第7章 溶液の性質

ヘンリーの法則
─ 気体の溶解度と圧力

高校化学では、「気体の溶解度は圧力に比例する」というヘンリーの法則を公式として学び、溶解度の計算に使います。 この法則は実験的に発見されたものであり、なぜ圧力と溶解度が比例するのかについては深く問われません。

大学化学では、ヘンリーの法則をラウールの法則の特殊ケースとして位置づけ、気相と液相の間の化学平衡という観点から理解します。 この視点を持つと、ヘンリーの法則がどのような条件で成り立ち、どのような条件で破綻するかを原理的に判断できるようになります。 さらに、ダイビングの減圧症や炭酸飲料の泡立ちといった日常現象を、同じ原理で統一的に説明できるようになります。

1高校での扱い ─ 公式としてのヘンリーの法則

高校化学では、気体の溶解度について次のように学びます。

  • 一定温度で、溶媒に溶ける気体の物質量(mol)は、その気体の分圧に比例する
  • この関係をヘンリーの法則と呼ぶ
  • 溶解度は「1 L の水に標準状態で何 mL 溶けるか」のような形で与えられ、圧力が変わると比例計算で溶解量を求める

たとえば、$1.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$ で水 $1 \; \text{L}$ に $0.040 \; \text{g}$ 溶ける気体があれば、 $3.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$ では $0.040 \times 3 = 0.12 \; \text{g}$ 溶けるという計算を行います。 高校の範囲では、この比例関係を「そういう法則がある」として受け入れ、計算に使います。

しかし、「なぜ溶解量が圧力に比例するのか」「どのような条件で比例関係が崩れるのか」という問いには、 高校の範囲では十分に答えることができません。 次のセクションでは、大学の視点を導入することで、これらの問いに答えられるようになることを確認します。

2大学の視点で何が変わるか ─ ラウールの法則と化学平衡からの理解

大学化学では、ヘンリーの法則を2つの観点から理解します。 1つ目は化学平衡の観点です。気体が溶媒に溶ける現象を「気相と液相の間の平衡反応」と捉え、ルシャトリエの原理を適用します。 2つ目はラウールの法則との関係です。 📖 C-7-2で学んだラウールの法則は溶媒の蒸気圧に関する法則ですが、 溶質(気体)の側から見た場合に対応するのがヘンリーの法則です。

高校 vs 大学:ヘンリーの法則をどう理解するか
高校:実験法則として暗記する
「気体の溶解度は分圧に比例する」という公式を覚え、比例計算に使う。
なぜ比例するかは問わない。
大学:化学平衡とラウールの法則から導く
気体の溶解を平衡反応と捉え、圧力と溶解度の比例関係を理論的に説明する。ラウールの法則の特殊ケースとして位置づける。
適用限界も原理から判断できる。
高校:適用できない場合を個別に覚える
「HClやNH$_3$には適用できない」と覚える。
大学:適用限界の理由を理解する
溶媒と反応する気体、高圧条件、分子間相互作用が強い場合など、法則が成り立たない理由を化学平衡の観点から説明できる。
ヘンリーの法則の理論的基盤と適用限界

この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。

1. 気体の溶解を化学平衡として記述し、ルシャトリエの原理から「溶解度が圧力に比例する理由」を説明できる

2. ヘンリーの法則をラウールの法則の希薄溶液における特殊ケースとして導出できる

3. ヘンリー定数 $k_\text{H}$ の物理的意味と単位を説明できる

4. ヘンリーの法則が成り立たない条件(高圧・溶質と溶媒の反応・強い分子間相互作用)を原理から判断できる

5. 減圧症、炭酸飲料、血液中の酸素溶解などの現象をヘンリーの法則で定量的に説明できる

まず、気体の溶解を化学平衡として捉える方法を確認します。 これがヘンリーの法則の「なぜ」に答える鍵になります。

3化学平衡としての気体の溶解 ─ なぜ溶解度は圧力に比例するか

溶解を平衡反応として捉える

気体が溶媒に溶ける現象は、次のような可逆過程として記述できます。

$$\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$$

ここで $\text{A}(\text{g})$ は気相中の気体分子、$\text{A}(\text{aq})$ は溶液中に溶解した分子です。 密閉容器中で十分な時間が経過すると、気体が溶解する速度と溶液から気体が放出される速度が等しくなり、溶解平衡に達します。 このとき、溶液中の気体の濃度は一定値に落ち着きます。これが「溶解度」です。

高校で学んだ化学平衡の考え方をこの系に適用します。 この平衡に対する平衡定数を書くと、次のようになります。

$$K = \frac{[\text{A}(\text{aq})]}{P_\text{A}}$$

ここで $[\text{A}(\text{aq})]$ は溶液中の気体の濃度(mol/L)、$P_\text{A}$ は気体 A の分圧です。 一定温度では $K$ は定数ですから、この式を $[\text{A}(\text{aq})]$ について解くと次のようになります。

$$[\text{A}(\text{aq})] = K \cdot P_\text{A}$$

つまり、溶液中の気体の濃度は分圧に比例することが、化学平衡の原理から直接導かれます。 これがヘンリーの法則の本質です。

ルシャトリエの原理による直観的理解

この比例関係は、高校で学んだルシャトリエの原理からも直観的に理解できます。

平衡状態 $\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$ にある系で、気体の分圧 $P_\text{A}$ を上げることは、 左辺(気相側)の気体を増やすことに相当します。 ルシャトリエの原理によれば、系はこの変化を打ち消す方向、つまり気体がより多く溶液に溶け込む方向に平衡が移動します。 結果として、溶液中の気体の濃度が増加します。

重要なのは、この議論が平衡の概念だけから導かれている点です。 分圧を2倍にすれば溶解量も2倍になるという比例関係は、平衡定数 $K$ が温度一定で定数であるという事実の直接的な帰結です。

ヘンリーの法則は平衡定数が定数であることの帰結

気体の溶解を $\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$ という平衡と見なすと、溶解度が分圧に比例する関係は、平衡定数 $K$ が温度一定のもとで定数であることから自動的に導かれます。

高校で「暗記する公式」だったヘンリーの法則が、化学平衡の一般原理の特殊ケースとして理解できるようになります。

ここまでで、化学平衡の観点からヘンリーの法則の「なぜ」に答えることができました。 次のセクションでは、これをラウールの法則と結びつけ、ヘンリー定数 $k_\text{H}$ の意味を明らかにします。

4ラウールの法則からヘンリーの法則へ ─ 希薄溶液の極限

ラウールの法則の確認

📖 C-7-2で学んだラウールの法則を確認します。 溶液上の成分 $i$ の蒸気圧 $P_i$ は、液相中のモル分率 $x_i$ に比例し、次のように表されます。

$$P_i = x_i \, P_i^*$$

ここで $P_i^*$ は純粋な成分 $i$ の蒸気圧です。 この法則は、溶質と溶媒の分子が似た性質を持つ理想溶液で厳密に成り立ちます。

溶媒と溶質で異なる法則

実際の溶液では、溶質と溶媒の分子は一般に異なる性質を持っています。 たとえば、水に酸素が溶けている場合、水分子と酸素分子の間の相互作用は、水分子同士や酸素分子同士の相互作用とは異なります。 このような非理想溶液において、ラウールの法則からのずれ方は、溶媒と溶質で対照的です。

溶媒(多量成分、$x_i \to 1$)の蒸気圧は、ラウールの法則 $P_i = x_i \, P_i^*$ によく従います。 これは、溶媒分子の周囲がほとんど同じ溶媒分子で占められており、溶質の存在による環境の変化が小さいためです。

一方、溶質(少量成分、$x_i \to 0$)の蒸気圧は、ラウールの法則には従いません。 溶質分子は周囲を溶媒分子に囲まれており、純粋な溶質中とはまったく異なる環境にあるためです。 しかし、溶質の蒸気圧もモル分率に比例するという関係自体は成り立ちます。 ただし、比例定数が $P_i^*$(純粋な溶質の蒸気圧)ではなく、別の値 $k_\text{H}$ になります。

ヘンリーの法則(実験事実を理論的に位置づけた法則)

$$P_\text{A} = k_\text{H} \, x_\text{A}$$

$P_\text{A}$:溶質 A の気相中の分圧(Pa)、$x_\text{A}$:溶質 A の液相中のモル分率、$k_\text{H}$:ヘンリー定数(Pa)

この式は、希薄溶液中の溶質の蒸気圧がモル分率に比例するという実験事実を表しています。 ラウールの法則 $P_i = x_i \, P_i^*$ と形は同じですが、比例定数が $P_i^*$(純粋な溶質の蒸気圧)ではなく $k_\text{H}$(ヘンリー定数)に置き換わっている点が異なります。 $k_\text{H}$ は溶質の種類、溶媒の種類、および温度に依存する実験的に決定される定数です。

ヘンリー定数 $k_\text{H}$ の物理的意味

ヘンリー定数 $k_\text{H}$ の値は、溶質が溶媒中で経験する環境を反映しています。 $k_\text{H}$ が大きいほど、同じモル分率に対して気相中の分圧が大きい、つまり溶質が溶液から抜け出しやすい(溶けにくい)ことを意味します。

具体的な値を見てみます。$25 \; {}^\circ\text{C}$ の水に対するヘンリー定数($k_\text{H}$)の実測値は次の通りです。

気体 $k_\text{H}$($\times 10^9$ Pa) 溶けやすさの目安
He 12.6 非常に溶けにくい
$\text{N}_2$ 8.68 溶けにくい
$\text{O}_2$ 4.40 やや溶けにくい
$\text{CO}_2$ 0.167 比較的溶けやすい

$\text{CO}_2$ の $k_\text{H}$ は $\text{N}_2$ の約50分の1です。 これは、$\text{CO}_2$ が水に対して $\text{N}_2$ よりもはるかに溶けやすいことを定量的に示しています。 $\text{CO}_2$ が水に溶けやすい理由の一つは、$\text{CO}_2$ 分子が極性を持ち、水分子との相互作用が比較的強いことです。

ヘンリーの法則の別の表現形式

ヘンリーの法則 $P_\text{A} = k_\text{H} \, x_\text{A}$ を変形すると、セクション3で化学平衡から導いた形に直結します。 希薄溶液では、溶質のモル分率 $x_\text{A}$ は溶液中の溶質のモル濃度 $c_\text{A}$(mol/L)にほぼ比例します (溶媒が大部分を占めるため)。 このとき、$P_\text{A} = k_\text{H} \, x_\text{A}$ を $c_\text{A}$ で書き直すと次のようになります。

$$c_\text{A} = \frac{P_\text{A}}{k_\text{H}'}$$

ここで $k_\text{H}'$ は濃度基準のヘンリー定数(Pa $\cdot$ L/mol)です。 形式的にはセクション3の $[\text{A}(\text{aq})] = K \cdot P_\text{A}$ と同じ構造であり、$K = 1/k_\text{H}'$ に対応します。

ヘンリー定数の単位に注意

混乱しやすい点:ヘンリー定数には複数の定義があり、教科書によって単位が異なります。 $P_\text{A} = k_\text{H} \, x_\text{A}$ と書く場合の $k_\text{H}$ は圧力の単位(Pa)を持ちます。 一方、$c_\text{A} = k_\text{H}'' \, P_\text{A}$ のように溶解度を分圧で割った形で定義する場合もあり、そのときの定数は mol/(L $\cdot$ Pa) の単位を持ちます。

対処法:ヘンリー定数を使う際は、必ず式の形と単位を確認してから計算に入ることが重要です。 この記事では、$P_\text{A} = k_\text{H} \, x_\text{A}$($k_\text{H}$ の単位は Pa)を基本形とします。

ここまでで、ヘンリーの法則をラウールの法則の特殊ケースとして位置づけ、ヘンリー定数の意味を確認しました。 次のセクションでは、この理論的理解をもとに、ヘンリーの法則が成り立たない条件を整理します。

5適用限界 ─ ヘンリーの法則が成り立たない場合

ヘンリーの法則は、セクション3で見たように化学平衡 $\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$ から導かれるものであり、 セクション4で見たようにラウールの法則の希薄溶液における極限です。 したがって、これらの前提が崩れる場合にはヘンリーの法則は成り立ちません。 具体的に3つのケースを確認します。

ケース1:溶質が溶媒と化学反応する場合

$\text{HCl}$ が水に溶ける場合を考えます。$\text{HCl}$ は水中でほぼ完全に電離します。

$$\text{HCl}(\text{g}) \to \text{H}^+(\text{aq}) + \text{Cl}^-(\text{aq})$$

この場合、溶解した $\text{HCl}$ は分子のまま存在するのではなく、イオンに分解されます。 セクション3の平衡 $\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$ は、溶質が溶液中で分子のまま存在することを前提としていました。 $\text{HCl}$ のように電離や反応を起こす気体では、この前提が成り立たないため、溶解量は単純な比例関係にはなりません。 同様に、$\text{NH}_3$ も水と反応して $\text{NH}_4^+$ と $\text{OH}^-$ を生じるため、ヘンリーの法則からのずれが大きくなります。

ケース2:高圧の場合

ヘンリーの法則は希薄溶液の極限($x_\text{A} \to 0$)で成り立つ法則です。 圧力を極端に高くすると、溶液中の溶質のモル分率が大きくなり、希薄溶液の条件から外れます。 すると、溶質分子同士の相互作用が無視できなくなり、溶質の蒸気圧とモル分率の比例関係が崩れます。

また、高圧下では気相が理想気体として振る舞わなくなることも、ずれの原因となります。 📖 C-6-2で学んだように、 高圧では分子自身の体積や分子間力の影響が無視できなくなるためです。

ケース3:溶質と溶媒の分子間相互作用が特殊な場合

$\text{CO}_2$ は水に溶けた後、一部が次の反応を起こします。

$$\text{CO}_2(\text{aq}) + \text{H}_2\text{O}(\text{l}) \rightleftharpoons \text{H}_2\text{CO}_3(\text{aq}) \rightleftharpoons \text{H}^+(\text{aq}) + \text{HCO}_3^-(\text{aq})$$

ただし、$\text{CO}_2$ と水の反応の平衡は $\text{CO}_2(\text{aq})$ 側に大きく偏っており (25 ${}^\circ\text{C}$ で $\text{H}_2\text{CO}_3$ の生成割合は約 0.3%)、 溶解した $\text{CO}_2$ の大部分は分子のまま存在します。 そのため、$\text{CO}_2$ に対するヘンリーの法則はかなりよい近似で成り立ちます。 これは、$\text{HCl}$ や $\text{NH}_3$ のようにほぼ完全に反応する場合とは対照的です。

ヘンリーの法則が適用できるかの判断基準
適用できる気体
$\text{O}_2$, $\text{N}_2$, $\text{H}_2$, He, Ar, $\text{CO}_2$(近似的に)
溶媒と反応しない、または反応が無視できるほど小さい気体
適用できない気体
$\text{HCl}$, $\text{NH}_3$, $\text{HF}$, $\text{SO}_2$(部分的)
溶媒と化学反応して別の化学種を生成する気体

ここまでで、ヘンリーの法則の理論的な背景(セクション3, 4)と適用限界を整理しました。 次のセクションでは、この法則を使って日常現象を説明し、具体的な計算を行います。

6応用 ─ 日常現象と計算例

応用1:炭酸飲料の泡

炭酸飲料は、工場で $\text{CO}_2$ を高圧(約 $3 \sim 4 \times 10^5 \; \text{Pa}$)で水に溶かして製造されます。 ヘンリーの法則により、高い $\text{CO}_2$ 分圧のもとでは大量の $\text{CO}_2$ が溶解しています。

ペットボトルの蓋を開けると、容器内の $\text{CO}_2$ 分圧は大気中の値(約 $40 \; \text{Pa}$)まで急激に低下します。 ヘンリーの法則 $c_\text{A} \propto P_\text{A}$ により、新しい平衡での溶解量は開封前の約 $1/10000$ です。 過剰に溶けていた $\text{CO}_2$ は気体として放出され、これが泡として観察されます。

応用2:ダイビングの減圧症

ダイバーが深い水中で呼吸する空気の圧力は、水圧に応じて高くなります。 水深 $10 \; \text{m}$ ごとに約 $1.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$ ずつ圧力が増加するため、 水深 $30 \; \text{m}$ では約 $4.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$(約 4 気圧)の空気を呼吸します。

ヘンリーの法則により、窒素の血液への溶解量は分圧に比例するので、 水深 $30 \; \text{m}$ では地上の約 4 倍の窒素が血液に溶け込みます。 ダイバーが急速に浮上すると、周囲の圧力が急激に下がり、過剰に溶けていた窒素が血液中で気泡を形成します。 これが減圧症(潜水病)です。 予防のためには、ゆっくりと浮上して窒素を徐々に放出させる(減圧停止を行う)必要があります。

応用3:血液中の酸素溶解

肺胞では、酸素の分圧は約 $1.3 \times 10^4 \; \text{Pa}$(約 100 mmHg)です。 ヘンリーの法則により、この分圧に比例した量の酸素が血漿に物理的に溶解します。 ただし、実際の血液中の酸素の大部分(約 98%)はヘモグロビンに結合して運ばれており、 ヘンリーの法則で記述されるのは血漿に物理的に溶解した酸素(約 2%)のみです。 ヘモグロビンによる酸素輸送は、ヘンリーの法則の範囲外であり、より複雑な結合平衡で記述されます。

計算例1:酸素の溶解度

$25 \; {}^\circ\text{C}$ の水 $1.00 \; \text{L}$ に、$\text{O}_2$ が $P_{\text{O}_2} = 2.0 \times 10^4 \; \text{Pa}$(空気中の酸素分圧に近い値)で平衡にあるとき、溶解している $\text{O}_2$ の物質量を求めます。

$25 \; {}^\circ\text{C}$ の水に対する酸素のヘンリー定数は $k_\text{H} = 4.40 \times 10^9 \; \text{Pa}$ です。 ヘンリーの法則 $P_{\text{O}_2} = k_\text{H} \, x_{\text{O}_2}$ より、

$$x_{\text{O}_2} = \frac{P_{\text{O}_2}}{k_\text{H}} = \frac{2.0 \times 10^4}{4.40 \times 10^9} = 4.55 \times 10^{-6}$$

水 $1.00 \; \text{L}$ の物質量は $1000/18.0 = 55.6 \; \text{mol}$ です。 希薄溶液では $x_{\text{O}_2} \approx n_{\text{O}_2} / n_\text{water}$ と近似できるので、

$$n_{\text{O}_2} = x_{\text{O}_2} \times n_\text{water} = 4.55 \times 10^{-6} \times 55.6 = 2.53 \times 10^{-4} \; \text{mol}$$

したがって、$25 \; {}^\circ\text{C}$、$\text{O}_2$ 分圧 $2.0 \times 10^4 \; \text{Pa}$ のもとで、水 $1 \; \text{L}$ に溶けている酸素は約 $2.5 \times 10^{-4} \; \text{mol}$(約 $8.1 \; \text{mg}$)です。 水中で生活する魚はこのわずかな溶存酸素を使って呼吸しています。

計算例2:$\text{CO}_2$ 分圧の変化と溶解量

$25 \; {}^\circ\text{C}$ の水 $1.00 \; \text{L}$ に対して、$\text{CO}_2$ の分圧を $3.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$(炭酸飲料の製造条件に近い値)から大気中の $\text{CO}_2$ 分圧 $40 \; \text{Pa}$ に下げたとき、放出される $\text{CO}_2$ の物質量を求めます。 $k_\text{H}(\text{CO}_2) = 1.67 \times 10^8 \; \text{Pa}$ とします。

高圧時のモル分率:

$$x_1 = \frac{3.0 \times 10^5}{1.67 \times 10^8} = 1.80 \times 10^{-3}$$

大気圧下でのモル分率:

$$x_2 = \frac{40}{1.67 \times 10^8} = 2.40 \times 10^{-7}$$

放出される $\text{CO}_2$ の物質量は次の通りです。

$$(x_1 - x_2) \times 55.6 \approx 1.80 \times 10^{-3} \times 55.6 = 0.100 \; \text{mol}$$

$0.100 \; \text{mol}$ の $\text{CO}_2$ は標準状態で約 $2.24 \; \text{L}$ に相当します。 ペットボトルの蓋を開けると、水 $1 \; \text{L}$ あたり約 $2 \; \text{L}$ 以上の $\text{CO}_2$ ガスが放出される計算になります。 実際に炭酸飲料を開けたときの激しい泡立ちは、この大量のガス放出を反映しています。

温度と気体の溶解度の関係

ヘンリーの法則は一定温度での圧力と溶解度の関係を述べていますが、ヘンリー定数 $k_\text{H}$ 自体は温度に依存します。 ほとんどの気体について、温度が上がると $k_\text{H}$ は大きくなります(溶けにくくなる)。 これは、溶解が一般に発熱過程であるため、温度上昇はルシャトリエの原理により溶解の逆反応(気体の放出)を促進するからです。

たとえば、$\text{O}_2$ の $k_\text{H}$ は $0 \; {}^\circ\text{C}$ で約 $2.6 \times 10^9 \; \text{Pa}$、$25 \; {}^\circ\text{C}$ で約 $4.4 \times 10^9 \; \text{Pa}$ であり、温度が上がると溶けにくくなります。 夏場の温かい水域で魚が酸欠になりやすいのは、この温度依存性によるものです。

7つながりマップ

まとめ
  • 気体の溶解は $\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$ という化学平衡として記述でき、 平衡定数が温度一定で定数であることから、溶解度が分圧に比例するヘンリーの法則が直接導かれます。
  • ヘンリーの法則 $P_\text{A} = k_\text{H} \, x_\text{A}$ は、ラウールの法則 $P_i = x_i \, P_i^*$ において 比例定数を $P_i^*$ から $k_\text{H}$ に置き換えたものであり、希薄溶液中の溶質に適用される法則です。
  • ヘンリー定数 $k_\text{H}$ は気体の種類・溶媒の種類・温度に依存する実測値であり、 $k_\text{H}$ が大きいほどその気体は溶けにくくなります。
  • ヘンリーの法則は、溶質が溶媒と化学反応する場合($\text{HCl}$, $\text{NH}_3$ など)、 高圧で希薄溶液の条件を満たさない場合、気体が理想的に振る舞わない場合に破綻します。
  • 炭酸飲料の泡立ち、ダイビングの減圧症、血液中の酸素溶解など、日常の現象をヘンリーの法則で定量的に説明できます。

9確認テスト

理解度チェック

Q1. ヘンリーの法則が「溶解度は分圧に比例する」と述べる理由を、化学平衡の観点から説明してください。

クリックして解答を表示 気体の溶解を $\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$ という平衡と見なすと、平衡定数 $K = [\text{A}(\text{aq})]/P_\text{A}$ は温度一定で定数です。したがって $[\text{A}(\text{aq})] = K \cdot P_\text{A}$ となり、溶解度は分圧に比例します。

Q2. ヘンリーの法則 $P_\text{A} = k_\text{H} \, x_\text{A}$ とラウールの法則 $P_i = x_i \, P_i^*$ の違いを説明してください。

クリックして解答を表示 どちらも蒸気圧がモル分率に比例するという形をしていますが、ラウールの法則は溶媒(多量成分)に適用され、比例定数が純粋な成分の蒸気圧 $P_i^*$ です。ヘンリーの法則は溶質(少量成分、希薄溶液の極限)に適用され、比例定数はヘンリー定数 $k_\text{H}$ であり、一般に $P_i^*$ とは異なる値をとります。

Q3. $\text{HCl}$ にヘンリーの法則が適用できない理由を説明してください。

クリックして解答を表示 $\text{HCl}$ は水に溶けるとほぼ完全に電離して $\text{H}^+$ と $\text{Cl}^-$ になります。ヘンリーの法則は溶質が溶液中で分子のまま存在することを前提としている($\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$ の平衡)ため、溶解後に化学反応で別の化学種に変化する場合には適用できません。

Q4. ヘンリー定数 $k_\text{H}$ が大きい気体と小さい気体では、どちらが水に溶けやすいですか。理由も述べてください。

クリックして解答を表示 $k_\text{H}$ が小さい気体の方が溶けやすいです。$P_\text{A} = k_\text{H} \, x_\text{A}$ より、同じ分圧 $P_\text{A}$ のもとでは $k_\text{H}$ が小さいほどモル分率 $x_\text{A}$ が大きくなります。つまり、同じ圧力をかけたときにより多くの気体が溶解します。

10演習問題

問1 A 基本

次の気体のうち、ヘンリーの法則が良い近似で成り立つものをすべて選んでください。

(a) $\text{O}_2$   (b) $\text{NH}_3$   (c) $\text{N}_2$   (d) $\text{HCl}$   (e) He

クリックして解答を表示
解答

(a) $\text{O}_2$、(c) $\text{N}_2$、(e) He

解説

$\text{O}_2$、$\text{N}_2$、He は水と化学反応しないため、$\text{A}(\text{g}) \rightleftharpoons \text{A}(\text{aq})$ の単純な溶解平衡が成り立ち、ヘンリーの法則が適用できます。$\text{NH}_3$ は水と反応して $\text{NH}_4^+$ と $\text{OH}^-$ を生じ、$\text{HCl}$ はほぼ完全に電離するため、いずれもヘンリーの法則から大きくずれます。

問2 B 計算

$25 \; {}^\circ\text{C}$ の水 $1.00 \; \text{L}$ に窒素が $1.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$ の分圧で接しているとき、溶解している窒素の物質量を求めてください。 $k_\text{H}(\text{N}_2) = 8.68 \times 10^9 \; \text{Pa}$、水のモル質量 $M = 18.0 \; \text{g/mol}$ とします。

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解答

$$x_{\text{N}_2} = \frac{P_{\text{N}_2}}{k_\text{H}} = \frac{1.0 \times 10^5}{8.68 \times 10^9} = 1.15 \times 10^{-5}$$

水 $1.00 \; \text{L}$ の物質量は $1000/18.0 = 55.6 \; \text{mol}$ です。

$$n_{\text{N}_2} = x_{\text{N}_2} \times n_\text{water} = 1.15 \times 10^{-5} \times 55.6 = 6.4 \times 10^{-4} \; \text{mol}$$

解説

希薄溶液では $x_{\text{N}_2} \approx n_{\text{N}_2}/n_\text{water}$ と近似でき(分母の $n_\text{water} + n_{\text{N}_2} \approx n_\text{water}$ であるため)、溶質の物質量を直接求めることができます。質量に換算すると $6.4 \times 10^{-4} \times 28.0 = 0.018 \; \text{g}$(約 18 mg)です。

問3 B 計算

ダイバーが水深 $20 \; \text{m}$ で呼吸する空気の全圧は約 $3.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$ です。 空気中の窒素のモル分率を $0.78$ として、$25 \; {}^\circ\text{C}$ で血液(水と近似)$1.00 \; \text{L}$ に溶解する窒素の物質量を求めてください。 また、地上(全圧 $1.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$)と比較して何倍の窒素が溶けているか計算してください。 $k_\text{H}(\text{N}_2) = 8.68 \times 10^9 \; \text{Pa}$ とします。

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解答

水深 20 m での窒素分圧:

$$P_{\text{N}_2} = 3.0 \times 10^5 \times 0.78 = 2.34 \times 10^5 \; \text{Pa}$$

$$x_{\text{N}_2} = \frac{2.34 \times 10^5}{8.68 \times 10^9} = 2.70 \times 10^{-5}$$

$$n_{\text{N}_2} = 2.70 \times 10^{-5} \times 55.6 = 1.50 \times 10^{-3} \; \text{mol}$$

地上での窒素分圧:

$$P_{\text{N}_2}' = 1.0 \times 10^5 \times 0.78 = 7.8 \times 10^4 \; \text{Pa}$$

$$n_{\text{N}_2}' = \frac{7.8 \times 10^4}{8.68 \times 10^9} \times 55.6 = 5.0 \times 10^{-4} \; \text{mol}$$

倍率:$1.50 \times 10^{-3} / 5.0 \times 10^{-4} = 3.0$ 倍

解説

ヘンリーの法則により溶解量は分圧に比例するため、倍率は分圧の比 $2.34 \times 10^5 / 7.8 \times 10^4 = 3.0$ から直接求まります。これは全圧の比 $3.0 \times 10^5 / 1.0 \times 10^5 = 3.0$ と一致します(窒素のモル分率は変化しないため)。水深 20 m で地上の 3 倍の窒素が血液に溶け込んでおり、急浮上すると余剰の窒素が気泡化して減圧症の原因となります。

問4 C 論述 + 計算

$25 \; {}^\circ\text{C}$ の水に対するヘンリー定数が $\text{O}_2$ では $k_\text{H} = 4.40 \times 10^9 \; \text{Pa}$、$\text{CO}_2$ では $k_\text{H} = 1.67 \times 10^8 \; \text{Pa}$ です。

(a) 大気圧 $1.0 \times 10^5 \; \text{Pa}$ のもと、空気中の $\text{O}_2$ のモル分率を $0.21$、$\text{CO}_2$ のモル分率を $0.00040$ として、水 $1.00 \; \text{L}$ にそれぞれ何 mol 溶けるか計算してください。

(b) $\text{CO}_2$ の方が $\text{O}_2$ より大気中のモル分率が約 500 分の 1 であるにもかかわらず、溶解量の比が 500 分の 1 にならない理由を、ヘンリー定数の違いを用いて定量的に説明してください。

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解答

(a)

$\text{O}_2$ の分圧:$P_{\text{O}_2} = 1.0 \times 10^5 \times 0.21 = 2.1 \times 10^4 \; \text{Pa}$

$$x_{\text{O}_2} = \frac{2.1 \times 10^4}{4.40 \times 10^9} = 4.77 \times 10^{-6}$$

$$n_{\text{O}_2} = 4.77 \times 10^{-6} \times 55.6 = 2.65 \times 10^{-4} \; \text{mol}$$

$\text{CO}_2$ の分圧:$P_{\text{CO}_2} = 1.0 \times 10^5 \times 0.00040 = 40 \; \text{Pa}$

$$x_{\text{CO}_2} = \frac{40}{1.67 \times 10^8} = 2.40 \times 10^{-7}$$

$$n_{\text{CO}_2} = 2.40 \times 10^{-7} \times 55.6 = 1.33 \times 10^{-5} \; \text{mol}$$

(b)

溶解量の比は次の通りです。

$$\frac{n_{\text{CO}_2}}{n_{\text{O}_2}} = \frac{1.33 \times 10^{-5}}{2.65 \times 10^{-4}} = 0.050 = \frac{1}{20}$$

大気中のモル分率の比は $0.00040/0.21 = 1/525$ ですが、溶解量の比は $1/20$ であり、25 倍以上大きくなっています。

解説

溶解量は $n \propto P/k_\text{H}$ に比例します。$\text{CO}_2$ の $k_\text{H}$ は $\text{O}_2$ の約 $1/26$($1.67 \times 10^8 / 4.40 \times 10^9 = 0.038$)であり、同じ分圧あたり約 26 倍溶けやすいことを意味します。大気中のモル分率は $\text{CO}_2$ の方が約 $1/525$ ですが、$k_\text{H}$ の違いにより溶けやすさが約 26 倍補正されるため、溶解量の比は $1/525 \times 26 \approx 1/20$ となります。ヘンリー定数が気体の種類による溶けやすさの違いを定量的に反映していることがわかります。