高校化学では、異性体を「構造異性体」「幾何異性体(シス/トランス)」「光学異性体(鏡像異性体)」の3種類に分けて学びます。
不斉炭素原子を持つ分子が鏡像異性体を生じることも学びますが、2つの鏡像異性体を区別する体系的な命名法は扱いません。
大学化学では、この分類体系に配座異性体($\sigma$ 結合の回転によって生じる立体構造の違い)を加えて異性体の全体像を完成させます。
さらに、R/S表記という規則を導入することで、鏡像異性体の一方を他方から一意に区別して命名できるようになります。
配座異性体の理解にはニューマン投影式という見方が、R/S表記にはCIP優先順位規則という約束が、それぞれ鍵になります。
高校化学では、分子式が同じでも構造や性質が異なる分子を異性体と呼び、次の3種類に分類します。
高校では、これら3種類の異性体を個別に判定する力が求められます。 構造式を書いて構造異性体を数え上げ、二重結合があればシス/トランスを判定し、不斉炭素原子があれば光学異性体が存在すると判断します。
しかし、この3分類には抜け落ちている視点があります。 1つ目は、$\sigma$ 結合(単結合)のまわりの回転によって生じる立体構造の違いです。 2つ目は、鏡像異性体を区別して命名する方法です。 たとえばアラニン(2-アミノプロパン酸)の鏡像異性体は2つありますが、高校ではこの2つに名前をつけて区別する手段がありません。 次のセクションでは、大学の視点がこれらの問題をどう解決するかを確認します。
大学化学では、高校の3分類を包含する異性体の体系的な分類を用います。 まず、異性体を大きく「構造異性体」と「立体異性体」に分けます。 立体異性体(原子のつながり方は同じだが空間配置が異なる)をさらに細分すると、幾何異性体と光学異性体に加えて、配座異性体という新しいカテゴリーが現れます。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 異性体を「構造異性体」と「立体異性体」に分け、立体異性体をさらに「配置異性体」と「配座異性体」に分類できる
2. エタンの $\sigma$ 結合の回転によって生じる配座異性体(ねじれ形と重なり形)をニューマン投影式で表現できる
3. ねじれ形が重なり形より安定である理由をエネルギーの観点から説明できる
4. CIP優先順位規則を適用して、不斉炭素原子上の置換基に優先順位をつけられる
5. R/S表記を用いて鏡像異性体を一意に命名できる
まず、高校では扱わない「配座異性体」を導入し、それを視覚化するニューマン投影式を学びます。 次に、配座とエネルギーの関係を定量的に考えます。 その後、R/S表記の基礎となるCIP優先順位規則を導入し、鏡像異性体の命名を実践します。
📖 第2章 §2で学んだ通り、$\sigma$ 結合は結合軸のまわりに電子密度が円筒対称に分布しています。 このため、$\sigma$ 結合を軸として一方の原子団を回転させても、結合の重なり(軌道の重なり)は変わらず、結合は切れません。
一方、$\pi$ 結合は結合軸の上下に電子密度が分布しているため、結合軸のまわりに回転すると軌道の重なりが壊れ、結合が切れてしまいます。 これが、二重結合のまわりでシス/トランス異性体が存在する理由です。二重結合は $\sigma$ 結合と $\pi$ 結合の組み合わせであり、$\pi$ 結合が回転を阻止しています。
単結合($\sigma$ 結合のみ)では回転が可能なので、回転角度に応じてさまざまな立体配置が生じます。 この回転角度を二面角(dihedral angle)と呼び、$\sigma$ 結合の回転によって生じる異なる立体構造を配座異性体(conformational isomers, conformers)と呼びます。
配座異性体の最も単純な例として、エタン $\text{C}_2\text{H}_6$ を考えます。 エタンのC-C結合は $\sigma$ 結合なので、このまわりの回転は自由です。 回転角度(二面角)を変えると、一方の $\text{CH}_3$ 基上の水素ともう一方の $\text{CH}_3$ 基上の水素の相対的な位置関係が変わります。
代表的な配座として、次の2つがあります。
配座異性体は、幾何異性体や光学異性体と異なり、結合を切らずに相互変換できます。 室温では $\sigma$ 結合の回転は非常に速く進むため、配座異性体を個別に単離することは通常できません。 しかし、分子がどの配座をとりやすいかは、反応性や物性に影響を与えます。
配座の違いを視覚化するために、大学化学ではニューマン投影式(Newman projection)を使います。 これは、C-C結合を真正面から(結合軸に沿って)眺めた投影図です。
ニューマン投影式の描き方は次の通りです。
エタンのニューマン投影式を、ねじれ形と重なり形のそれぞれについて文字で表現すると次のようになります。
ねじれ形:手前のH(中心から上・右下・左下の3方向)と奥のH(円から右上・下・左上の3方向)が互い違いの位置にある。前後のH-C-C-H二面角はすべて $60{}^\circ$ です。
重なり形:手前のHと奥のHがすべて同じ方向に重なっている。前後のH-C-C-H二面角はすべて $0{}^\circ$ です。
$\sigma$ 結合の回転角度を二面角 $\phi$ と呼びます。ある置換基を基準にして、手前の炭素の置換基と奥の炭素の置換基がなす角度です。
二面角は人間が定義した測定量であり、$0{}^\circ$ から $360{}^\circ$ まで連続的に変化します。 ニューマン投影式は、この二面角を視覚的に読み取るための投影法です。
ニューマン投影式を使うと、任意の二面角での配座を一目で把握できます。 次のセクションでは、このねじれ形と重なり形のエネルギー差を定量的に考え、分子がどの配座を好むかを理解します。
$\sigma$ 結合は「自由に」回転できると述べましたが、回転にまったくエネルギーが要らないわけではありません。 実験(赤外分光法や熱容量の測定)によると、エタンのC-C結合の回転には約 $12 \; \text{kJ/mol}$ のエネルギー障壁があることがわかっています。
この障壁は、二面角によるポテンシャルエネルギーの変化として表されます。 二面角 $\phi$ を $0{}^\circ$ から $360{}^\circ$ まで変化させると、エネルギーは周期的に変動します。
つまり、ねじれ形は重なり形よりも約 $12 \; \text{kJ/mol}$ だけエネルギーが低く、安定です。 この差を回転障壁(torsional barrier)と呼びます。
重なり形でエネルギーが高くなる原因は、主に次の2つです。
エタンの場合、回転障壁 $12 \; \text{kJ/mol}$ は3組のH-H重なりに由来するので、1組あたり約 $4 \; \text{kJ/mol}$ です。
分子は $\sigma$ 結合のまわりで回転し、さまざまな配座をとりますが、すべての配座が等しく安定ではありません。
ねじれ形は、前後の置換基が互い違いに配置されることで立体的な反発が最小化され、かつ超共役による安定化が最大になるため、エネルギーが最も低くなります。
重なり形は、立体反発が最大で超共役による安定化が最小であるため、エネルギーが最も高くなります。
室温($298 \; \text{K}$)では、熱エネルギー $RT \approx 2.5 \; \text{kJ/mol}$ に対して回転障壁は $12 \; \text{kJ/mol}$ ですが、$\sigma$ 結合の回転は毎秒 $10^{10}$ 回以上の速さで起こっています。分子は障壁を容易に超えつつも、ねじれ形で過ごす時間が重なり形で過ごす時間よりも長くなります。
エタンの次の段階として、ブタン $\text{CH}_3\text{CH}_2\text{CH}_2\text{CH}_3$ のC2-C3結合まわりの回転を考えます。 この場合、手前と奥の置換基にはHだけでなく $\text{CH}_3$ 基が含まれるため、配座のエネルギー差が複雑になります。
C2-C3結合について、ニューマン投影式で $\text{CH}_3$ 基の相対位置を考えると、ねじれ形にも2種類あることがわかります。
ゴーシュ形がアンチ形より不安定なのは、$\text{CH}_3$ 基どうしの立体反発(ゴーシュ相互作用)のためです。 $\text{CH}_3$ 基は水素よりも大きいため、$60{}^\circ$ の角度で接近すると反発が生じます。
同様に、重なり形にも2種類あります。 2つの $\text{CH}_3$ 基が完全に重なる配座(二面角 $0{}^\circ$)は、最もエネルギーが高い配座で、$\text{CH}_3$ 基が $\text{H}$ と重なる配座よりもさらに約 $11 \; \text{kJ/mol}$ 不安定です。
配座の安定性の議論は、直鎖分子だけでなく環状分子にも適用されます。 たとえばシクロヘキサン $\text{C}_6\text{H}_{12}$ は、すべてのC-C結合がねじれ形をとれるいす形配座が最も安定です。 いす形では、隣接する炭素上の水素がすべて互い違いに配置されており、ニューマン投影式で確認するとすべてのC-C結合がねじれ形になっていることがわかります。
一方、すべてのC-C結合が重なり形になる舟形配座は、いす形より約 $30 \; \text{kJ/mol}$ 不安定です。 高校ではシクロヘキサンの「いす形」と「舟形」という用語を学びますが、配座解析の道具を使うことで、なぜいす形が安定なのかを定量的に理解できます。
ここまでで、$\sigma$ 結合の回転に伴う配座異性体と、それを可視化するニューマン投影式、そしてエネルギーによる配座の安定性の序列を学びました。 次に、高校で学んだ光学異性体(鏡像異性体)を体系的に命名するための R/S表記を導入します。 配座異性体が $\sigma$ 結合の「回転の自由度」に関する議論であったのに対し、R/S表記は不斉炭素原子の「置換基の空間配置」に関する議論です。
高校化学では、不斉炭素原子(4つの異なる置換基が結合した炭素)を持つ分子には鏡像異性体が存在することを学びます。 しかし、2つの鏡像異性体を区別する方法として高校で使えるのは、偏光面を右に回す(+、$d$ 体)か左に回す($-$、$l$ 体)かという実験的な区別だけです。 この方法には、構造を見ただけではどちらが $d$ 体か $l$ 体かわからないという問題があります。実際に偏光計で測定しないとわかりません。
大学化学では、構造だけから一意に決まる命名法として R/S表記を導入します。 R/S表記はCIP優先順位規則(Cahn-Ingold-Prelog priority rules)に基づく規約であり、実験を行わなくても構造式を見ればR体かS体かを判定できます。
誤解:R体は偏光を右に回す($d$ 体)に対応し、S体は偏光を左に回す($l$ 体)に対応する。
正しい理解:R/S表記は置換基の空間配置の規約であり、$d$/$l$(偏光面の回転方向)とは独立の概念です。 R体が偏光を右に回すとは限りません。たとえば ($R$)-グリセルアルデヒドは $d$ 体($(+)$ 体)ですが、($R$)-アラニンは $l$ 体($(-)$ 体)です。 R/S は構造から決まる規約であり、$d$/$l$ は実験で測定する物理量です。両者の間に一般的な対応関係はありません。
R/S表記の最初のステップは、不斉炭素原子に結合している4つの置換基に優先順位をつけることです。 優先順位は、以下のCIP規則によって決まります。 これは自然法則ではなく、IUPAC(国際純正・応用化学連合)が採択した規約(人間が定めたルール)です。
規則1(原子番号):不斉炭素原子に直接結合している原子の原子番号が大きいほど優先順位が高い。
例:$\text{I} \;(53) > \text{Br} \;(35) > \text{Cl} \;(17) > \text{S} \;(16) > \text{O} \;(8) > \text{N} \;(7) > \text{C} \;(6) > \text{H} \;(1)$
規則2(第2原子以降):最初の原子で決まらない場合、その先に結合している原子(第2原子、第3原子...)を順に比較する。最初に差がついた時点で優先順位が決まる。
例:$-\text{CH}_2\text{OH}$ と $-\text{CH}_3$ は、第1原子がいずれも C で同じ。第2原子を比較すると、$\text{O} > \text{H}$ なので $-\text{CH}_2\text{OH}$ の方が優先順位が高い。
規則3(多重結合の扱い):二重結合や三重結合は、結合先の原子が複数個あるものとして扱う。たとえば $\text{C}=\text{O}$ の炭素側から見ると、O が2個結合しているのと同等に扱う。
CIP規則は、R. S. Cahn、C. K. Ingold、V. Prelog の3名が提案した規約です。この規則自体は自然法則ではなく、立体化学を体系的に記述するために人間が定めた約束事です。
CIP優先順位規則で4つの置換基に順位をつけたら(優先順位の高い方から 1, 2, 3, 4 とする)、次の手順で R か S かを決定します。
R/S表記の決定は、常に同じ3ステップで行います。
Step 1:CIP規則で4つの置換基に優先順位をつける(原子番号→第2原子→多重結合の順で適用)。
Step 2:優先順位が最も低い置換基(4番)を奥に向ける。
Step 3:1→2→3 の回転方向を見て、時計回りなら (R)、反時計回りなら (S) と命名する。
ここまでで、CIP優先順位規則とR/S決定手順を導入しました。 次のセクションでは、具体的な分子を使ってこの手順を実践し、R/S表記がどのように使われるかを確認します。
アラニンの構造式は $\text{CH}_3\text{CH}(\text{NH}_2)\text{COOH}$ です。 中央の炭素(C2)に結合している4つの置換基は $-\text{NH}_2$、$-\text{COOH}$、$-\text{CH}_3$、$-\text{H}$ です。 C2は不斉炭素原子です。
Step 1:CIP優先順位の決定
C2に直接結合している原子を確認します。
規則1(原子番号)により、$\text{N}(7) > \text{C}(6) > \text{H}(1)$ なので、$-\text{NH}_2$ が最高順位(1番)、$-\text{H}$ が最低順位(4番)です。 残る $-\text{COOH}$ と $-\text{CH}_3$ は、いずれも第1原子が C で同じなので、規則2を適用します。
$-\text{COOH}$ の第2原子:O, O, (O)($\text{C}=\text{O}$ は規則3により O が2つと同等)→ O, O, O
$-\text{CH}_3$ の第2原子:H, H, H
O(8) > H(1) なので、$-\text{COOH}$ > $-\text{CH}_3$ です。
まとめると、優先順位は次の通りです。
| 優先順位 | 置換基 | 判定理由 |
|---|---|---|
| 1(最高) | $-\text{NH}_2$ | 第1原子が N(原子番号 7) |
| 2 | $-\text{COOH}$ | 第1原子は C だが、第2原子に O を持つ |
| 3 | $-\text{CH}_3$ | 第1原子は C、第2原子は H のみ |
| 4(最低) | $-\text{H}$ | 原子番号 1 |
Step 2:4番($-\text{H}$)を奥に向ける。
Step 3:残り3つ($-\text{NH}_2$ → $-\text{COOH}$ → $-\text{CH}_3$)の回転方向を見て、R/S を判定します。
天然に存在するアラニン(L-アラニン)の場合、1→2→3 は反時計回りになるので (S)-アラニンと命名されます。 その鏡像異性体は (R)-アラニンです。
2-ブロモブタンの構造式は $\text{CH}_3\text{CHBrCH}_2\text{CH}_3$ です。 C2に結合している4つの置換基は $-\text{Br}$、$-\text{CH}_2\text{CH}_3$、$-\text{CH}_3$、$-\text{H}$ です。
Step 1:CIP優先順位の決定
優先順位:$-\text{Br}$(1) > $-\text{CH}_2\text{CH}_3$(2) > $-\text{CH}_3$(3) > $-\text{H}$(4)
Step 2:4番($-\text{H}$)を奥に向けます。
Step 3:$-\text{Br}$ → $-\text{CH}_2\text{CH}_3$ → $-\text{CH}_3$ の順にたどったとき、時計回りなら (R)、反時計回りなら (S) です。 具体的にどちらになるかは、分子の立体配置(くさび形結合やハッチング結合の書き方)に依存します。
問題を解くとき、構造式で4番の置換基が手前に描かれている場合があります。 この場合、そのまま1→2→3の回転方向を読み取ると、R/Sが逆になります。
対処法は2つあります。
分子に不斉炭素原子が $n$ 個あるとき、立体異性体は最大 $2^n$ 個存在します。 各不斉炭素原子について独立にR/Sが決まるため、たとえば不斉炭素原子が2つある分子では、(R,R)、(R,S)、(S,R)、(S,S) の4種類の立体異性体が考えられます。
このうち鏡像異性体の関係にあるのは (R,R) と (S,S)、および (R,S) と (S,R) のペアです。 一方、(R,S) と (R,R) のように、一部のR/Sだけが異なるものはジアステレオマーと呼ばれます。 ジアステレオマーは鏡像関係にない立体異性体であり、融点や溶解度などの物理的性質が異なります。
高校化学でも酒石酸の異性体として「メソ体」を学ぶことがありますが、メソ体は分子内に対称面を持つために光学不活性になる (R,S) 型の化合物です。 R/S表記を使うことで、メソ体がなぜ光学不活性なのかを構造的に説明できます。
タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、グリシン($-\text{H}$ が2つで不斉炭素を持たない)を除く19種類はすべて不斉炭素原子を持ちます。 天然のアミノ酸はすべて L体ですが、R/S表記ではほぼすべてが (S) 体です。 唯一の例外はシステイン($-\text{CH}_2\text{SH}$ を持つ)で、硫黄の原子番号(16)が高いため、CIP規則での優先順位が変わり、L-システインは (R) 体になります。
この事実は、R/S表記が構造の幾何学的配置のみに基づく規約であり、生物学的な分類(L/D 体)とは独立であることを端的に示しています。
Q1. 配座異性体と幾何異性体(シス/トランス異性体)の違いを、結合の種類に着目して説明してください。
Q2. エタンのニューマン投影式において、ねじれ形と重なり形のどちらがエネルギー的に安定ですか。その理由を簡潔に述べてください。
Q3. CIP優先順位規則で、$-\text{OH}$、$-\text{NH}_2$、$-\text{CH}_3$、$-\text{H}$ の4つの置換基を優先順位の高い順に並べてください。
Q4. R/S表記の決定において、「4番の置換基が手前に来ている」場合、1→2→3 が時計回りに見えたら (R) と (S) のどちらですか。
次の異性体の種類をそれぞれ答えてください。「構造異性体」「幾何異性体」「光学異性体(鏡像異性体)」「配座異性体」のいずれかで答えること。
(a) ブタンとイソブタン(2-メチルプロパン)
(b) シス-2-ブテンとトランス-2-ブテン
(c) エタンのねじれ形とエタンの重なり形
(d) (R)-アラニンと(S)-アラニン
(a) 構造異性体 ── 原子のつながり方(結合の仕方)が異なる。
(b) 幾何異性体 ── 二重結合まわりの置換基の配置が異なる。
(c) 配座異性体 ── $\sigma$ 結合の回転角度が異なる。
(d) 光学異性体(鏡像異性体) ── 鏡像関係にあり重ね合わせられない。
次の各組の置換基について、CIP優先順位規則に基づいて優先順位の高い方を答え、その判定理由を述べてください。
(a) $-\text{Cl}$ と $-\text{Br}$
(b) $-\text{CH}_2\text{OH}$ と $-\text{CHO}$
(c) $-\text{CH}_2\text{CH}_2\text{CH}_3$ と $-\text{CH}(\text{CH}_3)_2$
(a) $-\text{Br}$ が優先。Br(35) > Cl(17) で、規則1(原子番号)により判定。
(b) $-\text{CHO}$ が優先。いずれも第1原子は C。$-\text{CHO}$ は $\text{C}=\text{O}$ を含むため、規則3により O が2個と同等に扱われ、第2原子は (O, O, H)。$-\text{CH}_2\text{OH}$ の第2原子は (O, H, H)。最初の原子は同じ O だが、2番目の原子で O(8) > H(1) となり、$-\text{CHO}$ の方が優先順位が高い。
(c) $-\text{CH}(\text{CH}_3)_2$ が優先。いずれも第1原子は C。第2原子を比較すると、$-\text{CH}(\text{CH}_3)_2$ は (C, C, H)、$-\text{CH}_2\text{CH}_2\text{CH}_3$ は (C, H, H)。CIP規則では第2原子を原子番号の大きい順に並べて比較するため、2番目の原子で C(6) > H(1) となり、$-\text{CH}(\text{CH}_3)_2$ が優先。
(b) では多重結合の扱い(規則3)がポイントです。$\text{C}=\text{O}$ の C 側には O が2個結合しているのと同等に扱います。これにより、$-\text{CHO}$ の C に結合しているとみなす原子は O, O, H となり、$-\text{CH}_2\text{OH}$ の O, H, H よりも優先されます。
(c) では「枝分かれ」が優先順位を上げる点に注意が必要です。直鎖の方が長くても、分岐点で比較する第2原子の集合が重要です。
2-ブロモブタン $\text{CH}_3\text{CHBrCH}_2\text{CH}_3$ の不斉炭素原子(C2)について、以下の問いに答えてください。
(a) C2に結合している4つの置換基を、CIP優先順位の高い順に並べてください。
(b) ある立体異性体で、4番を奥にして見たとき 1→2→3 が時計回りでした。この立体異性体のR/S表記を答えてください。
(c) (b)の鏡像異性体のR/S表記を答えてください。
(a) $-\text{Br}$(1) > $-\text{CH}_2\text{CH}_3$(2) > $-\text{CH}_3$(3) > $-\text{H}$(4)
Br(35) が最高、H(1) が最低。$-\text{CH}_2\text{CH}_3$ と $-\text{CH}_3$ はいずれも第1原子が C(6) で同じ。第2原子は $-\text{CH}_2\text{CH}_3$ が (C, H, H)、$-\text{CH}_3$ が (H, H, H) であり、C(6) > H(1) より $-\text{CH}_2\text{CH}_3$ が優先。
(b) (R)-2-ブロモブタン。4番を奥にして 1→2→3 が時計回りなので (R) です。
(c) (S)-2-ブロモブタン。鏡像異性体では R/S が反転します。
ブタン $\text{CH}_3\text{CH}_2\text{CH}_2\text{CH}_3$ のC2-C3結合まわりの配座について、以下の問いに答えてください。
(a) 二面角 $0{}^\circ$ から $360{}^\circ$ の範囲で、エネルギー極小となる配座をすべて挙げ、それぞれの名称を答えてください。
(b) (a)で挙げた配座のうち、最も安定なものはどれですか。その理由を述べてください。
(c) エタンの回転障壁($12 \; \text{kJ/mol}$)を1組のH-H重なりあたり約 $4 \; \text{kJ/mol}$ として、ブタンの二面角 $0{}^\circ$(2つの $\text{CH}_3$ 基が完全に重なる配座)におけるエネルギーが最も高くなる理由を、定性的に説明してください。
(a) エネルギー極小はねじれ形の位置($60{}^\circ, 180{}^\circ, 300{}^\circ$)にあります。
(b) アンチ形が最も安定です。ゴーシュ形では2つの $\text{CH}_3$ 基が $60{}^\circ$ の近い角度にあるため、$\text{CH}_3$ 基どうしの立体反発(ゴーシュ相互作用)が生じます。アンチ形では $\text{CH}_3$ 基が $180{}^\circ$ で最も離れており、この反発が最小化されます。実測値では、ゴーシュ形はアンチ形より約 $3.8 \; \text{kJ/mol}$ 不安定です。
(c) 二面角 $0{}^\circ$ では、2つの $\text{CH}_3$ 基が完全に重なります。$\text{CH}_3$ 基は H よりもはるかに大きいため、$\text{CH}_3$-$\text{CH}_3$ の重なりによる立体反発は、H-H の重なり(約 $4 \; \text{kJ/mol}$)よりも大きくなります。加えて、$\text{CH}_3$ と H の重なりも2組存在します。これらの反発の合計により、二面角 $0{}^\circ$ の重なり形は約 $19 \; \text{kJ/mol}$(実測値。アンチ形を基準としたエネルギー差)と最もエネルギーが高い配座になります。