高校化学では、水素は「最も軽い気体」「水との電気分解で得られる」といった個別の事実として扱い、希ガスは「電子配置が閉殻で安定なため反応しない」と学びます。
周期表では水素を1族に、希ガスを18族に配置しますが、「なぜその位置なのか」「本当にその分類で正しいのか」を深く問うことはありません。
電子配置の視点から見ると、水素($1s^1$)はアルカリ金属と同じ $ns^1$ 配置を持ちながら、電気陰性度はハロゲンに近い値を示します。
希ガスは「絶対に反応しない」のではなく、キセノンはフッ素と安定な化合物 $\text{XeF}_2$ を形成します。
電子配置と有効核電荷という道具を使うと、これらの一見矛盾する事実がすべて整合的に理解でき、「周期表の配置は電子配置の近似的な整理である」という周期表の本質が見えてきます。
高校化学では、水素について次のような事実を学びます。
高校ではこれらの事実を個別に覚え、反応式を書く練習をします。 水素が1族に配置されている理由について深く考える機会はあまりありません。
希ガス(He, Ne, Ar, Kr, Xe, Rn)については、次のように学びます。
高校では「希ガスは安定だから反応しない」と学び、それ以上の説明は求められません。 しかし、「なぜ閉殻だと安定なのか」「本当にまったく反応しないのか」という問いに答えるには、電子配置をより詳しく見る必要があります。 次のセクションでは、大学の視点がこれらの疑問にどう答えるかを確認します。
大学化学では、水素と希ガスを電子配置と有効核電荷の観点から分析します。 すると、高校で当然とされていた「水素は1族」「希ガスは反応しない」という理解が、実は近似的なものにすぎないことがわかります。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 水素の $1s^1$ 配置から、1族的性質($\text{H}^+$ の形成)と17族的性質($\text{H}^-$ の形成)の両方を電子配置で説明できる
2. 水素の化合物を「イオン性水素化物」「共有結合性水素化物」に分類し、相手の電気陰性度から結合様式を予測できる
3. 希ガス化合物($\text{XeF}_2$ など)がなぜ存在するかを、軌道エネルギーと有効核電荷の観点から説明できる
4. 「周期表の配置は電子配置の近似的な整理である」ことを、水素と希ガスの具体例で論じることができる
この議論を進めるために、電子配置・有効核電荷・電気陰性度の知識を使います。 これらは 📖 C-1-1〜📖 C-1-3 で詳しく解説しています。 以下では要点のみ確認しながら進めます。 まず、水素の電子配置がなぜ特異なのかを見ていきます。
水素の電子配置は $1s^1$ です。 価電子が1個であるという点では、アルカリ金属(Li: $1s^2 2s^1$、Na: $[\text{Ne}]3s^1$ など)と共通しています。 高校で水素を1族に配置するのは、この「価電子1個」という共通点に基づいています。
しかし、水素とアルカリ金属には決定的な違いがあります。 アルカリ金属の価電子は内殻電子によって核電荷が大きく遮蔽されており、有効核電荷 $Z_{\text{eff}}$ が小さいため、電子を容易に失います。 たとえば Na の $3s$ 電子が感じる有効核電荷は約 $+2.2$ であり(📖 C-1-3 参照)、第一イオン化エネルギーは $496 \; \text{kJ/mol}$ です。
一方、水素の $1s$ 電子には内殻電子が存在しません。 電子は核電荷 $Z = 1$ をそのまま感じるため、$Z_{\text{eff}} \approx 1.0$ です。 これは Na の $3s$ 電子に比べて小さい値ですが、重要なのは軌道のサイズです。 $1s$ 軌道は非常に小さく、電子は核の近くに拘束されています。 その結果、水素の第一イオン化エネルギーは $1312 \; \text{kJ/mol}$ と、アルカリ金属(Li: $520$、Na: $496$、K: $419 \; \text{kJ/mol}$)よりはるかに大きい値を示します。
| 元素 | 電子配置 | 第一イオン化エネルギー (kJ/mol) | 電気陰性度(ポーリング) |
|---|---|---|---|
| H | $1s^1$ | 1312 | 2.20 |
| Li | $1s^2 2s^1$ | 520 | 0.98 |
| Na | $[\text{Ne}]3s^1$ | 496 | 0.93 |
| K | $[\text{Ar}]4s^1$ | 419 | 0.82 |
水素のイオン化エネルギーはアルカリ金属の2〜3倍です。この数値の違いは、$1s$ 軌道に内殻電子の遮蔽がないことに由来します。
このように、水素は価電子の数(1個)ではアルカリ金属と同じですが、電子を失いにくいという点で大きく異なります。 水素が $\text{H}^+$ として存在するのは、水溶液中で水分子に水和される($\text{H}_3\text{O}^+$)場合に限られ、気相で裸の $\text{H}^+$(= 陽子)を作るには $1312 \; \text{kJ/mol}$ もの大きなエネルギーが必要です。
水素の電子配置 $1s^1$ を別の角度から見ると、あと1個の電子を受け取れば $1s^2$(ヘリウム型の閉殻)になります。 これは、ハロゲン(F: $[\text{He}]2s^2 2p^5$、Cl: $[\text{Ne}]3s^2 3p^5$ など)が「あと1個で閉殻」である状況と同じです。
実際、水素は電子を1個受け取ってヒドリドイオン $\text{H}^-$ を形成できます。 水素の電子親和力(電子を1個受け取るときに放出されるエネルギー)は $73 \; \text{kJ/mol}$ です。 この値はハロゲン(F: $328$、Cl: $349 \; \text{kJ/mol}$)よりかなり小さいものの、正の値であり、$\text{H}^-$ が安定に存在しうることを示しています。
電気陰性度を見ると、この二面性がさらに明確になります。 水素の電気陰性度(ポーリングの値)は $2.20$ です。 これはアルカリ金属($0.8$〜$1.0$)よりはるかに大きく、非金属元素の典型的な範囲に入ります。 実際、$2.20$ という値はリン($2.19$)とほぼ同じです。
誤:水素は1族に配置されるので金属元素である。
正:水素は非金属元素です。1族に配置されるのは価電子数が1個であるためですが、イオン化エネルギー($1312 \; \text{kJ/mol}$)と電気陰性度($2.20$)は非金属の値を示します。アルカリ金属のように常温で金属結合を形成することもありません。
ここまでで、水素が $1s^1$ 配置のために「電子を失う(1族的)」と「電子を得る(17族的)」の両方の可能性を持つことがわかりました。 では、実際の化合物ではどちらの性質が現れるのでしょうか。 次のセクションでは、水素の化合物を結合様式で分類し、相手の元素の電気陰性度によって振る舞いが決まることを確認します。
水素がどのような結合を形成するかは、相手の元素の電気陰性度によって決まります。 セクション3で見たように、水素の電気陰性度は $2.20$ であり、これより電気陰性度が大きい元素と結合すれば水素は正に分極し($\delta^+$)、小さい元素と結合すれば水素は負に分極します($\delta^-$)。 電気陰性度の差が極端に大きい場合には、イオン結合に近づきます。
電気陰性度が非常に小さいアルカリ金属やアルカリ土類金属(電気陰性度 $0.8$〜$1.3$)と水素が結合すると、電気陰性度の差が大きいため、電子は水素側に偏ります。 その結果、水素は $\text{H}^-$(ヒドリドイオン)として振る舞い、イオン性水素化物が形成されます。
代表例は水素化ナトリウム $\text{NaH}$ です。 $\text{NaH}$ は NaCl 型の結晶構造を持つイオン結晶であり、$\text{Na}^+$ と $\text{H}^-$ から構成されます。 融点は約 $800 \; {}^\circ\text{C}$ と高く、典型的なイオン結晶の特徴を示します。
$\text{NaH}$ を水に加えると、$\text{H}^-$ が水と反応して水素ガスを発生します。
$$\text{NaH} + \text{H}_2\text{O} \rightarrow \text{NaOH} + \text{H}_2 \uparrow$$
この反応では、$\text{H}^-$ が水から $\text{H}^+$ を受け取って $\text{H}_2$ を生成しています。 $\text{H}^-$ は強い塩基(プロトン受容体)であり、同時に強い還元剤でもあります。
電気陰性度が水素($2.20$)より大きい非金属元素と結合すると、電子は相手側に偏り、水素は $\delta^+$ に分極します。 この場合、結合は共有結合であり、共有結合性水素化物が形成されます。
代表例は $\text{HCl}$(塩化水素)、$\text{H}_2\text{O}$(水)、$\text{HF}$(フッ化水素)、$\text{NH}_3$(アンモニア)です。 これらの分子では、水素は部分的に正の電荷を帯び、水溶液中で $\text{H}^+$(正確には $\text{H}_3\text{O}^+$)を放出する酸として機能します。
遷移金属(Pd, Ti など)は、水素原子を金属格子の隙間(格子間位置)に取り込むことができます。 これは金属性水素化物(侵入型水素化物)と呼ばれます。 水素の結合様式はイオン性とも共有結合性とも異なり、金属結合の中に水素原子が分散した構造です。 パラジウム $\text{Pd}$ は体積の約 900 倍もの水素を吸蔵でき、水素貯蔵材料として研究されています。
| 分類 | 相手元素の例 | 化合物の例 | 水素の状態 | 結合の性質 |
|---|---|---|---|---|
| イオン性水素化物 | Na, Ca, Li | $\text{NaH}$, $\text{CaH}_2$ | $\text{H}^-$ | イオン結合 |
| 共有結合性水素化物 | F, O, N, Cl | $\text{HF}$, $\text{H}_2\text{O}$, $\text{NH}_3$ | $\delta^+$ | 極性共有結合 |
| 金属性水素化物 | Pd, Ti | $\text{PdH}_x$, $\text{TiH}_2$ | 原子状 | 格子間侵入 |
水素がどの分類の化合物を形成するかは、相手元素の電気陰性度で決まります。電気陰性度の差が大きいほどイオン性が強くなります。
水素の電気陰性度 $2.20$ は、金属元素と非金属元素の境界付近に位置します。そのため、相手の元素に応じて、$\text{H}^+$ として振る舞うことも $\text{H}^-$ として振る舞うこともできます。
この二面性こそが、水素を周期表の1族にも17族にも完全には収められない理由です。水素は「周期表の分類は電子配置の近似的な整理にすぎない」ことを最も端的に示す元素です。
ここまでで、水素が電子配置 $1s^1$ のために1族と17族の両方の性質を持ち、相手の電気陰性度に応じて多様な化合物を形成することを確認しました。 次に、もう一つの「周期表の例外」である希ガスに目を向けます。 希ガスの閉殻配置は本当に「絶対に反応しない」ことを意味するのかを、軌道エネルギーの観点から検討します。
高校では「希ガスは閉殻だから安定」と習います。 この説明自体は正しいのですが、「閉殻」の意味をもう少し正確に理解する必要があります。
閉殻とは、ある殻(主量子数 $n$)の $s$ 軌道と $p$ 軌道がすべて電子で満たされた状態です。 📖 C-1-3 で学んだように、閉殻配置の元素は有効核電荷が大きく、電子を引きつける力が強いため、イオン化エネルギーが大きくなります。 たとえば、Ar のイオン化エネルギーは $1521 \; \text{kJ/mol}$、Ne は $2081 \; \text{kJ/mol}$ です。
しかし、「イオン化エネルギーが大きい」ことと「まったく化合物を作らない」ことは同義ではありません。 化合物の形成に必要なのは、結合の形成によって得られるエネルギーが、電子配置を変更するコストを上回ることです。 言い換えれば、十分に強い結合相手が存在すれば、希ガスも化合物を形成しうるのです。
1962年、カナダの化学者バートレット(Neil Bartlett)は、$\text{PtF}_6$ という非常に強い酸化剤を用いて、キセノンと反応させることに成功しました。 その後まもなく、$\text{XeF}_2$、$\text{XeF}_4$、$\text{XeF}_6$ が合成され、希ガスが化合物を作りうることが実験的に証明されました。
$\text{XeF}_2$ の合成は驚くほど単純です。キセノンとフッ素の混合気体に紫外線を照射するか、$400 \; {}^\circ\text{C}$ に加熱するだけで生成します。
$$\text{Xe} + \text{F}_2 \rightarrow \text{XeF}_2$$
$\text{XeF}_2$ は常温で無色の固体結晶であり、融点は $129 \; {}^\circ\text{C}$ です。水とゆっくり反応して分解しますが、乾燥した条件では安定に保存できます。
ここで、「なぜ全ての希ガスではなく、キセノンが化合物を作りやすいのか」を考えます。 鍵になるのは、希ガスの $p$ 軌道のエネルギー準位です。
📖 C-1-1 で学んだように、同じ種類の軌道でも、主量子数 $n$ が大きくなるほど軌道エネルギーは高く(不安定に)なります。 これは電子が核から遠くなり、有効核電荷による束縛が弱くなるためです。
希ガスの最外殻 $p$ 電子のイオン化エネルギー(実測値)を比較すると、この傾向が明確に見えます。
| 希ガス | 電子配置 | 第一イオン化エネルギー (kJ/mol) | 化合物の存在 |
|---|---|---|---|
| He | $1s^2$ | 2372 | 未知 |
| Ne | $[\text{He}]2s^2 2p^6$ | 2081 | 未知 |
| Ar | $[\text{Ne}]3s^2 3p^6$ | 1521 | $\text{HArF}$(極低温のみ) |
| Kr | $[\text{Ar}]3d^{10} 4s^2 4p^6$ | 1351 | $\text{KrF}_2$(不安定) |
| Xe | $[\text{Kr}]4d^{10} 5s^2 5p^6$ | 1170 | $\text{XeF}_2$, $\text{XeF}_4$ 等(安定) |
He から Xe に向かってイオン化エネルギーが単調に減少しています。 Xe のイオン化エネルギー $1170 \; \text{kJ/mol}$ は、希ガスの中では最も小さい値です(放射性元素 Rn を除く)。 これは $5p$ 軌道の電子が核から遠く、束縛が弱いことを意味します。
化合物の形成には、この「比較的緩く束縛された電子」を利用して結合を作る必要があります。 そのためには、相手元素が非常に電気陰性度の大きい元素でなければなりません。 フッ素は全元素中で最大の電気陰性度($3.98$)を持ち、電子を引きつける力が極めて強い元素です。 Xe の $5p$ 電子のエネルギーが十分に高い(束縛が弱い)ため、フッ素との結合形成で得られるエネルギーが閉殻を崩すコストを上回るのです。
$\text{XeF}_2$ の構造は、📖 C-2-3 で学んだ混成軌道とVSEPR理論で理解できます。
キセノンの価電子は $5s^2 5p^6$ の8個です。 $\text{XeF}_2$ では、キセノンの2個の電子がフッ素との結合に使われます。 VSEPR理論で考えると、中心原子 Xe の周りには、2組の結合電子対と3組の非共有電子対(合計5組)が存在し、電子対の配置は三方両錐形になります。 3組の非共有電子対が赤道面を占め、2個の F 原子が軸位置を占めるため、分子の形は直線形です。
この配置は $sp^3d$ 混成で説明できます。 Xe の $5s$, $5p$(3本), $5d$(1本)の計5つの軌道を混成し、5つの $sp^3d$ 混成軌道を作ります。 そのうち2つが F との $\sigma$ 結合に、残り3つが非共有電子対を収容します。
$\text{XeF}_2$ の結合を $sp^3d$ 混成で説明する方法は広く使われていますが、大学化学ではより正確な三中心四電子結合(3c-4e 結合)というモデルも用いられます。
このモデルでは、Xe の $5p_z$ 軌道と2個の F の $2p_z$ 軌道($z$ 軸を分子軸とする)が組み合わさって、結合性軌道・非結合性軌道・反結合性軌道の3つの分子軌道を作ります。 4個の電子が結合性軌道と非結合性軌道に2個ずつ入り、反結合性軌道は空のままです。 結合次数は各 Xe-F 結合あたり $0.5$ であり、通常の共有結合(結合次数 $1$)より弱い結合です。 $\text{XeF}_2$ の Xe-F 結合距離が $200 \; \text{pm}$ と、通常の Xe-F 単結合の予想値より長いことは、この結合次数 $0.5$ と整合します。
He や Ne が化合物を作らない理由は、上の表に示したイオン化エネルギーの違いで説明できます。 He の $1s$ 電子のイオン化エネルギーは $2372 \; \text{kJ/mol}$、Ne の $2p$ 電子は $2081 \; \text{kJ/mol}$ と非常に大きく、フッ素との結合形成で得られるエネルギーでは閉殻を崩すコストを補えません。
この傾向を一般化すると、次のことが言えます。 同族の元素では、周期が下がるほど(原子番号が大きくなるほど)最外殻電子のエネルギーが高くなり、化学結合を形成する能力が増します。 Xe は希ガスの中でイオン化エネルギーが最も小さい安定元素であり、だからこそフッ素のような強い酸化剤と反応して安定な化合物を作ることができるのです。
ここまでで、水素と希ガスがそれぞれ「周期表の典型的な分類」から外れる振る舞いを示すことを、電子配置と有効核電荷の視点から理解しました。 次のセクションでは、これらの知識を使って具体的な性質の予測を行います。
ある元素 X の水素化合物 $\text{XH}_n$ がイオン性か共有結合性かは、X と H の電気陰性度差から予測できます。 具体例で確認します。
例1:$\text{CaH}_2$(水素化カルシウム)
Ca の電気陰性度は $1.00$、H は $2.20$ です。差は $|2.20 - 1.00| = 1.20$ です。
電気陰性度の差が $1.0$ を超えるとイオン性が強くなります。Ca は水素より電気陰性度が小さいため、電子は水素側に偏り、$\text{Ca}^{2+}$ と $\text{H}^-$ のイオン結晶になると予測できます。
実際、$\text{CaH}_2$ はイオン性水素化物であり、水と激しく反応して水素を発生します。
$$\text{CaH}_2 + 2\text{H}_2\text{O} \rightarrow \text{Ca(OH)}_2 + 2\text{H}_2 \uparrow$$
例2:$\text{SiH}_4$(シラン)
Si の電気陰性度は $1.90$ で、H との差は $|2.20 - 1.90| = 0.30$ です。
差が小さいため、共有結合性が支配的です。$\text{SiH}_4$ は $\text{CH}_4$ に似た正四面体形の分子であり、常温で気体として存在します。
セクション5で学んだイオン化エネルギーの傾向を使うと、希ガスのフッ素化合物の安定性を序列化できます。
Xe のイオン化エネルギー($1170 \; \text{kJ/mol}$)は Kr($1351 \; \text{kJ/mol}$)より小さく、Xe の方が電子を供与しやすいため、$\text{XeF}_2$ は $\text{KrF}_2$ より安定です。 実際、$\text{XeF}_2$ は室温で安定に存在しますが、$\text{KrF}_2$ は $-40 \; {}^\circ\text{C}$ 以上で分解します。
イオン化エネルギーの差を定量的に見てみます。 $\text{Kr} \rightarrow \text{Xe}$ でイオン化エネルギーが $181 \; \text{kJ/mol}$ 減少しています。 この差が、Xe のフッ素化合物が Kr のフッ素化合物より安定である直接的な原因です。 フッ素との結合形成で得られるエネルギーが同程度であるとすれば、イオン化エネルギーが小さい Xe の方が「閉殻を崩すコスト」が小さく、化合物として安定に存在できます。
$\text{XeF}_4$ の分子の形を、VSEPR理論(📖 C-2-3 参照)を使って予測します。
Xe の価電子は8個、各 F は1個の電子を共有に提供します。 $\text{XeF}_4$ では Xe の周りに4組の結合電子対と2組の非共有電子対(合計6組)があります。 6組の電子対は正八面体形に配置されます。 2組の非共有電子対が互いに反対側(トランス位)を占めることで反発を最小化するため、4個の F は同一平面上に並び、分子の形は正方形(平面四角形)になります。
この構造は $sp^3d^2$ 混成で説明できます。 実験的にも、$\text{XeF}_4$ は平面正方形であることが確認されています。
水素は価電子数の点では1族ですが、電気陰性度やイオン化エネルギーの値は非金属元素を示します。希ガスは閉殻で安定ですが、軌道エネルギーが十分に高い Xe はフッ素と安定な化合物を作ります。
これらの事実は、周期表の族番号が「電子配置の一つの側面(価電子数)」で分類したものであり、元素の全性質を表すものではないことを示しています。電子配置の詳細(軌道エネルギー、有効核電荷)まで見ることで、周期表の枠に収まらない振る舞いを予測し、理解することができます。
Q1. 水素の電気陰性度が $2.20$ であることから、水素がアルカリ金属とは本質的に異なる元素であると言える根拠を1つ述べてください。
Q2. $\text{NaH}$ を水に入れると水素が発生します。この反応で $\text{H}^-$ はどのような役割を果たしていますか。
Q3. 希ガスの中でキセノンが最も安定な化合物を作りやすい理由を、イオン化エネルギーの値を用いて説明してください。
Q4. $\text{XeF}_2$ の分子の形を答え、その理由をVSEPR理論で簡潔に説明してください。
次の水素化合物を「イオン性水素化物」と「共有結合性水素化物」に分類してください。 また、各化合物における水素の酸化数を答えてください。
$\text{LiH}$、$\text{HBr}$、$\text{KH}$、$\text{H}_2\text{S}$
イオン性水素化物:$\text{LiH}$(酸化数 $-1$)、$\text{KH}$(酸化数 $-1$)
共有結合性水素化物:$\text{HBr}$(酸化数 $+1$)、$\text{H}_2\text{S}$(酸化数 $+1$)
Li(電気陰性度 $0.98$)と K(電気陰性度 $0.82$)は水素($2.20$)との電気陰性度の差が大きく、電子が水素側に偏るためイオン性水素化物を形成します。水素は $\text{H}^-$ として存在し、酸化数は $-1$ です。一方、Br($2.96$)と S($2.58$)は水素より電気陰性度が大きいため、共有結合性水素化物を形成し、水素の酸化数は $+1$ です。
$\text{CaH}_2$ $1.00 \; \text{g}$ を過剰の水と反応させたとき、標準状態($0 \; {}^\circ\text{C}$、$1.013 \times 10^5 \; \text{Pa}$)で発生する水素の体積を求めてください。 Ca: $40.1$、H: $1.01$ とします。
反応式:$\text{CaH}_2 + 2\text{H}_2\text{O} \rightarrow \text{Ca(OH)}_2 + 2\text{H}_2$
$\text{CaH}_2$ のモル質量は $40.1 + 1.01 \times 2 = 42.1 \; \text{g/mol}$ です。
$\text{CaH}_2$ の物質量:$n = 1.00 / 42.1 = 0.02375 \; \text{mol}$
反応式の係数比より、$\text{H}_2$ は $\text{CaH}_2$ の2倍の物質量が生成します。
$\text{H}_2$ の物質量:$0.02375 \times 2 = 0.04751 \; \text{mol}$
$$V = 0.04751 \times 22.4 = 1.06 \; \text{L}$$
$\text{CaH}_2$ には $\text{H}^-$ が2個含まれており、各 $\text{H}^-$ が水の $\text{H}^+$ と反応して $\text{H}_2$ を1分子ずつ生成します。そのため、$\text{CaH}_2$ $1 \; \text{mol}$ から $\text{H}_2$ が $2 \; \text{mol}$ 発生します。$\text{CaH}_2$ はその質量に対して多量の水素を発生させるため、乾燥剤として使用されるほか、携帯用の水素発生源としても利用されます。
$\text{XeF}_4$ の分子の形が正方形(平面四角形)であることを、VSEPR理論を用いて説明してください。 非共有電子対の位置についても理由を述べてください。
Xe の価電子は8個であり、4個のフッ素原子と4組の結合電子対を形成します。残りの電子は2組の非共有電子対になります。合計6組の電子対は正八面体形に配置されます。
2組の非共有電子対は、互いの反発を最小にするためにトランス位(正八面体の対角位置)を占めます。これにより、4個のフッ素原子は同一平面上に配置され、分子の形は正方形(平面四角形)になります。
もし2組の非共有電子対がシス位(隣り合う位置)を占めると、非共有電子対どうしが $90^\circ$ の角度で近接し、反発が大きくなります。トランス位ならば非共有電子対どうしの角度は $180^\circ$ となり、反発が最小化されます。これがVSEPR理論による構造予測の根拠です。
水素を周期表の1族に配置するか、17族に配置するか、あるいは独立した位置に配置するかについて、以下の3つの観点から論じてください。
(a) 電子配置の類似性
(b) イオン化エネルギーと電気陰性度の数値
(c) 形成する化合物の種類
(a) 電子配置の類似性
水素($1s^1$)は、価電子数が1個という点で1族元素(Li: $2s^1$、Na: $3s^1$)と共通します。一方、「閉殻まであと1個」という点では17族元素(F: $2s^2 2p^5$、Cl: $3s^2 3p^5$)とも共通します。電子配置の類似性だけでは、どちらの族に配置するかを決定できません。
(b) イオン化エネルギーと電気陰性度の数値
水素のイオン化エネルギー $1312 \; \text{kJ/mol}$ はアルカリ金属($419$〜$520 \; \text{kJ/mol}$)よりはるかに大きく、ハロゲンの値(F: $1681$、Cl: $1251 \; \text{kJ/mol}$)に近い範囲にあります。電気陰性度 $2.20$ も、アルカリ金属($0.8$〜$1.0$)ではなく非金属元素の範囲に位置します。数値的には17族に近い性質を示します。
(c) 形成する化合物の種類
水素はアルカリ金属と反応して $\text{H}^-$ を含むイオン性水素化物(17族的な振る舞い)を形成し、非金属元素と反応して $\delta^+$ の共有結合性水素化物(1族的な振る舞い)を形成します。この二面性は、水素が1族にも17族にも完全には属さないことを示しています。
結論:水素はいずれの族にも完全には収まらない特異な元素です。慣例的に1族に配置されていますが、これは価電子数に基づく便宜的な分類であり、水素の全性質を反映したものではありません。周期表の分類は電子配置の近似的な整理にすぎないことを、水素は最も端的に示しています。