高校化学では、触媒を「活性化エネルギーを下げて反応速度を大きくするもの」「反応の前後で自身は変化しない」と学びます。
これは正しい記述ですが、「なぜ活性化エネルギーを下げられるのか」「どのようにして下げるのか」という問いには答えていません。
大学化学では、触媒は反応経路そのものを変えるという視点で理解します。
多くの化学反応は1ステップではなく複数の段階を経て進み、その中で最も遅い段階(律速段階)の活性化エネルギーが全体の速度を決めます。
触媒は、もとの反応とは異なる経路を提供し、律速段階の活性化エネルギーを下げることで反応を加速します。
📖 C-9-1で学んだアレニウスの式を使えば、活性化エネルギーの変化が速度にどれほど劇的な影響を与えるかを定量的に示すことができます。
高校化学では、触媒について次のように学びます。
具体例として、過酸化水素 $\text{H}_2\text{O}_2$ の分解に酸化マンガン(IV) $\text{MnO}_2$ を加えると、常温でも酸素が激しく発生することを実験で確認します。 また、工業的な例として、ハーバー・ボッシュ法(アンモニア合成)における鉄触媒や、オストワルト法(硝酸製造)における白金触媒を学びます。
これらの知識は正確であり、計算問題を解く上でも十分です。 しかし、「なぜ $\text{MnO}_2$ を加えると活性化エネルギーが下がるのか」「どんな物質でも触媒になれるわけではないのはなぜか」といった問いには、高校の範囲では答えることができません。 次のセクションでは、これらの問いに答えるための大学の視点を導入します。
大学化学では、触媒の作用を「活性化エネルギーを下げる」という結果ではなく、「反応経路そのものを変える」というメカニズムから理解します。 触媒は反応物と一時的に結合して中間体を形成し、もとの反応とは別の経路で生成物に至ります。 この別経路における最も高いエネルギー障壁が、もとの反応の活性化エネルギーより低ければ、反応は速くなります。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 多段階反応における律速段階を特定し、全体の反応速度がどのステップで決まるかを説明できる
2. 触媒が中間体を形成して別の反応経路を提供するメカニズムを、具体例を使って記述できる
3. アレニウスの式を使って、活性化エネルギーの変化が反応速度に与える影響を定量的に計算できる
4. 均一触媒と不均一触媒の違いを説明でき、それぞれの具体例を挙げられる
5. 触媒が平衡定数を変えない理由を、正反応と逆反応の両方の活性化エネルギーから説明できる
これらの理解を得るために、まず「多段階反応」と「律速段階」の概念を導入する必要があります。 次のセクションで、この準備を行います。
高校化学では、化学反応を「反応物が直接ぶつかって生成物になる」という1ステップの過程として扱うことが多いです。 しかし実際には、多くの化学反応は複数のステップ(素反応)を経て進行します。 全体の反応式は、これらの素反応を足し合わせたものに対応します。
具体例で考えます。気相中での二酸化窒素 $\text{NO}_2$ と一酸化炭素 $\text{CO}$ の反応を見てみます。
全体の反応式は次の通りです。
$$\text{NO}_2 + \text{CO} \to \text{NO} + \text{CO}_2$$
一見すると、$\text{NO}_2$ と $\text{CO}$ が直接ぶつかって反応するように見えます。 しかし実験的に調べると、この反応は次の2つの素反応を経て進行することがわかっています。
第1段階(遅い):
$$\text{NO}_2 + \text{NO}_2 \to \text{NO}_3 + \text{NO}$$
第2段階(速い):
$$\text{NO}_3 + \text{CO} \to \text{NO}_2 + \text{CO}_2$$
2つの式を足し合わせると、中間体 $\text{NO}_3$ が消え、全体の反応式 $\text{NO}_2 + \text{CO} \to \text{NO} + \text{CO}_2$ が再現されます。 ここで $\text{NO}_3$ は反応の途中で生成されて途中で消費される物質であり、反応中間体と呼ばれます。
多段階反応において、各素反応の速度は一般に異なります。 全体の反応速度は、最も遅い素反応の速度によって決まります。 この最も遅いステップを律速段階(rate-determining step)と呼びます。
身近な例で考えると、これは「直列に並んだ工程の中で、最も遅い工程がボトルネックになる」ことと同じです。 工場の組立ラインで、3つの工程がそれぞれ1分、10分、2分かかるとします。 全体のスループットは最も遅い工程(10分)で決まり、他の工程をいくら速くしても全体の速度は10分に1個を超えられません。
化学反応でも同じことが起こります。上の例では、第1段階が遅く、第2段階が速いので、第1段階が律速段階です。 全体の反応速度は第1段階の速度で決まります。
多段階反応の全体の速度式は、律速段階の速度式で近似されます。
上の例では、律速段階(第1段階)の速度式は次の通りです。
$$v = k_1[\text{NO}_2]^2$$
$v$ は反応速度、$k_1$ は第1段階の速度定数、$[\text{NO}_2]$ は $\text{NO}_2$ の濃度です。 全体の反応式からは $v = k[\text{NO}_2][\text{CO}]$ という速度式を予想しがちですが、実験的に得られる速度式は $v = k[\text{NO}_2]^2$ であり、$\text{CO}$ の濃度は反応速度に影響しません。 これは、$\text{CO}$ が律速段階より後のステップで初めて関与するためです。
重要な帰結として、全体の反応式の係数から速度式を直接予測することはできません。 速度式は実験で決定するか、反応機構(どのような素反応を経るか)から導く必要があります。
📖 C-9-1で学んだアレニウスの式 $k = Ae^{-E_a/(RT)}$ を思い出します。 速度定数 $k$ は活性化エネルギー $E_a$ に指数関数的に依存するため、$E_a$ が大きいステップほど $k$ が小さくなり、そのステップが遅くなります。
多段階反応のエネルギー図を考えると、各素反応にはそれぞれ活性化エネルギーがあります。 最も高い活性化エネルギーを持つ素反応が最も遅く、それが律速段階になります。 したがって、律速段階の活性化エネルギーが全体の反応速度を支配するということになります。
多段階反応では、最も活性化エネルギーが高い素反応(= 最も遅い素反応)が律速段階となり、全体の反応速度を決定します。
触媒の役割を理解するための鍵は、まさにこの点にあります。触媒が全体の反応を加速するためには、律速段階の活性化エネルギーを下げればよいのです。
ここまでで、多段階反応と律速段階の概念を導入しました。 次のセクションでは、触媒がどのようにして律速段階の活性化エネルギーを下げるのか、そのメカニズムを具体的に見ていきます。
セクション3で、律速段階の活性化エネルギーが全体の反応速度を決めることを確認しました。 触媒は、もとの反応とは別の反応経路を提供することで、この律速段階の活性化エネルギーを下げます。
具体的には、触媒は次のように作用します。
触媒は反応の途中で一時的に消費されますが、最終的に再生されるため、反応の前後では変化していません。 これが高校で学ぶ「触媒自身は変化しない」という性質の正体です。
成層圏のオゾン $\text{O}_3$ の分解反応を例に考えます。 触媒なしの直接反応は次の通りです。
$$\text{O}_3 + \text{O} \to 2\text{O}_2 \quad (E_a = 17.1 \; \text{kJ/mol})$$
塩素原子 $\text{Cl}$ が存在すると、次の2段階の経路で反応が進みます。
第1段階:
$$\text{Cl} + \text{O}_3 \to \text{ClO} + \text{O}_2 \quad (E_a = 2.1 \; \text{kJ/mol})$$
第2段階:
$$\text{ClO} + \text{O} \to \text{Cl} + \text{O}_2 \quad (E_a = 0.4 \; \text{kJ/mol})$$
2つの式を足し合わせると $\text{O}_3 + \text{O} \to 2\text{O}_2$ となり、$\text{Cl}$ は消費されていません。 $\text{Cl}$ は触媒として働いています。中間体は $\text{ClO}$ です。
触媒なしの経路では活性化エネルギーが $17.1 \; \text{kJ/mol}$ ですが、触媒ありの経路では律速段階(第1段階)の活性化エネルギーが $2.1 \; \text{kJ/mol}$ にまで下がっています。 セクション3で述べたように、律速段階の活性化エネルギーが全体の速度を決めるので、この経路では反応が大幅に速くなります。
アレニウスの式を使って、$E_a$ の変化が速度定数にどれだけ影響するかを定量的に確認します。 📖 C-9-1で学んだ通り、2つの反応の速度定数の比は次のようになります(頻度因子 $A$ が同程度と仮定)。
$$\frac{k_{\text{cat}}}{k_{\text{uncat}}} = \frac{Ae^{-E_{a,\text{cat}}/(RT)}}{Ae^{-E_{a,\text{uncat}}/(RT)}} = e^{(E_{a,\text{uncat}} - E_{a,\text{cat}})/(RT)}$$
$T = 250 \; \text{K}$(成層圏の温度)で計算すると、
$$\frac{k_{\text{cat}}}{k_{\text{uncat}}} = e^{(17100 - 2100)/(8.314 \times 250)} = e^{15000/2079} = e^{7.22} = 1.4 \times 10^3$$
触媒の存在により、速度定数は約1400倍に増大します。 活性化エネルギーの差はわずか $15.0 \; \text{kJ/mol}$ ですが、指数関数の性質により、速度への影響は劇的です。 これが、フロンガスから放出された少量の塩素原子がオゾン層を大規模に破壊できる理由です。
不十分な理解:触媒は同じ反応経路のエネルギーの山を低くする。
正しい理解:触媒は別の反応経路を提供します。もとの山を削るのではなく、もとの山を迂回する別のルートを開くのです。その別ルートにも山(遷移状態)はありますが、各山の高さがもとの山より低いため、結果として反応が速くなります。 触媒なしの経路は依然として存在しますが、触媒ありの経路の方が速いため、ほとんどの分子はそちらの経路を通ります。
高校で「触媒は平衡の位置を変えない」と学びます。ここでは、なぜそうなるかを理解します。
触媒は正反応と逆反応の両方に対して同じ経路を提供します。 エネルギー図で考えると、触媒は正反応の活性化エネルギー $E_{a,\text{f}}$ と逆反応の活性化エネルギー $E_{a,\text{r}}$ をどちらも下げますが、両者の差は変わりません。
この差はどこに現れるかというと、反応エンタルピー $\Delta H$ に対応します。
$$\Delta H = E_{a,\text{f}} - E_{a,\text{r}}$$
触媒が正反応の $E_a$ を $\delta$ だけ下げると、逆反応の $E_a$ も同じだけ $\delta$ 下がります。 したがって差 $\Delta H$ は変化しません。 $\Delta H$ が変わらなければ反応の熱力学(ギブズエネルギー変化 $\Delta G$)も変わらず、平衡定数 $K$ も変化しません。
触媒は反応経路を変えることで活性化エネルギーを下げ、反応が平衡に達するまでの時間を短縮します。
しかし、反応の始点と終点のエネルギー差($\Delta H$、$\Delta G$)は経路によらず決まる量であるため、触媒がいくら経路を変えても平衡定数 $K$ は変わりません。
つまり、触媒は「反応をどこまで進めるか」を変えるのではなく、「どれだけ速くそこに到達するか」を変えるのです。
ここまでで、触媒が反応経路を変えるメカニズムと、平衡定数を変えない理由を理解しました。 次のセクションでは、触媒を「はたらき方」の違いで分類し、それぞれの特徴を見ていきます。
セクション4で、触媒が反応経路を変えるメカニズムを確認しました。 触媒は、反応物と同じ相に存在するか否かによって、大きく2種類に分類されます。
均一触媒(homogeneous catalyst)とは、反応物と同じ相(たとえば溶液中)に存在する触媒です。 セクション4のオゾン分解における塩素原子は、反応物($\text{O}_3$, $\text{O}$)と同じ気相にあるので均一触媒です。
もう一つの代表例として、酸触媒があります。 エステル化反応(カルボン酸 + アルコール → エステル + 水)は、硫酸 $\text{H}_2\text{SO}_4$ を触媒として加えると速くなります。 $\text{H}^+$ がカルボン酸のカルボニル基に配位し、炭素原子の求電子性を高めることで、アルコールの求核攻撃を容易にします。 $\text{H}^+$ は反応の最後に再生されるため、触媒として機能します。 反応物も触媒もすべて溶液中にあるので、均一触媒です。
均一触媒の利点は、触媒分子が反応物と分子レベルで混合しているため、選択性(特定の生成物だけを得る性質)を高度に制御しやすいことです。 一方、反応後に触媒を生成物から分離するのが難しいという欠点があります。
不均一触媒(heterogeneous catalyst)とは、反応物と異なる相に存在する触媒です。 典型的には、固体触媒の表面で気体や液体の反応物が反応します。
高校で学ぶ工業的な触媒の多くは不均一触媒です。
| 工業プロセス | 触媒 | 反応 |
|---|---|---|
| ハーバー・ボッシュ法 | 鉄 Fe(固体) | $\text{N}_2 + 3\text{H}_2 \to 2\text{NH}_3$(気体) |
| オストワルト法 | 白金 Pt(固体) | $4\text{NH}_3 + 5\text{O}_2 \to 4\text{NO} + 6\text{H}_2\text{O}$(気体) |
| 接触法 | 酸化バナジウム(V) $\text{V}_2\text{O}_5$(固体) | $2\text{SO}_2 + \text{O}_2 \to 2\text{SO}_3$(気体) |
| 自動車排ガス浄化 | Pt, Pd, Rh(固体) | CO, NO$_x$, 炭化水素の酸化・還元(気体) |
不均一触媒の作用メカニズムは次の段階を経ます。
吸着の段階で、反応物分子の結合が弱められます。 たとえばハーバー・ボッシュ法では、鉄触媒表面に $\text{N}_2$ が吸着すると、非常に強い $\text{N} \equiv \text{N}$ 三重結合(結合エネルギー $945 \; \text{kJ/mol}$)が弱められ、$\text{H}$ 原子との反応が容易になります。 この過程が、もとの気相反応($\text{N}_2$ と $\text{H}_2$ が直接衝突する経路)に比べて低い活性化エネルギーの経路を提供しています。
不均一触媒の利点は、反応後に触媒を生成物から容易に分離できることです(固体をろ過するだけ)。 工業プロセスでは触媒の再利用が重要であるため、不均一触媒が広く使われています。
生体内では、酵素が触媒として機能しています。 酵素はタンパク質からなる巨大分子で、特定の反応物(基質と呼びます)だけを認識して結合する活性部位を持ちます。 基質が活性部位に結合すると酵素-基質複合体が形成され、反応が進行した後に生成物と酵素が分離します。
酵素は反応物と同じ溶液中にありますが、酵素自身が巨大なため均一触媒と不均一触媒の中間的な性質を持ちます。 酵素の反応速度はミカエリス・メンテン速度論で記述されます。 基質濃度が低いときは速度が基質濃度に比例し(一次反応的)、基質濃度が高いときは速度が一定値(最大速度 $V_{\max}$)に近づく(ゼロ次反応的)という特徴があります。 これは、基質濃度が高くなるとすべての酵素が基質と結合してしまい(飽和)、それ以上基質を増やしても速度が上がらないためです。
ミカエリス・メンテン速度論の詳しい数学的な扱いは 📖 C-17-3 核酸と酵素で扱います。
ここまでで、触媒の分類とそれぞれの特徴を確認しました。 次のセクションでは、セクション4で行った定性的な議論を発展させ、アレニウスの式を使って「活性化エネルギーがどれだけ変わると速度がどれだけ変わるか」を系統的に計算します。
📖 C-9-1で導入したアレニウスの式 $k = Ae^{-E_a/(RT)}$ を使い、 触媒による活性化エネルギーの低下が速度定数にどれだけ影響するかを定量的に計算します。
触媒ありの速度定数 $k_{\text{cat}}$(活性化エネルギー $E_{a,\text{cat}}$)と触媒なしの速度定数 $k_{\text{uncat}}$(活性化エネルギー $E_{a,\text{uncat}}$)の比を求めます。 頻度因子 $A$ が同程度であると仮定すると、
$$\frac{k_{\text{cat}}}{k_{\text{uncat}}} = e^{\Delta E_a/(RT)}$$
$\Delta E_a = E_{a,\text{uncat}} - E_{a,\text{cat}}$ は活性化エネルギーの低下量($\text{J/mol}$)、$R = 8.314 \; \text{J/(mol} \cdot \text{K)}$、$T$ は絶対温度(K)です。
この式は、アレニウスの式から直接導かれます。$\Delta E_a > 0$(触媒が $E_a$ を下げている)であれば $k_{\text{cat}} / k_{\text{uncat}} > 1$、すなわち速度定数が増大します。 $\Delta E_a$ が大きいほど、また温度 $T$ が低いほど、触媒の効果は大きくなります。
$T = 300 \; \text{K}$、$\Delta E_a = 10 \; \text{kJ/mol} = 10000 \; \text{J/mol}$ のとき、
$$\frac{k_{\text{cat}}}{k_{\text{uncat}}} = e^{10000/(8.314 \times 300)} = e^{4.01} = 55$$
活性化エネルギーがわずか $10 \; \text{kJ/mol}$ 下がるだけで、速度定数は約55倍になります。
$T = 300 \; \text{K}$ で、$\Delta E_a$ を変化させたときの速度比を一覧にします。
| $\Delta E_a$ (kJ/mol) | $\Delta E_a / (RT)$ | $k_{\text{cat}} / k_{\text{uncat}}$ |
|---|---|---|
| 5 | 2.00 | $e^{2.00} = 7.4$ |
| 10 | 4.01 | $e^{4.01} = 55$ |
| 20 | 8.02 | $e^{8.02} = 3.0 \times 10^3$ |
| 30 | 12.0 | $e^{12.0} = 1.6 \times 10^5$ |
| 50 | 20.0 | $e^{20.0} = 4.9 \times 10^8$ |
| 100 | 40.1 | $e^{40.1} = 3.0 \times 10^{17}$ |
$\Delta E_a = 50 \; \text{kJ/mol}$ で約5億倍、$\Delta E_a = 100 \; \text{kJ/mol}$ で $10^{17}$ 倍と、活性化エネルギーの低下が速度に与える影響は極めて大きいことがわかります。 酵素触媒は一般に $\Delta E_a = 30$–$70 \; \text{kJ/mol}$ 程度の活性化エネルギー低下を実現しており、反応速度を $10^5$–$10^{12}$ 倍にも加速しています。
$\Delta E_a = 20 \; \text{kJ/mol}$ で固定し、温度を変えて速度比を計算します。
| $T$ (K) | $\Delta E_a / (RT)$ | $k_{\text{cat}} / k_{\text{uncat}}$ |
|---|---|---|
| 200 | 12.0 | $1.6 \times 10^5$ |
| 300 | 8.02 | $3.0 \times 10^3$ |
| 500 | 4.81 | $1.2 \times 10^2$ |
| 1000 | 2.41 | $11$ |
同じ $\Delta E_a$ でも、低温では速度比が非常に大きく、高温になるにつれて小さくなります。 これは、$e^{\Delta E_a/(RT)}$ の指数部分が $1/T$ に比例するためです。 高温では触媒がなくても十分な運動エネルギーを持つ分子が多いので、触媒の効果は相対的に小さくなります。 逆に、低温では触媒なしでは反応がほとんど進まないため、触媒の効果が劇的に現れます。
この結果は、生体内の酵素の重要性を理解する上で示唆的です。 生体反応は体温(約 $310 \; \text{K}$)という比較的低い温度で進行しなければなりません。 酵素は活性化エネルギーを大幅に下げることで、この低温でも必要な反応速度を実現しています。
Q1. 多段階反応において、全体の反応速度を決定するステップを何と呼びますか。また、それはどのような特徴を持つステップですか。
Q2. 「触媒は活性化エネルギーを下げる」とよく言われますが、より正確にはどのように表現すべきですか。
Q3. 触媒が化学平衡の位置(平衡定数 $K$)を変えない理由を、正反応と逆反応の活性化エネルギーの観点から説明してください。
Q4. 均一触媒と不均一触媒の違いを述べ、それぞれの例を1つずつ挙げてください。
次の反応が2段階の素反応で進行するとします。
全体の反応:$2\text{A} + \text{B} \to \text{C} + \text{D}$
第1段階(遅い):$\text{A} + \text{B} \to \text{X} + \text{D}$
第2段階(速い):$\text{X} + \text{A} \to \text{C}$
(a) 反応中間体はどれですか。
(b) 律速段階はどちらですか。
(c) 全体の反応速度式を書いてください。
(a) $\text{X}$ が反応中間体です。第1段階で生成され、第2段階で消費されます。
(b) 第1段階が律速段階です(問題文に「遅い」と明示されています)。
(c) 全体の反応速度式は律速段階の速度式で近似されるので、$v = k[\text{A}][\text{B}]$ です。全体の反応式では $\text{A}$ の係数は2ですが、速度式の $\text{A}$ の次数は律速段階から決まるため1です。
ある反応の触媒なしの活性化エネルギーは $E_{a,\text{uncat}} = 75 \; \text{kJ/mol}$ です。 触媒を加えると活性化エネルギーが $E_{a,\text{cat}} = 50 \; \text{kJ/mol}$ に下がります。 $T = 298 \; \text{K}$ において、触媒により速度定数は何倍になりますか。 $R = 8.314 \; \text{J/(mol} \cdot \text{K)}$ とします。
$\Delta E_a = 75000 - 50000 = 25000 \; \text{J/mol}$ です。
$$\frac{k_{\text{cat}}}{k_{\text{uncat}}} = e^{\Delta E_a/(RT)} = e^{25000/(8.314 \times 298)} = e^{10.1} = 2.4 \times 10^4$$
触媒により速度定数は約 $2.4 \times 10^4$ 倍(約2万4千倍)になります。
$\Delta E_a$ は必ず J/mol 単位に換算してから計算します($R$ の単位が $\text{J/(mol} \cdot \text{K)}$ であるため)。活性化エネルギーがわずか $25 \; \text{kJ/mol}$ 下がるだけで速度が2万倍以上になるのは、アレニウスの式の指数関数的な依存性によるものです。
問2と同じ反応($\Delta E_a = 25 \; \text{kJ/mol}$)について、温度を $T = 500 \; \text{K}$ に上げた場合、触媒による速度定数の増大は何倍になりますか。 $T = 298 \; \text{K}$ の場合と比較し、温度が触媒効果に与える影響を説明してください。
$$\frac{k_{\text{cat}}}{k_{\text{uncat}}} = e^{25000/(8.314 \times 500)} = e^{6.01} = 4.1 \times 10^2$$
$T = 500 \; \text{K}$ では、触媒による速度の増大は約410倍です。
$T = 298 \; \text{K}$ では約 $2.4 \times 10^4$ 倍でしたが、$T = 500 \; \text{K}$ では約 $4.1 \times 10^2$ 倍に減少しています。これは、$e^{\Delta E_a/(RT)}$ の指数が $1/T$ に比例するため、温度が高いほど触媒の効果(速度比)が小さくなるためです。高温では触媒がなくても多くの分子が活性化エネルギーを超えられるので、触媒の相対的な貢献が小さくなります。
ある酵素は、体温 $T = 310 \; \text{K}$ において、触媒なしの反応($E_a = 86 \; \text{kJ/mol}$)を $E_a = 30 \; \text{kJ/mol}$ にまで下げます。
(a) この酵素により、速度定数は何倍になりますか。
(b) 触媒なしの場合、この反応を同じ速度で進めるためには何 K に加熱する必要がありますか。ただし、頻度因子 $A$ は温度に依存しないと仮定します。
(c) (b)の結果から、「生体が酵素を必要とする理由」を説明してください。
(a) $\Delta E_a = 86000 - 30000 = 56000 \; \text{J/mol}$ です。
$$\frac{k_{\text{cat}}}{k_{\text{uncat}}} = e^{56000/(8.314 \times 310)} = e^{21.7} = 2.6 \times 10^9$$
速度定数は約 $2.6 \times 10^9$ 倍(約26億倍)になります。
(b) 酵素ありの場合の速度定数は $k_{\text{cat}} = Ae^{-30000/(8.314 \times 310)}$ です。 触媒なしで同じ速度定数を得るには、$k_{\text{uncat}}(T') = Ae^{-86000/(8.314 \times T')} = k_{\text{cat}}$ である温度 $T'$ を求めます。
$$e^{-86000/(8.314 T')} = e^{-30000/(8.314 \times 310)}$$
指数部分を等しくおくと、
$$\frac{86000}{8.314 T'} = \frac{30000}{8.314 \times 310} = 11.6$$
$$T' = \frac{86000}{8.314 \times 11.6} = 892 \; \text{K}$$
約 $890 \; \text{K}$(約 $620 \; {}^\circ\text{C}$)に加熱する必要があります。
(c) 生体を構成するタンパク質は約 $60 \; {}^\circ\text{C}$ 以上で変性(構造が壊れて機能を失う)します。 酵素なしで必要な反応速度を実現するには $620 \; {}^\circ\text{C}$ もの高温が必要であり、これは生体が耐えられる温度をはるかに超えています。 酵素は、活性化エネルギーを大幅に下げることで、体温($37 \; {}^\circ\text{C}$)という穏やかな条件でも十分な反応速度を実現しています。生体が化学反応を制御するには、温度を上げるのではなく、触媒(酵素)を使って活性化エネルギーを下げるという戦略が不可欠なのです。