高校化学では、Al, Zn, Sn, Pb の4つの金属を「両性金属」として覚えます。
これらの金属(およびその酸化物・水酸化物)は酸にも強塩基にも溶けるという性質をもち、
反応式を暗記して入試問題を解きます。
しかし、「なぜこの4つだけが両性を示すのか」という問いには、高校の範囲では答えられません。
大学化学では、金属イオンの電荷密度(電荷をイオン半径で割った値)という一つの指標から、
水酸化物の酸塩基両性を理解します。
金属イオンは水溶液中で水分子を配位させますが、電荷密度が大きいイオンほどルイス酸として強くはたらき、
配位水の $\text{O-H}$ 結合からプロトンを引き抜きやすくなります。
電荷密度が「ちょうど中間」にある金属イオンは、
水酸化物がプロトンを放出する酸としても、$\text{OH}^-$ を受け入れる塩基としてもはたらける ── これが両性の本質です。
高校化学では、金属元素の性質を学ぶ際に「両性金属」という分類を習います。 Al(アルミニウム)、Zn(亜鉛)、Sn(スズ)、Pb(鉛)の4つがこれに該当し、 語呂合わせ(「ああすんなり」など)で覚えた人も多いでしょう。
両性金属とは、その金属自体、およびその酸化物・水酸化物が酸にも強塩基にも溶ける金属のことです。 たとえばアルミニウムについて、高校では次のような反応式を学びます。
酸に溶ける反応:
$$2\text{Al} + 6\text{HCl} \rightarrow 2\text{AlCl}_3 + 3\text{H}_2$$
強塩基に溶ける反応:
$$2\text{Al} + 2\text{NaOH} + 6\text{H}_2\text{O} \rightarrow 2\text{Na[Al(OH)}_4\text{]} + 3\text{H}_2$$
水酸化アルミニウムの両性も同様です。
$$\text{Al(OH)}_3 + 3\text{HCl} \rightarrow \text{AlCl}_3 + 3\text{H}_2\text{O}$$
$$\text{Al(OH)}_3 + \text{NaOH} \rightarrow \text{Na[Al(OH)}_4\text{]}$$
高校では、これらの反応式を暗記し、沈殿の生成・溶解の問題や系統分析に使います。 しかし、Na や Mg の水酸化物は塩基としてしか振る舞わず、Fe の水酸化物も酸にしか溶けません。 なぜ Al や Zn の水酸化物だけが酸にも塩基にも溶けるのか ── この問いは高校の範囲では扱いません。
次のセクションで、この「なぜ」に答えるための大学の視点を導入します。
大学化学では、金属イオンの電荷密度(イオンの電荷をイオン半径で割った値)に注目することで、 水酸化物が塩基性・両性・酸性のいずれを示すかを統一的に説明できます。 電荷密度が小さい金属イオン(Na${}^+$, Ca${}^{2+}$ など)の水酸化物は塩基性、 電荷密度が極端に大きい非金属(S, Cl など)の酸化物は酸性を示し、 電荷密度がちょうど中間にある金属イオン(Al${}^{3+}$, Zn${}^{2+}$ など)の水酸化物が両性を示します。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 金属イオンの電荷密度が配位水分子のプロトン解離に与える影響を説明できる
2. 電荷密度の大小により、水酸化物が塩基性・両性・酸性のいずれを示すかを分類できる
3. $\text{Al(OH)}_3 + \text{OH}^- \rightarrow [\text{Al(OH)}_4]^-$ の反応をルイス酸塩基の視点で説明できる
4. Al, Zn, Sn, Pb のイオン半径と電荷から、両性を示す理由を定量的に説明できる
この理解の鍵となるのが、金属イオンのルイス酸性と配位水の挙動です。 次のセクションでは、金属イオンが水溶液中で水分子を配位させる仕組みと、 それがプロトン解離にどうつながるかを確認します。
金属イオンが水に溶けると、周囲の水分子が金属イオンに配位します。 たとえば $\text{Al}^{3+}$ は水溶液中で6個の水分子を配位させ、$[\text{Al(H}_2\text{O)}_6]^{3+}$ という水和イオンを形成します。
この配位結合は、 📖 第4章 §1 で学んだルイス酸塩基反応そのものです。 水分子($\text{H}_2\text{O}$)は酸素原子上に非共有電子対をもつルイス塩基であり、 金属イオン($\text{Al}^{3+}$)は空の軌道をもつルイス酸です。 水の非共有電子対が金属イオンの空軌道に供与されることで配位結合が生じます。
ここで重要なのが、金属イオンの電荷密度です。 電荷密度とは、イオンの電荷 $z$ をイオン半径 $r$ で割った値 $z/r$ で、 イオンの「電荷の集中度」を表す指標です。
電荷密度が大きい金属イオンは、強いルイス酸としてはたらきます。 正電荷が小さな体積に集中しているため、配位した水分子の酸素原子から電子密度を強く引きつけるからです。 酸素から電子密度が引き抜かれると、$\text{O-H}$ 結合が弱まり、 水分子がプロトン($\text{H}^+$)を放出しやすくなります。
この過程を化学式で書くと、次のようになります。
$$[\text{Al(H}_2\text{O)}_6]^{3+} \rightleftharpoons [\text{Al(OH)(H}_2\text{O)}_5]^{2+} + \text{H}^+$$
つまり、$\text{Al}^{3+}$ に配位した水分子は、自由な水分子よりもはるかに強い酸として振る舞います。 実測値を見ると、$[\text{Al(H}_2\text{O)}_6]^{3+}$ の酸解離定数は $K_a \approx 10^{-5}$ であり、 これは酢酸($K_a = 1.8 \times 10^{-5}$)と同程度の酸の強さに相当します。
$$\text{M}^{z+} + n\text{H}_2\text{O} \rightarrow [\text{M(H}_2\text{O)}_n]^{z+}$$
金属イオン $\text{M}^{z+}$ の電荷密度 $z/r$ が大きいほど、配位水の $\text{O-H}$ 結合が弱まり、プロトン解離が起こりやすくなる。
$z$:イオンの電荷、$r$:イオン半径(pm)、$n$:配位数
これは量子力学的な計算から厳密に導かれるものではなく、 多くの金属イオンの実測データから見出された経験的な傾向です。 電荷密度はルイス酸性の一つの目安であり、 d電子の配置や配位子場効果なども影響します。
電荷密度の大小に応じて、金属イオンと配位水の関係は3つのパターンに分かれます。
ここまでで、電荷密度が金属イオンのルイス酸性を決め、 配位水のプロトン解離を通じて水酸化物の酸塩基的性質につながることを確認しました。 次のセクションでは、具体的な金属イオンの電荷密度を比較し、 塩基性・両性・酸性の境界がどこにあるかを定量的に見ていきます。
セクション3で導入した電荷密度 $z/r$ を、代表的な金属イオンについて計算してみます。 イオン半径は配位数6のシャノンの有効イオン半径(実測値に基づく値)を用います。
| イオン | 電荷 $z$ | イオン半径 $r$(pm) | $z/r$(pm${}^{-1}$) | 水酸化物の性質 |
|---|---|---|---|---|
| $\text{Na}^+$ | +1 | 102 | 0.0098 | 強塩基性 |
| $\text{Ca}^{2+}$ | +2 | 100 | 0.020 | 塩基性 |
| $\text{Mg}^{2+}$ | +2 | 72 | 0.028 | 塩基性 |
| $\text{Zn}^{2+}$ | +2 | 74 | 0.027 | 両性 |
| $\text{Pb}^{2+}$ | +2 | 119 | 0.017 | 両性 |
| $\text{Al}^{3+}$ | +3 | 54 | 0.056 | 両性 |
| $\text{Sn}^{2+}$ | +2 | 93 | 0.022 | 両性 |
| $\text{Fe}^{3+}$ | +3 | 65 | 0.046 | 弱い両性(酸性寄り) |
| $\text{Si}^{4+}$ | +4 | 40 | 0.100 | 酸性 |
この表から、いくつかの重要な傾向が読み取れます。
まず、$\text{Na}^+$ や $\text{Ca}^{2+}$ のように電荷密度が小さいイオン($z/r \lesssim 0.02$)の水酸化物は塩基性です。 これらのイオンはルイス酸性が弱いため、配位水のプロトン解離はほとんど起こらず、 水酸化物は $\text{OH}^-$ を放出する塩基としてのみ機能します。
一方、$\text{Si}^{4+}$ のように電荷密度が非常に大きいイオン($z/r \gtrsim 0.08$)では、 配位水のプロトンが完全に引き抜かれてオキソ酸($\text{H}_4\text{SiO}_4$ や $\text{SiO}_2$)を形成します。 これらは酸性です。
両性を示すのは、電荷密度がこの中間にあるイオンです。 $\text{Al}^{3+}$($z/r = 0.056$)、$\text{Zn}^{2+}$($z/r = 0.027$)、 $\text{Sn}^{2+}$($z/r = 0.022$)、$\text{Pb}^{2+}$($z/r = 0.017$)がここに該当します。
水酸化物 $\text{M(OH)}_n$ の振る舞いは、金属イオン $\text{M}^{n+}$ の電荷密度で決まります。
電荷密度が小さすぎると、$\text{M-OH}$ 結合が弱く $\text{OH}^-$ が解離する(塩基性)。 電荷密度が大きすぎると、$\text{O-H}$ 結合が弱まり $\text{H}^+$ が解離する(酸性)。 中間ではどちらの解離も起こりうるので、酸にも塩基にも溶ける(両性)。
これは水酸化物中の $\text{M-O-H}$ 結合の「綱引き」として理解できます。 金属イオンが酸素の電子を引きつける力と、水素が電子を引きつける力のバランスが、水酸化物の性質を決定します。
注意:上の表で $\text{Zn}^{2+}$($z/r = 0.027$)と $\text{Mg}^{2+}$($z/r = 0.028$)の電荷密度はほぼ同じですが、 $\text{Zn(OH)}_2$ は両性、$\text{Mg(OH)}_2$ は塩基性です。
補足:電荷密度は両性を理解するための有力な指標ですが、万能ではありません。 $\text{Zn}^{2+}$ は d${}^{10}$ の電子配置をもち、その電子構造がルイス酸性に影響します。 また、$\text{Pb}^{2+}$ は電荷密度が $\text{Ca}^{2+}$ と近い値ですが、 6s${}^2$ の孤立電子対(不活性電子対効果)が水酸化物の構造に影響を与えます。 電荷密度はあくまで第一近似の指標であり、d電子の効果や相対論的効果も考慮する必要があることを覚えておいてください。
ここまでで、電荷密度の大小が水酸化物の塩基性・両性・酸性を分類する指標になることを確認しました。 次のセクションでは、この理解を踏まえて、両性水酸化物が酸と塩基に溶ける具体的な反応を ルイス酸塩基の視点で読み解きます。
両性水酸化物が酸に溶ける反応は、高校の知識で理解できます。 $\text{Al(OH)}_3$ は塩基として $\text{H}^+$ を受け取り、水を生成して溶解します。
$$\text{Al(OH)}_3 + 3\text{H}^+ \rightarrow \text{Al}^{3+} + 3\text{H}_2\text{O}$$
これは通常の中和反応であり、水酸化物中の $\text{OH}^-$ が $\text{H}^+$ と結合して水になる過程です。 $\text{NaOH}$ が $\text{HCl}$ に溶けるのと同じ仕組みであり、特別な説明は必要ありません。
両性水酸化物の真に特徴的な反応は、強塩基に溶ける反応です。 $\text{Al(OH)}_3$ に $\text{NaOH}$ を加えると、テトラヒドロキソアルミン酸イオン $[\text{Al(OH)}_4]^-$ が生成して溶解します。
$$\text{Al(OH)}_3 + \text{OH}^- \rightarrow [\text{Al(OH)}_4]^-$$
この反応を、 📖 第4章 §1 で学んだルイス酸塩基の視点で読み解きます。
$\text{Al(OH)}_3$ の中心にある $\text{Al}^{3+}$ は、3つの $\text{OH}^-$ が配位した状態でもなお空の軌道を持っています。 セクション3で確認した通り、$\text{Al}^{3+}$ は電荷密度が大きく、強いルイス酸です。 そこに $\text{OH}^-$(非共有電子対を持つルイス塩基)が近づくと、 $\text{OH}^-$ の電子対が $\text{Al}^{3+}$ の空軌道に供与されて新たな配位結合が形成されます。 その結果、配位数が3から4に増え、安定な四面体型の $[\text{Al(OH)}_4]^-$ が生成します。
$$\text{Al(OH)}_3 + \text{OH}^- \rightarrow [\text{Al(OH)}_4]^-$$
$\text{Al(OH)}_3$:ルイス酸($\text{Al}^{3+}$ の空軌道が電子対を受け入れる)
$\text{OH}^-$:ルイス塩基(非共有電子対を供与する)
この反応は、高校で「$\text{Al(OH)}_3$ が $\text{NaOH}$ に溶ける」と暗記した反応の正体です。 $\text{Al}^{3+}$ の電荷密度が十分に大きいため、追加の $\text{OH}^-$ を配位させる能力があり、 可溶性の錯イオン $[\text{Al(OH)}_4]^-$ を形成して溶解します。
亜鉛についても同様の反応が起こります。
$$\text{Zn(OH)}_2 + 2\text{OH}^- \rightarrow [\text{Zn(OH)}_4]^{2-}$$
$\text{Zn}^{2+}$ もルイス酸として2つの追加の $\text{OH}^-$ を受け入れ、 四面体型のテトラヒドロキソ亜鉛(II)酸イオンを形成します。
ここで、$\text{Fe}^{3+}$($z/r = 0.046$)と $\text{Al}^{3+}$($z/r = 0.056$)を比較します。 セクション4の表を見ると、$\text{Fe}^{3+}$ の電荷密度は $\text{Al}^{3+}$ に近い値を持っています。 しかし実際には、$\text{Fe(OH)}_3$ は通常の条件では $\text{NaOH}$ に溶けません。
これは、$\text{Fe}^{3+}$ が d${}^5$ の半充填電子配置をもつことに関係しています。 d軌道に電子が入っていると、追加の配位子を受け入れる際の配位子場安定化エネルギーの変化が関わり、 単純な $z/r$ だけでは予測できない効果が生じます。 一方、$\text{Al}^{3+}$ は希ガス型の電子配置(d電子なし)をもつため、 $\text{OH}^-$ の配位を受け入れやすい構造を取ることができます。
ただし、$\text{Fe(OH)}_3$ も高温の濃厚な $\text{NaOH}$ 中ではわずかに溶解することが知られており、 完全に「塩基に溶けない」わけではありません。 電荷密度が近い値を持つことと整合的です。
誤解:「アルミニウムが両性金属だ」と聞くと、金属 Al の単体が酸にも塩基にも溶けることが本質のように感じる。
正しい理解:「両性」の本質は水酸化物 $\text{Al(OH)}_3$ が酸にも塩基にも溶けることです。 金属 Al が $\text{NaOH}$ 水溶液に溶けるのは、まず Al が水と反応して $\text{Al(OH)}_3$ を生成し(酸化還元反応)、 生じた $\text{Al(OH)}_3$ が $\text{NaOH}$ に溶ける(酸塩基反応)という2段階の過程です。 電荷密度による議論は、この2段階目の酸塩基反応に関するものです。
ここまでで、両性水酸化物が酸に溶ける反応(ブレンステッド塩基として)と 塩基に溶ける反応(ルイス酸として $\text{OH}^-$ を受け入れる)の両方を、 電荷密度とルイス酸塩基の概念を使って統一的に説明しました。 次のセクションでは、具体的な数値を使って、各金属の電荷密度を計算し、 両性を示すかどうかを予測してみます。
スズは +2 と +4 の酸化状態をとります。それぞれのイオン半径(配位数6のシャノン半径)は $\text{Sn}^{2+}$:93 pm、$\text{Sn}^{4+}$:69 pm です。
$$z/r(\text{Sn}^{2+}) = \frac{2}{93} = 0.022 \; \text{pm}^{-1}$$
$$z/r(\text{Sn}^{4+}) = \frac{4}{69} = 0.058 \; \text{pm}^{-1}$$
$\text{Sn}^{2+}$ の電荷密度 0.022 は両性の範囲にあり、実際に $\text{Sn(OH)}_2$ は両性水酸化物です。 一方、$\text{Sn}^{4+}$ の電荷密度 0.058 は $\text{Al}^{3+}$ に近い値で、 $\text{Sn(OH)}_4$($= \text{H}_2\text{SnO}_3 \cdot \text{H}_2\text{O}$)も両性を示しますが、 $\text{Sn}^{2+}$ に比べて酸性寄りの両性です。 電荷密度が大きくなるほど酸性側に寄るという傾向と整合的です。
$\text{Pb}^{2+}$ のイオン半径は 119 pm と比較的大きく、電荷密度は次の値になります。
$$z/r(\text{Pb}^{2+}) = \frac{2}{119} = 0.017 \; \text{pm}^{-1}$$
この値は $\text{Ca}^{2+}$($z/r = 0.020$)より小さく、 電荷密度だけを見ると塩基性のように見えます。 しかし、$\text{Pb(OH)}_2$ は実際に両性を示します。
これは、$\text{Pb}^{2+}$ が 6s${}^2$ の不活性電子対を持つことと関係しています。 この電子対は立体的に活性で、配位構造に影響を与えます。 また、$\text{Pb}^{2+}$ の電気陰性度(ポーリング値で 1.87)は $\text{Ca}^{2+}$(1.00)よりかなり大きく、$\text{Pb-O}$ 結合に共有結合性が加わります。 共有結合性が大きいと $\text{O-H}$ 結合の分極が促進され、プロトン解離が起こりやすくなります。
このように、$\text{Pb}^{2+}$ のケースでは電荷密度だけでなく電気陰性度の効果も重要であり、 📖 第1章 §3 で学んだ有効核電荷の概念がここでも役立ちます。 有効核電荷が大きい原子ほど電気陰性度が高くなるため、$\text{Pb}^{2+}$ は同じ $z/r$ の $\text{Ca}^{2+}$ よりも 共有結合的な $\text{M-O}$ 結合を形成し、結果として水酸化物が両性を示すのです。
第3周期の元素について、酸化物の酸塩基性の変化を電荷密度の観点で整理します。
| 元素 | イオンと電荷 | $r$(pm) | $z/r$(pm${}^{-1}$) | 酸化物の性質 |
|---|---|---|---|---|
| Na | $\text{Na}^+$ | 102 | 0.010 | 塩基性($\text{Na}_2\text{O}$) |
| Mg | $\text{Mg}^{2+}$ | 72 | 0.028 | 塩基性($\text{MgO}$) |
| Al | $\text{Al}^{3+}$ | 54 | 0.056 | 両性($\text{Al}_2\text{O}_3$) |
| Si | $\text{Si}^{4+}$ | 40 | 0.100 | 酸性($\text{SiO}_2$) |
| P | $\text{P}^{5+}$ | 38 | 0.132 | 酸性($\text{P}_4\text{O}_{10}$) |
| S | $\text{S}^{6+}$ | 29 | 0.207 | 酸性($\text{SO}_3$) |
| Cl | $\text{Cl}^{7+}$ | 27 | 0.259 | 酸性($\text{Cl}_2\text{O}_7$) |
高校化学でも「周期表の左側は塩基性酸化物、右側は酸性酸化物、中間が両性酸化物」と習いますが、 その理由が電荷密度の単調増加にあることがわかります。 左に行くほど電荷 $z$ が小さくイオン半径 $r$ が大きいので $z/r$ が小さく(塩基性)、 右に行くほど $z$ が大きく $r$ が小さいので $z/r$ が大きくなります(酸性)。 Al はちょうどこの境界に位置しているのです。
高校では Al, Zn, Sn, Pb の4つを両性金属として覚えますが、 実際にはこの4つ以外にも両性水酸化物を持つ金属は存在します。 たとえば $\text{Cr}^{3+}$($r = 62$ pm, $z/r = 0.048$)の水酸化物 $\text{Cr(OH)}_3$ は両性で、 $\text{NaOH}$ に溶けて $[\text{Cr(OH)}_4]^-$(緑色)を生成します。
高校で4つに限定しているのは、大学入試で出題される範囲を明確にするためです。 大学の無機化学では、電荷密度を使ってより多くの金属の水酸化物の性質を体系的に理解します。
Q1. 金属イオンの「電荷密度」とは何か、定義を述べてください。また、電荷密度が大きい金属イオンが強いルイス酸である理由を説明してください。
Q2. $[\text{Al(H}_2\text{O)}_6]^{3+}$ が酢酸と同程度の酸として振る舞う理由を、電荷密度の概念を使って説明してください。
Q3. $\text{Al(OH)}_3 + \text{OH}^- \rightarrow [\text{Al(OH)}_4]^-$ の反応で、ルイス酸とルイス塩基はそれぞれどれですか。
Q4. 第3周期で Na, Mg, Al, Si と進むにつれて酸化物の性質が塩基性から酸性に変化する理由を、電荷密度を使って説明してください。
次の金属イオンについて、電荷密度 $z/r$ を計算し、値が大きい順に並べてください。 イオン半径はそれぞれ $\text{K}^+$:138 pm、$\text{Mg}^{2+}$:72 pm、$\text{Al}^{3+}$:54 pm とします。
$z/r(\text{K}^+) = 1/138 = 0.0072 \; \text{pm}^{-1}$
$z/r(\text{Mg}^{2+}) = 2/72 = 0.028 \; \text{pm}^{-1}$
$z/r(\text{Al}^{3+}) = 3/54 = 0.056 \; \text{pm}^{-1}$
大きい順:$\text{Al}^{3+}$(0.056)> $\text{Mg}^{2+}$(0.028)> $\text{K}^+$(0.0072)
同じ周期でも、電荷 $z$ が大きくイオン半径 $r$ が小さいほど電荷密度は大きくなります。$\text{Al}^{3+}$ の電荷密度が最も大きく、ルイス酸性も最も強いため、$\text{Al(OH)}_3$ は両性を示します。
$\text{Cr}^{3+}$ のイオン半径は 62 pm です。
(a) $\text{Cr}^{3+}$ の電荷密度 $z/r$ を計算してください。
(b) この値をセクション4の表と比較して、$\text{Cr(OH)}_3$ が両性を示すかどうかを予測し、その理由を説明してください。
(a) $z/r(\text{Cr}^{3+}) = 3/62 = 0.048 \; \text{pm}^{-1}$
(b) この値は $\text{Fe}^{3+}$(0.046)や $\text{Al}^{3+}$(0.056)に近く、両性の範囲内にあると予測できます。実際に $\text{Cr(OH)}_3$ は両性を示し、$\text{NaOH}$ に溶けて $[\text{Cr(OH)}_4]^-$ を生成します。電荷密度が中間にあるため、$\text{Cr}^{3+}$ はルイス酸として追加の $\text{OH}^-$ を受け入れる能力を持ちます。
$\text{Cr}^{3+}$ は d${}^3$ の電子配置を持ちますが、$\text{Fe}^{3+}$(d${}^5$)と異なり、空のd軌道を持つため $\text{OH}^-$ の配位を受け入れやすい傾向があります。電荷密度の予測と実際の挙動が一致するケースです。
$\text{NaOH}$ 水溶液に $\text{AlCl}_3$ 水溶液を少しずつ加えていくと、 最初は沈殿が生じませんが、ある時点から白色沈殿が生成します。 この過程を、ルイス酸塩基の概念と電荷密度を用いて説明してください。
$\text{NaOH}$ が過剰な状態では、$\text{Al}^{3+}$ は $\text{OH}^-$ をルイス塩基として4個配位させ、可溶性の $[\text{Al(OH)}_4]^-$ を形成しています($\text{Al}^{3+}$ の電荷密度が十分に大きく、ルイス酸として追加の $\text{OH}^-$ を受け入れるため)。
$\text{AlCl}_3$ を加えていくと溶液中の $\text{OH}^-$ 濃度が低下し、$[\text{Al(OH)}_4]^-$ の平衡が $\text{Al(OH)}_3$ 側に移動します。$\text{OH}^-$ が不足すると4個目の $\text{OH}^-$ を配位させ続けることができなくなり、不溶性の $\text{Al(OH)}_3$ が沈殿として析出します。
$\text{Be}^{2+}$ のイオン半径は 45 pm であり、$\text{Be(OH)}_2$ は両性を示すことが知られています。
(a) $\text{Be}^{2+}$ の電荷密度を計算してください。
(b) $\text{Be}^{2+}$ が高校で「両性金属」として教えられない理由として考えられることを述べてください。
(c) $\text{Be}^{2+}$ と $\text{Al}^{3+}$ は周期表上で対角線関係(diagonal relationship)にあります。電荷密度の観点から、この関係を説明してください。
(a) $z/r(\text{Be}^{2+}) = 2/45 = 0.044 \; \text{pm}^{-1}$
(b) ベリリウムは天然の存在量が少なく、化合物は毒性が高いため、高校化学の実験で扱うことが難しい元素です。大学入試でも出題頻度が低いため、高校の「両性金属」のリストには含まれていません。しかし化学的には、$\text{Be(OH)}_2$ は酸にも塩基にも溶ける典型的な両性水酸化物です。
(c) $\text{Be}^{2+}$($z/r = 0.044$)と $\text{Al}^{3+}$($z/r = 0.056$)の電荷密度は近い値を持っています。周期表で一つ右・一つ下に移動すると、電荷 $z$ は1増えますがイオン半径 $r$ も大きくなるため、$z/r$ の変化が互いにある程度打ち消し合います。その結果、対角線上の元素は似た電荷密度を持ち、水酸化物の両性など類似した化学的性質を示します。これが対角線関係の電荷密度による説明です。