶けて $\text{H}^+$ を放出するので酸、水酸化ナトリウム $\text{NaOH}$ は $\text{OH}^-$ を放出するので塩基、という具合です。
次にブレンステッド・ローリーの定義(以下、ブレンステッドの定義)では、$\text{H}^+$(プロトン)を与える物質が酸、受け取る物質が塩基です。 この定義の利点は、水溶液に限定されないことです。 たとえば、気相で $\text{HCl}$ と $\text{NH}_3$ が反応して $\text{NH}_4\text{Cl}$ を生じる反応では、$\text{HCl}$ が $\text{H}^+$ を $\text{NH}_3$ に渡しています。 アレニウスの定義では $\text{NH}_3$ を「塩基」と呼ぶ根拠がありませんでしたが、ブレンステッドの定義なら $\text{NH}_3$ はプロトンを受け取るので塩基です。
高校では、このブレンステッドの定義を使って酸塩基反応を理解し、電離定数 $K_a$・$K_b$ を用いた pH 計算や、中和滴定の問題を解きます。 この枠組みは非常に強力であり、高校で扱う酸塩基反応はすべてブレンステッドの定義で十分に記述できます。
しかし、この定義には一つの制約があります。 ブレンステッドの定義はあくまで$\text{H}^+$ のやりとりに基づいているため、$\text{H}^+$ が関与しない反応は「酸塩基反応」として扱えません。 次のセクションでは、この制約を超える定義を導入します。
高校で学ぶ錯イオンの形成反応を思い出してください。 たとえば、銅(II)イオン $\text{Cu}^{2+}$ にアンモニア $\text{NH}_3$ が4つ配位して、テトラアンミン銅(II)イオン $[\text{Cu}(\text{NH}_3)_4]^{2+}$ が生じます。
$$\text{Cu}^{2+} + 4\text{NH}_3 \longrightarrow [\text{Cu}(\text{NH}_3)_4]^{2+}$$
この反応では $\text{H}^+$ は一切登場しません。 ブレンステッドの定義では、これは酸塩基反応ではありません。 しかし、よく見ると、$\text{NH}_3$ が $\text{Cu}^{2+}$ に非共有電子対(孤立電子対)を提供して配位結合を形成しています。 つまり、電子対を与える側($\text{NH}_3$)と電子対を受け取る側($\text{Cu}^{2+}$)がいます。
ルイスの定義では、電子対を与える $\text{NH}_3$ を塩基、電子対を受け取る $\text{Cu}^{2+}$ を酸と呼びます。 こうすると、錯イオンの形成も「酸塩基反応」の一種として扱えるようになります。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. ルイス酸(電子対受容体)とルイス塩基(電子対供与体)の定義を説明できる
2. ブレンステッドの酸塩基がルイスの定義の特殊ケースであることを示せる
3. 錯イオンの形成をルイス酸塩基反応として記述できる
4. $\text{BF}_3$, $\text{AlCl}_3$ など、$\text{H}^+$ を持たない物質がなぜ「酸」と呼べるかを説明できる
5. 有機化学における求核剤・求電子剤をルイス塩基・ルイス酸として位置づけられる
では、ルイスの定義を正確に導入し、その後にブレンステッドの定義との関係を確認します。
ルイスの酸塩基は、1923年にアメリカの化学者 G. N. ルイスが提案した定義です。 ブレンステッドの定義(同じ1923年に独立に提案)が $\text{H}^+$ の授受に着目するのに対し、ルイスの定義は電子対の授受に着目します。
ルイス塩基:反応相手に電子対を供与する物質(電子対供与体、electron pair donor)
ルイス酸:反応相手から電子対を受容する物質(電子対受容体、electron pair acceptor)
これは人間が決めた定義(規約)です。ルイスは、酸塩基反応の本質が $\text{H}^+$ のやりとりではなく「電子対の授受」にあると考え、この定義を提案しました。
この定義の要点は、酸塩基を判断する基準が $\text{H}^+$ から電子対に変わったことです。 電子対を「あげる」側が塩基、「もらう」側が酸です。
ルイス酸は電子対を受け取る物質です。 電子対を受け取るためには、その電子対を収容できる空の軌道(電子が入っていない軌道)が必要です。 典型的なルイス酸には次のようなものがあります。
ルイス塩基は電子対を与える物質です。 電子対を提供するためには、非共有電子対(孤立電子対)を持っている必要があります。 典型的なルイス塩基には次のようなものがあります。
ルイス酸塩基反応では、ルイス塩基の非共有電子対がルイス酸の空軌道に入り込むことで、新しい共有結合(配位結合)が形成されます。 高校で学んだ「配位結合」は、まさにこのルイス酸塩基反応の結果として生じる結合です。
高校では、配位結合を「一方の原子だけが電子対を提供する共有結合」と学びます。ルイスの定義を使うと、この記述はより明確になります。
ルイス塩基(電子対を持つ側)がルイス酸(空の軌道を持つ側)に電子対を供与し、その結果として配位結合が形成される ── これがルイス酸塩基反応です。
配位結合の形成は、ルイス酸塩基反応の「結果」であって「原因」ではありません。原因は電子対の授受です。
ここまでで、ルイス酸・ルイス塩基の定義と、それぞれが電子対を受容・供与できる理由を確認しました。 次のセクションでは、高校で学んだブレンステッドの定義がルイスの定義の特殊ケースであることを示します。
セクション3でルイスの定義を導入しました。 ここでは、ブレンステッドの酸塩基がルイスの定義にどう対応するかを具体的な反応で確認します。
ブレンステッドの定義では、$\text{HCl}$ は $\text{H}^+$ を放出するので酸、$\text{NH}_3$ は $\text{H}^+$ を受け取るので塩基です。
$$\text{HCl} + \text{NH}_3 \longrightarrow \text{NH}_4^+ + \text{Cl}^-$$
この反応をルイスの視点で見直します。 $\text{NH}_3$ の窒素上には非共有電子対があります。 一方、$\text{HCl}$ から放出される $\text{H}^+$ は空の 1s 軌道を持っています。 反応の実質は、$\text{NH}_3$ の非共有電子対が $\text{H}^+$ の空軌道に入り込んで、$\text{N-H}$ の配位結合を形成することです。
つまり、ブレンステッドの酸塩基反応とは、$\text{H}^+$ がルイス酸として働く特殊なケースのルイス酸塩基反応です。
水の自己プロトリシス(自己電離)も同様に見ることができます。
$$\text{H}_2\text{O} + \text{H}_2\text{O} \rightleftharpoons \text{H}_3\text{O}^+ + \text{OH}^-$$
ブレンステッドの定義では、$\text{H}^+$ を与える $\text{H}_2\text{O}$ が酸、受け取る $\text{H}_2\text{O}$ が塩基です。 ルイスの視点では、塩基として働く $\text{H}_2\text{O}$ が酸素上の非共有電子対を $\text{H}^+$ に供与して $\text{O-H}$ 配位結合を形成しています。 やはり $\text{H}^+$ がルイス酸として機能しています。
ステップ1:ブレンステッド酸は $\text{H}^+$ を放出する物質です。放出された $\text{H}^+$ は空の 1s 軌道を持ちます。
ステップ2:ブレンステッド塩基は $\text{H}^+$ を受け取る物質です。$\text{H}^+$ を受け取るためには、$\text{H}^+$ と結合する必要があります。つまり、非共有電子対を $\text{H}^+$ に供与して新しい結合を形成します。
ステップ3:したがって、ブレンステッド塩基は常にルイス塩基(電子対供与体)であり、$\text{H}^+$ は常にルイス酸(電子対受容体)です。
結論:ブレンステッドの酸塩基反応は、ルイス酸が $\text{H}^+$ に限定されたルイス酸塩基反応です。ルイスの定義はこの制約を外し、$\text{H}^+$ 以外の電子対受容体も「酸」として扱えるようにした拡張です。
3つの酸塩基定義の包含関係を表にまとめます。
| 定義 | 酸の条件 | 塩基の条件 | 適用範囲 |
|---|---|---|---|
| アレニウス | 水溶液中で $\text{H}^+$ を生じる | 水溶液中で $\text{OH}^-$ を生じる | 水溶液のみ |
| ブレンステッド | $\text{H}^+$ を与える | $\text{H}^+$ を受け取る | $\text{H}^+$ が関与する反応 |
| ルイス | 電子対を受容する | 電子対を供与する | 電子対の授受があるすべての反応 |
アレニウスの定義はブレンステッドの特殊ケース(水溶液限定)であり、ブレンステッドの定義はルイスの特殊ケース($\text{H}^+$ 限定)です。 つまり、アレニウス $\subset$ ブレンステッド $\subset$ ルイス という包含関係が成り立ちます。
よくある混乱:ブレンステッドの定義では「酸は $\text{H}^+$ を与える」。ルイスの定義では「酸は電子対を受け取る」。「与える」と「受け取る」が逆転しているように見え、混乱しやすい。
整理:ブレンステッドの酸は $\text{H}^+$(正電荷を持つ粒子)を与えます。一方、ルイスの酸は電子対(負電荷を持つもの)を受け取ります。正電荷を与えることと負電荷を受け取ることは、電子の流れで見れば同じ方向です。混乱したときは「ルイス酸 = 電子対を受け取る側 = 空の軌道を持つ側」と覚えてください。
ここまでで、ブレンステッドの定義がルイスの定義の特殊ケースであることを確認しました。 では、ルイスの定義でなければ扱えない反応、つまり $\text{H}^+$ が関与しない酸塩基反応にはどのようなものがあるでしょうか。 次のセクションで具体例を見ていきます。
セクション4で、ブレンステッドの定義は $\text{H}^+$ のやりとりに限定されたルイスの特殊ケースであることを確認しました。 ここでは、$\text{H}^+$ が関与しないためブレンステッドの枠組みでは扱えないが、ルイスの定義なら「酸塩基反応」として統一的に扱える反応を3つ取り上げます。
高校化学で学ぶ錯イオンの形成は、ルイス酸塩基反応の代表例です。
$$\text{Ag}^+ + 2\text{NH}_3 \longrightarrow [\text{Ag}(\text{NH}_3)_2]^+$$
銀イオン $\text{Ag}^+$ は空の軌道を持ち、$\text{NH}_3$ の窒素上の非共有電子対を受け入れます。
高校で「配位子」と呼んでいるものは、ルイスの用語ではルイス塩基にほかなりません。 配位子が金属イオンに配位結合するとは、ルイス塩基がルイス酸に電子対を供与するという意味です。
同様に、テトラアンミン銅(II)イオンの形成もルイス酸塩基反応です。
$$\text{Cu}^{2+} + 4\text{NH}_3 \longrightarrow [\text{Cu}(\text{NH}_3)_4]^{2+}$$
$\text{Cu}^{2+}$(ルイス酸)が4つの $\text{NH}_3$(ルイス塩基)から電子対を受容し、4つの配位結合が形成されます。 高校では $\text{NH}_3$ 以外に $\text{H}_2\text{O}$, $\text{CN}^-$, $\text{Cl}^-$, $\text{OH}^-$ などの配位子を学びますが、これらはすべて非共有電子対を持つルイス塩基です。
三フッ化ホウ素 $\text{BF}_3$ は、高校化学ではあまり扱わない物質ですが、ルイス酸の典型例として大学化学で頻繁に登場します。
$$\text{BF}_3 + \text{NH}_3 \longrightarrow \text{F}_3\text{B-NH}_3$$
ホウ素 B は原子番号5で、価電子は3個です。 $\text{BF}_3$ では3つの $\text{B-F}$ 結合にすべての価電子を使っており、ホウ素の周りの電子は6個(3組の共有電子対)にしかなりません。 オクテット則(8個)を満たしておらず、ホウ素にはまだ電子対を受け入れられる空の p 軌道が残っています。
この空軌道に、$\text{NH}_3$ の窒素上の非共有電子対が入り込みます。 その結果、$\text{B-N}$ の配位結合が形成され、ホウ素の周りの電子が8個になってオクテットが完成します。
$\text{BF}_3$ は $\text{H}^+$ を持たず、水溶液中で $\text{H}^+$ を放出するわけでもありません。 しかし、ルイスの定義では「電子対を受容する」という理由で明確に「酸」に分類されます。 同様に $\text{AlCl}_3$(塩化アルミニウム)も空の軌道を持つルイス酸であり、有機化学ではフリーデル・クラフツ反応の触媒として重要な役割を果たします。
有機化学では、反応を「求核剤」と「求電子剤」の観点で分類します。 この2つの概念は、ルイスの酸塩基とそのまま対応します。
| 有機化学の用語 | ルイスの用語 | 電子対の役割 | 例 |
|---|---|---|---|
| 求核剤(nucleophile) | ルイス塩基 | 電子対を供与する | $\text{OH}^-$, $\text{CN}^-$, $\text{NH}_3$, $\text{H}_2\text{O}$ |
| 求電子剤(electrophile) | ルイス酸 | 電子対を受容する | $\text{H}^+$, $\text{BF}_3$, $\text{AlCl}_3$, カルボカチオン |
「求核」とは「核(正電荷)を求める」、つまり電子豊富な種が正電荷に向かっていくことを意味します。 電子対を持っていて、それを相手に供与する ── これはルイス塩基の定義そのものです。
「求電子」とは「電子を求める」、つまり電子不足な種が電子対に向かっていくことを意味します。 電子対を受け取る空の軌道を持つ ── これはルイス酸の定義そのものです。
たとえば、有機化学で学ぶ求核置換反応では、$\text{OH}^-$(ルイス塩基 = 求核剤)が炭素原子上の電子不足な部位(ルイス酸 = 求電子部位)に電子対を供与して新しい $\text{C-O}$ 結合を形成します。 これはルイス酸塩基反応にほかなりません。
ルイスの定義は非常に広い範囲の反応を「酸塩基」として統一しますが、「どのルイス酸とどのルイス塩基が反応しやすいか」という選択性については語りません。 この疑問に答える経験則として、ピアソンが1963年に提案したHSAB則(Hard and Soft Acids and Bases)があります。
HSAB則では、ルイス酸・ルイス塩基をそれぞれ「硬い」(hard)と「軟らかい」(soft)に分類します。 硬い酸(例:$\text{H}^+$, $\text{Li}^+$, $\text{Al}^{3+}$, $\text{BF}_3$)は小さくて正電荷が大きく、硬い塩基(例:$\text{F}^-$, $\text{OH}^-$, $\text{NH}_3$)は電気陰性度が高く分極しにくい。 軟らかい酸(例:$\text{Ag}^+$, $\text{Cu}^+$, $\text{Pt}^{2+}$)は大きくて正電荷が小さく、軟らかい塩基(例:$\text{I}^-$, $\text{CN}^-$, $\text{CO}$)は分極しやすい。
「硬い酸は硬い塩基と、軟らかい酸は軟らかい塩基と、安定な組み合わせを作りやすい」というのがHSAB則です。 たとえば、$\text{Ag}^+$(軟らかい酸)は $\text{I}^-$(軟らかい塩基)と安定な $\text{AgI}$ を作りますが、$\text{F}^-$(硬い塩基)との結合は弱い。 この経験則は、金属錯体の安定性や有機反応の選択性を定性的に理解するのに役立ちます。
ここまでで、ルイスの定義がブレンステッドの枠組みでは扱えない3種類の反応(錯イオン形成、$\text{BF}_3$ 型の反応、有機化学の求核・求電子反応)を統一的に記述できることを確認しました。 次のセクションでは、これらの知識を使って、さまざまな反応をルイスの視点で分類する練習を行います。
セクション3〜5で学んだルイスの定義を使って、さまざまな反応をルイス酸・ルイス塩基の観点で分析します。 それぞれの反応について、「どの物質が電子対を供与し(ルイス塩基)、どの物質が電子対を受容するか(ルイス酸)」を特定します。
| 反応 | ルイス酸 | ルイス塩基 | 形成される結合 |
|---|---|---|---|
| $\text{H}^+ + \text{OH}^- \to \text{H}_2\text{O}$ | $\text{H}^+$(空の 1s 軌道) | $\text{OH}^-$(O 上の非共有電子対) | $\text{O-H}$ 結合 |
| $\text{Fe}^{3+} + 6\text{CN}^- \to [\text{Fe}(\text{CN})_6]^{3-}$ | $\text{Fe}^{3+}$(空の d 軌道) | $\text{CN}^-$(C 上の非共有電子対) | $\text{Fe-C}$ 配位結合 |
| $\text{BF}_3 + \text{F}^- \to \text{BF}_4^-$ | $\text{BF}_3$(B の空の p 軌道) | $\text{F}^-$(F 上の非共有電子対) | $\text{B-F}$ 配位結合 |
| $\text{AlCl}_3 + \text{Cl}^- \to \text{AlCl}_4^-$ | $\text{AlCl}_3$(Al の空の軌道) | $\text{Cl}^-$(Cl 上の非共有電子対) | $\text{Al-Cl}$ 配位結合 |
| $\text{Zn}^{2+} + 4\text{OH}^- \to [\text{Zn}(\text{OH})_4]^{2-}$ | $\text{Zn}^{2+}$(空の軌道) | $\text{OH}^-$(O 上の非共有電子対) | $\text{Zn-O}$ 配位結合 |
この反応を詳しく見てみます。 $\text{BF}_3$ のホウ素は3つの $\text{B-F}$ 結合を持ち、周りの電子は6個です。 空の p 軌道に $\text{F}^-$ の非共有電子対が入り、4つ目の $\text{B-F}$ 結合が形成されます。 生成物 $\text{BF}_4^-$ ではホウ素の周りの電子が8個になり、オクテットが満たされます。
$\text{BF}_4^-$ の形は正四面体形です。 4つの $\text{B-F}$ 結合はすべて等価であり、配位結合で形成された結合とそれ以外の結合を区別することはできません。 これは、一度結合が形成されてしまえば、その結合が「どちらの原子から電子対が来たか」は関係なくなるためです。
高校で学ぶ両性金属(Al, Zn, Sn, Pb)が塩基に溶ける反応も、ルイス酸塩基反応として理解できます。 たとえば、亜鉛が水酸化ナトリウム水溶液に溶ける反応の正味のイオン反応式は次の通りです。
$$\text{Zn}^{2+} + 4\text{OH}^- \longrightarrow [\text{Zn}(\text{OH})_4]^{2-}$$
$\text{Zn}^{2+}$(ルイス酸)が $\text{OH}^-$(ルイス塩基)から電子対を受容し、テトラヒドロキシド亜鉛(II)酸イオンが形成されます。 高校では「両性金属は酸にも塩基にも溶ける」と学びますが、塩基に溶ける側の反応は、金属イオンが $\text{OH}^-$ をルイス塩基(配位子)として受け入れる錯体形成反応です。
誤解:ルイスの定義を学ぶと、高校の酸塩基とは無関係な新しい体系を一から覚え直す必要があるように感じる。
正しい理解:ルイスの定義は、高校で学んだブレンステッドの定義を含む拡張です。ブレンステッドの酸塩基反応はすべてルイスの酸塩基反応でもあります。新しいのは「$\text{H}^+$ が関与しない反応も酸塩基反応として扱える」という部分だけです。高校の知識を否定するものではなく、高校の知識を土台にしてさらに広い視野を得るものです。
Q1. ルイス酸の定義を述べ、ルイス酸が電子対を受容できるために必要な条件を1つ挙げてください。
Q2. ブレンステッドの酸塩基反応がルイスの酸塩基反応の特殊ケースである理由を説明してください。
Q3. $\text{Fe}^{3+} + 6\text{CN}^- \to [\text{Fe}(\text{CN})_6]^{3-}$ の反応で、ルイス酸とルイス塩基をそれぞれ特定し、その理由を述べてください。
Q4. 有機化学の「求核剤」はルイスの用語では何に対応しますか。その対応関係が成り立つ理由も説明してください。
次の(1)〜(3)の各反応について、ルイス酸とルイス塩基をそれぞれ特定してください。
(1) $\text{H}^+ + \text{H}_2\text{O} \to \text{H}_3\text{O}^+$
(2) $\text{Ag}^+ + 2\text{NH}_3 \to [\text{Ag}(\text{NH}_3)_2]^+$
(3) $\text{AlCl}_3 + \text{Cl}^- \to \text{AlCl}_4^-$
(1) ルイス酸:$\text{H}^+$(空の 1s 軌道を持ち、電子対を受容)、ルイス塩基:$\text{H}_2\text{O}$(酸素上の非共有電子対を供与)
(2) ルイス酸:$\text{Ag}^+$(空の軌道を持ち、電子対を受容)、ルイス塩基:$\text{NH}_3$(窒素上の非共有電子対を供与)
(3) ルイス酸:$\text{AlCl}_3$(アルミニウムの空の軌道に電子対を受容)、ルイス塩基:$\text{Cl}^-$(塩素上の非共有電子対を供与)
$\text{BF}_3$ はルイス酸として機能しますが、$\text{NF}_3$ はルイス酸としてはほとんど機能しません。 両者はともに中心原子がフッ素3つと結合した構造を持ちますが、ルイス酸としての性質が異なる理由を、中心原子の電子配置に着目して説明してください。
$\text{BF}_3$ のホウ素 B は価電子が3個であり、3つの $\text{B-F}$ 結合を作ると周りの電子は6個(3組の共有電子対)です。オクテットを満たしておらず、空の p 軌道が1つ残っています。この空軌道が電子対を受容できるため、$\text{BF}_3$ はルイス酸として機能します。
一方、$\text{NF}_3$ の窒素 N は価電子が5個であり、3つの $\text{N-F}$ 結合を作った上に非共有電子対が1組あります。窒素の周りの電子は8個でオクテットを満たしており、電子対を受容できる空の軌道がありません。したがって $\text{NF}_3$ はルイス酸として機能しません(むしろ非共有電子対を持つためルイス塩基として機能し得ます)。
ルイス酸として機能するための条件は「空の軌道を持つこと」です。中心原子がオクテットを満たしていない場合(ホウ素やアルミニウムなど第13族元素の化合物)は空の軌道が残り、ルイス酸として強く機能します。一方、オクテットを満たしている場合は空の軌道がなく、ルイス酸にはなりません。
高校化学で学ぶ次の反応を、ルイス酸塩基反応の視点で説明してください。 $\text{NH}_3$ 分子が $\text{H}^+$ と反応して $\text{NH}_4^+$ を生じるとき、どの電子対がどの空軌道に入るかを明記し、 この反応がブレンステッドの酸塩基反応であると同時にルイスの酸塩基反応でもあることを示してください。
$\text{NH}_3$ の窒素には非共有電子対が1組あります。$\text{H}^+$ は電子を1つも持たず、1s 軌道が空です。反応では、$\text{NH}_3$ の窒素上の非共有電子対が $\text{H}^+$ の空の 1s 軌道に入り込み、$\text{N-H}$ の配位結合が形成されて $\text{NH}_4^+$ が生じます。
ブレンステッドの視点:$\text{NH}_3$ は $\text{H}^+$ を受け取るのでブレンステッド塩基です。
ルイスの視点:$\text{NH}_3$ は電子対を $\text{H}^+$ に供与するのでルイス塩基、$\text{H}^+$ は電子対を受容するのでルイス酸です。
このように、同じ反応がブレンステッドとルイスの両方の定義で「酸塩基反応」として記述できます。ブレンステッドの定義は $\text{H}^+$ のやりとりに着目し、ルイスの定義は電子対の授受に着目しますが、$\text{H}^+$ が関与する反応では両者は同じ結論を与えます。
次の(a)〜(d)の反応を、すべてルイス酸塩基反応として統一的に説明してください。 各反応について、ルイス酸・ルイス塩基を特定し、電子対がどのように移動するかを述べた上で、 これら4つの反応に共通する本質を1〜2文でまとめてください。
(a) $\text{HCl} + \text{NH}_3 \to \text{NH}_4^+ + \text{Cl}^-$
(b) $\text{Cu}^{2+} + 4\text{NH}_3 \to [\text{Cu}(\text{NH}_3)_4]^{2+}$
(c) $\text{BF}_3 + \text{NH}_3 \to \text{F}_3\text{B-NH}_3$
(d) $\text{Zn}^{2+} + 4\text{OH}^- \to [\text{Zn}(\text{OH})_4]^{2-}$
(a) $\text{HCl}$ から放出された $\text{H}^+$ がルイス酸(空の 1s 軌道)、$\text{NH}_3$ がルイス塩基(窒素上の非共有電子対を供与)。$\text{NH}_3$ の非共有電子対が $\text{H}^+$ の空軌道に入り、$\text{N-H}$ 配位結合が形成されて $\text{NH}_4^+$ が生じる。
(b) $\text{Cu}^{2+}$ がルイス酸(空の d 軌道で電子対を受容)、$\text{NH}_3$ がルイス塩基(窒素上の非共有電子対を供与)。4つの $\text{NH}_3$ がそれぞれ非共有電子対を $\text{Cu}^{2+}$ に供与し、4つの $\text{Cu-N}$ 配位結合が形成される。
(c) $\text{BF}_3$ がルイス酸(ホウ素の空の p 軌道で電子対を受容)、$\text{NH}_3$ がルイス塩基(窒素上の非共有電子対を供与)。$\text{NH}_3$ の非共有電子対がホウ素の空軌道に入り、$\text{B-N}$ 配位結合が形成される。
(d) $\text{Zn}^{2+}$ がルイス酸(空の軌道で電子対を受容)、$\text{OH}^-$ がルイス塩基(酸素上の非共有電子対を供与)。4つの $\text{OH}^-$ がそれぞれ非共有電子対を $\text{Zn}^{2+}$ に供与し、4つの $\text{Zn-O}$ 配位結合が形成される。
共通する本質:4つの反応はいずれも、非共有電子対を持つ物質(ルイス塩基)が空の軌道を持つ物質(ルイス酸)に電子対を供与し、新たな配位結合が形成される反応です。ルイス酸が $\text{H}^+$ か金属イオンか $\text{BF}_3$ かという違いがあるだけで、電子対の授受という構造は同一です。