高校化学では、プラスチックを「熱可塑性樹脂」と「熱硬化性樹脂」に分類し、代表的な合成繊維の名前と用途を覚えます。
しかし、なぜポリエチレンは柔らかくてポリスチレンは硬いのか、なぜナイロンは強靭な繊維になるのかを、分子レベルで説明することは高校の範囲では難しいところです。
大学化学では、高分子の分子構造 ── 主鎖の分岐度、側鎖のかさ高さ、分子間力の種類 ── がガラス転移温度 $T_g$ と融点 $T_m$ を決め、
この2つの温度が使用温度における物性(硬さ、透明性、弾性)を支配するという統一的な見方を学びます。
分子構造から物性を予測できるようになると、高校で個別に覚えていた知識が一つの論理でつながります。
高校化学では、合成高分子から作られるプラスチックや繊維を次のように分類して学びます。
高校ではこれらの名前、原料モノマー、重合の種類、用途を覚えます。 「熱可塑性樹脂は鎖状(線状)構造で、熱硬化性樹脂は網目(三次元)構造を持つから」という説明も学びます。 しかし、同じ熱可塑性樹脂であっても、ポリエチレンは柔らかいフィルムになり、ポリスチレンは硬くて透明な容器になります。 この違いがどこから来るのかは、高校の説明だけでは十分にわかりません。
次のセクションでは、大学の視点を導入することで、「なぜこの高分子はこの物性を示すのか」を分子構造から予測できるようになることを見ていきます。
大学化学では、高分子の物性を決める鍵が2つの温度 ── ガラス転移温度 $T_g$ と融点 $T_m$ ── にあることを学びます。 使用温度がこの2つの温度に対してどの位置にあるかによって、高分子がガラス状(硬い)なのか、ゴム状(柔らかい)なのか、液体状(流動する)なのかが決まります。 そして、$T_g$ と $T_m$ の値は高分子の分子構造 ── 主鎖の柔軟性、側鎖のかさ高さ、分子間力の強さ ── から予測できます。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. ガラス転移温度 $T_g$ の概念を説明し、使用温度と $T_g$ の関係から高分子の物性(硬い/柔らかい)を判断できる
2. 主鎖の柔軟性、側鎖のかさ高さ、分子間力の種類から $T_g$ の大小を予測できる
3. 結晶性高分子と非晶性高分子の違いを、分子鎖の構造から説明できる
4. HDPE と LDPE の物性の違いを、分岐度と結晶性の関係で説明できる
5. ナイロンが強靭な繊維になる理由を、水素結合と結晶性の観点から説明できる
物性を予測するためには、まず「ガラス転移温度 $T_g$ とは何か」を理解する必要があります。 次のセクションでこの概念を導入します。
高分子を高温から冷却していくと、ある温度で急に硬くなります。 この温度がガラス転移温度 $T_g$(glass transition temperature)です。
$T_g$ の本質は、分子鎖のミクロな運動にあります。 $T_g$ より高い温度では、高分子鎖を構成する数十個程度の原子からなるセグメント(鎖の一部分)が熱運動によって自由に動き回ります。 鎖全体が柔軟にうねるように動けるため、材料はゴム状の柔らかさを示します。
温度が $T_g$ まで下がると、セグメントの運動に必要な熱エネルギーが足りなくなり、分子鎖の運動が事実上「凍結」します。 鎖は動けなくなり、材料はガラスのように硬く、もろくなります。 これが「ガラス転移」と呼ばれる理由です。
高分子材料の物性は、使用温度 $T$ が $T_g$ と $T_m$(融点)に対してどの位置にあるかで決まります。
| 温度領域 | 状態 | 物性 |
|---|---|---|
| $T < T_g$ | ガラス状態 | 硬い、もろい、透明(非晶性の場合) |
| $T_g < T < T_m$ | ゴム状態(非晶部分が軟化) | 柔軟、弾性あり |
| $T > T_m$ | 流動状態 | 溶融して流動する(成形加工が可能) |
この分類は高分子材料の物性を考える際の基本的な枠組みです。 $T_g$ と $T_m$ はいずれも実験で測定される値であり、示差走査熱量測定(DSC)などで決定されます。 なお、完全に非晶性の高分子には $T_m$ が存在しません(結晶部分がないため融点が定義できない)。
$T_g$ は高分子の分子構造によって決まります。 鎖のセグメントが動きにくいほど、凍結に必要な温度が高くなる($T_g$ が高くなる)のが基本原理です。 具体的には、以下の3つの因子が $T_g$ を支配します。
(1) 主鎖の柔軟性
主鎖の結合まわりの回転が容易なほど、セグメントは動きやすく、$T_g$ は低くなります。 C-C 単結合は回転しやすいため、ポリエチレンのような単純な炭素主鎖は $T_g$ が低くなります($T_g \approx -120 \; {}^\circ\text{C}$)。 一方、主鎖に芳香環のような回転しにくい構造が入ると $T_g$ は上がります。
(2) 側鎖のかさ高さ
かさ高い側鎖が主鎖についていると、隣接する鎖との間で側鎖同士がぶつかり合い、鎖の回転運動を妨げます。 その結果、$T_g$ が高くなります。 ポリスチレンはベンゼン環という大きな側鎖を持つため、$T_g \approx 100 \; {}^\circ\text{C}$ と高く、室温ではガラス状態 ── 硬くて透明 ── になります。
(3) 分子間力の強さ
分子鎖間の引力が強いほど、セグメントの運動に必要なエネルギーが大きくなり、$T_g$ は高くなります。 分子間力には主に2種類あります。 ファンデルワールス力(すべての分子間にはたらく弱い引力、 📖 C-2-4 で詳しく解説)と、 水素結合(N-H...O=C のような特定の官能基間にはたらく強い引力)です。 水素結合を形成できる高分子(ナイロンなど)は、ファンデルワールス力のみの高分子(ポリエチレンなど)より $T_g$ が高くなります。
以下の表に、代表的な高分子の $T_g$ と、それを決める構造的な因子をまとめます。
| 高分子 | $T_g$ (${}^\circ\text{C}$) | $T_g$ が高い/低い理由 |
|---|---|---|
| ポリエチレン(PE) | $-120$ | 側鎖なし、分子間力は弱いファンデルワールス力のみ |
| ポリプロピレン(PP) | $-10$ | メチル基の側鎖がやや回転を制限 |
| ポリ塩化ビニル(PVC) | $80$ | C-Cl 結合の極性による強い双極子-双極子相互作用 |
| ポリスチレン(PS) | $100$ | かさ高いフェニル基(ベンゼン環)が鎖の回転を強く制限 |
| ナイロン66 | $50$ | アミド結合による分子鎖間の水素結合 |
| PET | $70$ | 主鎖の芳香環による剛直さ + エステル結合の極性 |
この表を見ると、ポリエチレン($T_g = -120 \; {}^\circ\text{C}$)は室温($\approx 25 \; {}^\circ\text{C}$)で $T_g$ を大きく超えているため、柔らかいフィルムや袋に使えます。 一方、ポリスチレン($T_g = 100 \; {}^\circ\text{C}$)は室温が $T_g$ より低いため、ガラス状態 ── 硬くて透明 ── です。 コンビニの透明な容器やCDケースがポリスチレン製であることは、この $T_g$ の値から理解できます。
$T_g$ は「分子鎖のセグメント運動が凍結する温度」です。使用温度が $T_g$ より高ければ材料は柔らかく、低ければ硬くなります。
$T_g$ を決めるのは、(1) 主鎖の柔軟性、(2) 側鎖のかさ高さ、(3) 分子間力の強さの3因子です。鎖が動きにくいほど $T_g$ は高くなります。
この原理を使えば、高分子の構造式を見ただけで、その材料が室温で硬いか柔らかいかを推論できます。
ここまでで、$T_g$ が物性を決める仕組みを理解しました。 しかし、同じポリエチレンであっても「高密度ポリエチレン(HDPE)」は硬い容器に使われ、「低密度ポリエチレン(LDPE)」は柔らかいフィルムに使われます。 $T_g$ はどちらも $-120 \; {}^\circ\text{C}$ 付近で大差がないにもかかわらず、物性が異なるのです。 この違いを説明するには、もう一つの概念 ── 結晶性 ── が必要です。
低分子の結晶(食塩やダイヤモンドなど)では、すべての分子やイオンが規則正しく配列しています。 しかし高分子では、長い鎖が完全に規則正しく並ぶことは困難です。 実際の高分子材料では、鎖が規則的に折りたたまれて並んだ結晶領域と、鎖がランダムに絡み合った非晶(アモルファス)領域が混在しています。
材料全体に占める結晶領域の割合を結晶化度と呼びます。 結晶化度は 0%(完全非晶性)から最大で 90% 程度までの値をとります。 100% にならないのは、長い高分子鎖が完全に配列することが物理的に難しいためです。
分子鎖が結晶化するためには、鎖同士が規則的に並ぶ必要があります。 そのためには、鎖の構造が規則的であることが条件です。 具体的には、次の2つの因子が結晶化のしやすさを決めます。
(1) 分岐度
主鎖から枝分かれ(分岐)が多いと、鎖が規則的に並ぶことが難しくなり、結晶化度が下がります。 これが HDPE と LDPE の違いの本質です。
(2) 立体規則性
側鎖を持つ高分子では、側鎖が主鎖に対してどちら側につくかが重要です。 側鎖がすべて同じ側につく配置(イソタクチック)は規則的に並びやすく、結晶化度が高くなります。 側鎖がランダムにつく配置(アタクチック)は不規則なため、結晶化しにくくなります。
ここで、セクション3で導入した $T_g$ の概念と結晶性の概念を組み合わせて、具体的な高分子の物性の違いを説明します。
HDPE(高密度ポリエチレン)と LDPE(低密度ポリエチレン)は、どちらもエチレン $\text{CH}_2\text{=CH}_2$ を重合して得られるポリエチレンです。 しかし、重合条件の違いにより、鎖の構造が異なります。
| 性質 | HDPE | LDPE |
|---|---|---|
| 分岐度 | ほとんど分岐なし(直鎖状) | 分岐が多い |
| 結晶化度 | 高い($60 \sim 80\%$) | 低い($40 \sim 50\%$) |
| 密度 | $0.94 \sim 0.96 \; \text{g/cm}^3$ | $0.91 \sim 0.93 \; \text{g/cm}^3$ |
| $T_m$ | $\approx 135 \; {}^\circ\text{C}$ | $\approx 110 \; {}^\circ\text{C}$ |
| 物性 | 硬い、不透明 | 柔らかい、半透明 |
| 用途 | バケツ、洗剤容器 | ラップフィルム、ポリ袋 |
HDPE の直鎖状の分子鎖は規則的に並びやすいため、結晶化度が高くなります。 結晶領域では鎖が密に詰まっているため、密度が高くなり(「高密度」の由来)、材料は硬くなります。 また、結晶領域と非晶領域の界面で光が散乱するため、不透明になります。
一方、LDPE は分岐が多いため鎖が規則的に並びにくく、結晶化度が低くなります。 非晶領域が多い分だけ鎖が自由に動ける部分が増えるため、柔らかくなります。 密度も低くなり(「低密度」の由来)、結晶と非晶の界面による光散乱が少ないため、半透明になります。
誤解:結晶は規則的な構造だから光をよく通し、透明になる。
正しい理解:高分子材料の場合、結晶領域と非晶領域が混在しており、両者の屈折率が異なるため界面で光が散乱します。結晶化度が高いほど光散乱が起きやすく、不透明になります。逆に、完全に非晶性の材料(ポリスチレン、PMMA(アクリル樹脂)など)は、光が散乱する界面がないため透明です。
ただし、結晶のサイズが可視光の波長(約 400 ~ 700 nm)より十分に小さい場合は散乱が起きず、透明になることもあります。PETボトルが透明なのは、急冷(クエンチ)によって結晶成長を抑え、微小な結晶しか形成させないためです。
ここまでで、$T_g$(セクション3)と結晶性(本セクション)の2つの概念を使って、高分子の物性を説明する枠組みが整いました。 次のセクションでは、この枠組みに分子間力の種類という観点を加え、なぜナイロンやポリエステルが繊維として優れているのかを考えます。
繊維として使うためには、材料に高い引張強度(引っ張っても切れにくい)と適度な柔軟性が必要です。 プラスチック容器の材料がそのまま繊維になるわけではありません。 繊維に適した高分子には、構造的な条件があります。
繊維の強度の鍵は、分子鎖間の強い分子間力にあります。 セクション3で、分子間力が $T_g$ を高くすることを見ました。 同じ分子間力は、繊維の引張強度にも直結します。 鎖と鎖を強くつなぎとめる力があれば、引っ張っても鎖が滑りにくく、切れにくくなるからです。
ナイロン66の分子鎖には、アミド結合 $\text{-CO-NH-}$ が繰り返し現れます。 このアミド結合の $\text{N-H}$ 基と隣接する鎖の $\text{C=O}$ 基の間に水素結合が形成されます (📖 C-2-4)。
水素結合の結合エネルギーは 1 結合あたり約 $8 \sim 20 \; \text{kJ/mol}$ であり、 ファンデルワールス力(約 $0.5 \sim 2 \; \text{kJ/mol}$)の数倍から10倍程度の強さです。 ナイロンの繰り返し単位には2つのアミド結合があり、鎖の全長にわたって多数の水素結合が規則的に並びます。 この密な水素結合ネットワークが、ナイロンに高い引張強度を与えています。
さらに、水素結合は方向性を持ちます。 N-H...O=C の結合は特定の方向にしか形成されないため、分子鎖が規則的に配列する(結晶化する)のを助けます。 繊維を紡糸する際に鎖を引き伸ばすと、水素結合の方向に鎖が配向し、結晶化度が上がります。 これによって繊維軸方向の強度がさらに向上します。
PET の分子鎖にはエステル結合 $\text{-COO-}$ とベンゼン環が交互に並んでいます。 エステル結合の $\text{C=O}$ 基は極性を持ちますが、ナイロンのような N-H 基を持たないため、鎖間に水素結合は形成されません。 鎖間の主な引力は双極子-双極子相互作用とファンデルワールス力です。
それでも PET が繊維として優れているのは、主鎖のベンゼン環が鎖に剛直さを与え、$T_g$ を高く($70 \; {}^\circ\text{C}$)保つためです。 また、ベンゼン環同士の間にはたらく $\pi$-$\pi$ スタッキング相互作用(芳香環の面同士が重なり合う引力)も、鎖間の結合を強めます。
セクション3の $T_g$ と分子間力の議論を使って、ナイロンとポリエステルの物性の違いを整理します。
| 性質 | ナイロン66 | PET |
|---|---|---|
| 鎖間の主な分子間力 | 水素結合(N-H...O=C) | 双極子-双極子 + ファンデルワールス力 |
| $T_g$ | $50 \; {}^\circ\text{C}$ | $70 \; {}^\circ\text{C}$ |
| $T_m$ | $265 \; {}^\circ\text{C}$ | $260 \; {}^\circ\text{C}$ |
| 吸水性 | 高い(アミド基が水と水素結合) | 低い(水素結合供与基がない) |
| 繊維の特徴 | 強靭、弾力性に富む、吸湿性あり | しわになりにくい、速乾性に優れる |
ナイロンの $T_g$($50 \; {}^\circ\text{C}$)が PET の $T_g$($70 \; {}^\circ\text{C}$)より低いことは、一見すると意外に思えるかもしれません。 水素結合を持つナイロンの方が $T_g$ は高そうに感じます。 しかし、ナイロンの主鎖は柔軟な $\text{-(CH}_2\text{)}_n\text{-}$ 鎖で構成されており、主鎖そのものの柔軟性が高いのです。 一方、PET は主鎖にベンゼン環を含み、この剛直さが $T_g$ を押し上げています。 $T_g$ は「セグメントの運動のしやすさ」で決まるため、分子間力だけでなく主鎖の構造も重要だということがここに表れています。
ナイロンの吸水性が高い理由も分子間力から説明できます。 アミド結合の N-H 基は水分子とも水素結合を形成するため、ナイロンは水を吸収しやすくなります。 PET にはこのような水素結合供与基がないため、吸水性が低く、「速乾性に優れる」という衣料繊維としての特徴が生まれます。
ナイロンの原理を極限まで追求した高分子がアラミド繊維(ケブラー)です。 ケブラーの主鎖はすべて芳香環とアミド結合で構成されており、主鎖の剛直さと鎖間の水素結合密度がともに極めて高くなっています。
その結果、ケブラーの引張強度は鋼鉄の約5倍(同じ重さあたり)に達し、防弾チョッキや航空機の構造材料に使われています。 これは、セクション3とセクション5で学んだ「主鎖の剛直さ」と「水素結合」の2因子を最大化した例です。
ここまでで、分子構造 → $T_g$, $T_m$ → 物性 という因果関係の全体像が見えてきました。 次のセクションでは、この枠組みを使って複数の代表的な高分子の物性を一覧し、実際に「構造から物性を予測する」練習を行います。
これまでのセクションで学んだ3つの概念 ── $T_g$(セクション3)、結晶性(セクション4)、分子間力(セクション5)── を使って、 代表的な高分子の物性を統一的に説明します。
| 高分子 | $T_g$ (${}^\circ\text{C}$) | $T_m$ (${}^\circ\text{C}$) | 結晶性 | 室温での状態 | 構造的な理由 |
|---|---|---|---|---|---|
| LDPE | $-120$ | $110$ | 低い | 柔軟なフィルム | 分岐が多く結晶化しにくい。$T_g \ll$ 室温 |
| HDPE | $-120$ | $135$ | 高い | 硬い容器 | 直鎖状で結晶化度が高い。結晶部分が硬さを与える |
| PP | $-10$ | $165$ | 高い(イソタクチック) | 硬いが軽い | メチル基の規則的配置で結晶化。密度が低い |
| PS | $100$ | なし(アタクチック) | 非晶性 | 硬い、透明 | かさ高い側鎖で $T_g$ 高い。非晶性のため透明 |
| PVC | $80$ | なし(通常非晶性) | 非晶性 | 硬い(可塑剤なし) | C-Cl の極性で分子間力が強い。$T_g >$ 室温 |
| PET | $70$ | $260$ | 半結晶性 | 繊維/透明ボトル | 芳香環の剛直さで $T_g$ 高い。急冷で透明に |
| ナイロン66 | $50$ | $265$ | 高い | 強靭な繊維 | 水素結合で鎖間結合が強い。結晶化度も高い |
| PMMA(アクリル) | $105$ | なし(通常非晶性) | 非晶性 | 硬い、高透明 | かさ高い側鎖で $T_g$ 高い。非晶性のため透明 |
例1:なぜポリスチレンは硬くて透明か。
ポリスチレンのかさ高いフェニル基が鎖の回転を妨げ、$T_g = 100 \; {}^\circ\text{C}$ と高くなります。 室温($\approx 25 \; {}^\circ\text{C}$)は $T_g$ より低いため、ガラス状態です ── 硬くてもろい性質を示します。 また、アタクチック配置のため結晶化せず、非晶性です。 結晶と非晶の界面が存在しないため、光が散乱せず透明になります。
例2:なぜPVCに可塑剤を加えると柔らかくなるか。
PVC の $T_g$ は $80 \; {}^\circ\text{C}$ であり、室温ではガラス状態で硬い材料です(水道管などに使用)。 ここに可塑剤(フタル酸エステルなどの小分子)を加えると、可塑剤が高分子鎖の間に入り込み、鎖同士の間隔を広げます。 その結果、セグメントの運動に必要なエネルギーが下がり、$T_g$ が低下します。 十分な量の可塑剤を加えると $T_g$ が室温以下になり、PVC は柔らかくなります(ラップフィルム、ホースなどに使用)。 これは、$T_g$ が物性を支配するという原理の直接的な応用例です。
例3:なぜ PET ボトルは透明なのに PET 繊維は白いか。
PET は半結晶性高分子であり、結晶化すると不透明になります。 しかし、ボトル成形の際に溶融した PET を急冷(クエンチ)すると、結晶が成長する時間が足りず、ほぼ非晶状態で固化します。 その結果、結晶-非晶界面での光散乱が起きず、透明なボトルが得られます。 一方、繊維として紡糸・延伸する際には鎖が配向して結晶化が進むため、白色不透明になります。 同じ PET でも加工条件(冷却速度、延伸の有無)によって結晶化度が変わり、物性が変化するのです。
Q1. ガラス転移温度 $T_g$ の物理的な意味を、「分子鎖のセグメント運動」という言葉を使って説明してください。
Q2. ポリエチレンの $T_g$ は $-120 \; {}^\circ\text{C}$、ポリスチレンの $T_g$ は $100 \; {}^\circ\text{C}$ です。ポリスチレンの $T_g$ が高い理由を、分子構造の観点から説明してください。
Q3. HDPE と LDPE の物性の違いを、「分岐度」と「結晶化度」の関係を使って説明してください。
Q4. ナイロン66の繊維としての強度が高い理由を、分子間力の種類に触れながら説明してください。
以下の高分子を、室温($25 \; {}^\circ\text{C}$)においてガラス状態にあるものとゴム状態にあるものに分類してください。
ポリエチレン($T_g = -120 \; {}^\circ\text{C}$)、ポリスチレン($T_g = 100 \; {}^\circ\text{C}$)、ポリプロピレン($T_g = -10 \; {}^\circ\text{C}$)、ポリ塩化ビニル($T_g = 80 \; {}^\circ\text{C}$)、PMMA($T_g = 105 \; {}^\circ\text{C}$)
ガラス状態(室温 $<$ $T_g$):ポリスチレン($T_g = 100 \; {}^\circ\text{C}$)、ポリ塩化ビニル($T_g = 80 \; {}^\circ\text{C}$)、PMMA($T_g = 105 \; {}^\circ\text{C}$)
ゴム状態(室温 $>$ $T_g$):ポリエチレン($T_g = -120 \; {}^\circ\text{C}$)、ポリプロピレン($T_g = -10 \; {}^\circ\text{C}$)
室温($25 \; {}^\circ\text{C}$)が $T_g$ より低ければガラス状態(硬い)、高ければゴム状態(柔らかい)です。ただし、ポリエチレンやポリプロピレンは結晶性が高いため、$T_g$ より上であっても結晶部分による硬さがあります。したがって「ゴム状態」とは言っても、天然ゴムのような大きな弾性変形を示すわけではなく、非晶部分が柔軟になっているという意味です。
ポリ塩化ビニル(PVC)は、可塑剤を加えない場合は水道管に使われる硬い材料ですが、可塑剤を加えると食品用ラップフィルムに使える柔らかい材料になります。 この変化を $T_g$ の概念を用いて説明してください。
可塑剤を加えない PVC の $T_g$ は約 $80 \; {}^\circ\text{C}$ であり、室温($\approx 25 \; {}^\circ\text{C}$)は $T_g$ より低いため、ガラス状態にあり硬い材料となります。
可塑剤(低分子化合物)を PVC に混合すると、可塑剤分子が高分子鎖の間に入り込み、鎖間の距離を広げます。これにより、セグメント運動に必要な自由体積が増え、分子鎖が運動しやすくなるため、$T_g$ が低下します。
十分な量の可塑剤を加えると $T_g$ が室温以下に下がり、PVC はゴム状態になって柔軟なフィルムとして使用できるようになります。
PET ボトルは透明ですが、PET 製の繊維(ポリエステル繊維)は白色不透明です。 同じ PET から作られているにもかかわらず外観が異なる理由を、結晶化度の概念を用いて説明してください。
PET は半結晶性高分子であり、結晶化度が高くなると結晶領域と非晶領域の屈折率の違いにより光が散乱して不透明になります。
PET ボトルの成形では、溶融した PET を急冷(クエンチ)するため、結晶が成長する時間が十分にありません。その結果、結晶化度が極めて低い(ほぼ非晶性の)状態で固化し、光散乱が起きないため透明になります。
一方、PET 繊維は紡糸後に延伸(引き伸ばし)されます。延伸により分子鎖が繊維軸方向に配向し、結晶化が促進されます。結晶化度が高くなることで光が散乱し、白色不透明になります。
未知の高分子 X について、以下の情報が得られました。
(a) この高分子の $T_g$ は高いと予想されますか、低いと予想されますか。理由を2つ挙げて説明してください。
(b) この高分子は結晶性ですか、非晶性ですか。理由を説明してください。
(c) 室温でのこの高分子の外観(硬さ、透明性)を予測してください。
(d) この高分子に該当する具体的な高分子の名前を挙げてください。
(a) $T_g$ は高いと予想されます。理由:(1) かさ高い芳香環の側鎖が隣接する鎖との間で立体的に干渉し、主鎖まわりの回転(セグメント運動)を妨げるため。(2) 芳香環は分極率が大きく、比較的強いファンデルワールス力(分散力)を生じるため、分子鎖間の引力が強くなり、セグメント運動に必要なエネルギーが大きくなるため。
(b) 非晶性です。アタクチック配置では側鎖がランダムに配置されているため、分子鎖が規則的に並ぶことができず、結晶化しません。
(c) $T_g$ が高い(室温より高い)ため、室温ではガラス状態にあり硬い材料です。また、非晶性であるため結晶-非晶界面での光散乱がなく、透明です。
(d) ポリスチレン(PS)です。側鎖のフェニル基(ベンゼン環)、アタクチック配置、$T_g \approx 100 \; {}^\circ\text{C}$、硬くて透明という性質がすべて一致します。