高校化学では、共有結合を「2つの原子が電子対を共有する結合」として学び、構造式の線1本が電子対1組に対応するものとして扱います。
二重結合は線2本、三重結合は線3本ですが、それらの「2本」や「3本」の中身が同じなのか違うのかは問われません。
大学化学では、📖 C-1-1で導入したs軌道・p軌道の形を使って、
原子軌道がどの方向から重なるかによって結合の性質が根本的に異なることを明らかにします。
軸方向に重なるσ結合と、平行に重なるπ結合を区別すると、
二重結合は「σ + π」、三重結合は「σ + 2π」であることがわかり、
さらに分子軌道法を使えば、高校化学では説明できない酸素分子 $\text{O}_2$ の常磁性まで理解できるようになります。
高校化学では、共有結合を次のように学びます。
たとえば、窒素分子 $\text{N}_2$ は三重結合を持ち、構造式では $\text{N} \equiv \text{N}$ と書きます。 酸素分子 $\text{O}_2$ は二重結合を持ち、$\text{O} = \text{O}$ と書きます。 この表記法は分子の組成や結合の数を簡潔に伝えるために十分なものです。
しかし、この扱い方にはいくつかの問いが残ります。 二重結合の「2本の線」は、どちらも同じ性質の結合なのでしょうか。 また、$\text{O}_2$ は二重結合を持つにもかかわらず、実験では磁石に引き寄せられる(常磁性を示す)ことが知られています。 電子対をすべて共有しているはずの $\text{O}_2$ に、なぜ不対電子が存在するのか ── 高校の電子式・構造式の枠組みでは、この問いに答えることができません。
次のセクションでは、原子軌道の形に立ち返ることで、これらの問いに答える道筋を示します。
大学化学では、共有結合を「電子対の共有」という抽象的な描像ではなく、 原子軌道同士の重なりという具体的な描像で理解します。 📖 C-1-1で学んだように、 s軌道は球形、p軌道はダンベル形をしており、その形と方向によって重なり方が異なります。 この重なり方の違いが、結合の性質を根本的に分けます。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 原子軌道の重なり方からσ結合とπ結合を区別し、二重結合 = σ + π、三重結合 = σ + 2π であることを説明できる
2. 2つの原子軌道が重なると、結合性軌道と反結合性軌道の2つの分子軌道が生じることを理解する
3. 結合次数 $= \frac{1}{2}($結合性電子数 $-$ 反結合性電子数$)$ を使って、結合の強さ・存在を定量的に判定できる
4. $\text{O}_2$ のMO図を構成し、2個の不対電子が存在すること(常磁性の起源)を導ける
この理解を構築するために、まず原子軌道の重なり方に基づくσ結合とπ結合の区別から始めます。
2つの原子が共有結合を形成するとき、両原子の原子核を結ぶ直線を結合軸と呼びます。 原子軌道がこの結合軸に対してどのように重なるかによって、結合は2種類に分類されます。
σ(シグマ)結合:2つの原子軌道が結合軸の方向に沿って、軸上で重なることによって形成される結合。結合軸を含む任意の平面に対して、電子密度の分布が対称(鏡像が一致)です。
π(パイ)結合:2つの原子軌道が結合軸に対して平行に並び、軸の上下(または左右)で重なることによって形成される結合。結合軸を含む1つの平面(節面)上で電子密度がゼロになります。
σとπはギリシャ文字で、それぞれs軌道・p軌道の頭文字に由来します。σ結合はs軌道のように結合軸周りに円対称であり、π結合はp軌道のように節面を持つことからこの名がつきました。これは命名の規約です。
σ結合は、軸方向の重なりによって形成されます。具体的には、次のような組み合わせが可能です。
| 軌道の組み合わせ | 重なり方 | 具体例 |
|---|---|---|
| s軌道 + s軌道 | 2つの球形の軌道が結合軸上で正面から重なる | $\text{H}_2$($1s + 1s$) |
| s軌道 + p軌道 | 球形の軌道と、ダンベルの一方のローブが正面から重なる | $\text{HF}$(H の $1s$ + F の $2p$) |
| p軌道 + p軌道(頭同士) | 2つのダンベルが結合軸方向に向き合い、ローブの先端同士が重なる | $\text{F}_2$($2p + 2p$) |
いずれの場合も、電子密度が結合軸上(2つの原子核の間)に集中しています。 これがσ結合の特徴です。軌道の重なりが大きく、一般に結合エネルギーが大きい(強い結合)ことも重要な性質です。
π結合は、2つのp軌道が結合軸に対して平行に並ぶときに形成されます。
たとえば、結合軸を $z$ 軸とします。各原子の $p_x$ 軌道は $x$ 軸方向にダンベル形をしていますが、 $z$ 軸方向には向いていないため、軸上では重なりません。 代わりに、結合軸の上下($x$ 方向)でローブ同士が平行に重なります。 この重なりがπ結合です。
同様に、$p_y$ 軌道同士の平行な重なりも別のπ結合をつくります。 一方、$p_z$ 軌道同士は結合軸方向に頭同士で重なるため、σ結合を形成します。
π結合には次の特徴があります。
σ結合とπ結合の区別を使うと、多重結合の構造を正確に記述できます。
| 結合の種類 | 内訳 | 具体例 |
|---|---|---|
| 単結合 | σ結合 1本 | $\text{H}_2$、$\text{F}_2$、$\text{C--C}$(エタン) |
| 二重結合 | σ結合 1本 + π結合 1本 | $\text{O}_2$、$\text{C=C}$(エチレン) |
| 三重結合 | σ結合 1本 + π結合 2本 | $\text{N}_2$、$\text{C} \equiv \text{C}$(アセチレン) |
高校化学で「二重結合は単結合の2倍の強さ」と漠然と感じていたかもしれませんが、実際には事情が違います。 たとえば、$\text{C--C}$ 単結合の結合エネルギーは実測値で約 346 kJ/mol、$\text{C=C}$ 二重結合は約 614 kJ/mol です。 二重結合の方が強いのは確かですが、単結合の2倍(692 kJ/mol)よりも小さい値です。 これは、追加されたπ結合がσ結合よりも弱いためです。σ結合分(約 346 kJ/mol)とπ結合分(約 268 kJ/mol)の和として理解できます。
誤解:二重結合は同じ種類の結合が2本あるもの。だから単結合の2倍の強さで、どちらの結合も同等に切れにくい。
正しい理解:二重結合はσ結合1本とπ結合1本の組み合わせです。π結合はσ結合より弱いため、化学反応ではπ結合が先に切れます。 高校化学で学ぶ「アルケンの付加反応」は、実はπ結合が切れてσ結合に変わる反応です。 二重結合が単結合より反応しやすいのは、弱いπ結合が存在するためです。
ここまでで、原子軌道の重なり方によってσ結合とπ結合が区別されること、多重結合はσ + πの組み合わせであることがわかりました。 しかし、この「原子軌道の重なり」という描像は、各原子が自分の軌道を保ったまま結合するという見方(原子価結合法、VB法と呼びます)に基づいています。 次のセクションでは、もう一歩進んで、2つの原子軌道が重なったときに何が起こるかをより正確に記述する分子軌道法(MO法)を導入します。 MO法を使うと、VB法では説明できなかった $\text{O}_2$ の常磁性が自然に導かれます。
セクション3では、各原子が自分の軌道を保ったまま重なりあうという描像でσ結合とπ結合を理解しました。 分子軌道法(Molecular Orbital theory、MO法)は、これを一段階発展させます。
MO法の基本的な考え方は次の通りです。 2つの原子が近づいて結合を形成するとき、それぞれの原子軌道は独立には存在せず、互いに混じり合って分子全体に広がった新しい軌道をつくります。 この新しい軌道を分子軌道(molecular orbital、MO)と呼びます。
重要な規則があります。$n$ 個の原子軌道を組み合わせると、必ず $n$ 個の分子軌道が生じます。 つまり、2つの原子軌道を組み合わせると、2つの分子軌道ができます。 この規則は軌道の数が保存されるということを意味しており、数学的には波動関数の線形結合に由来します。
2つの原子軌道を組み合わせてできる2つの分子軌道は、性質が正反対です。
結合性軌道(bonding orbital):2つの原子軌道が同じ符号(同じ位相)で重なります。 波動関数が強め合い、2つの原子核の間に電子密度が増加します。 電子がこの軌道に入ると、両方の原子核の正電荷に引きつけられるため、エネルギーが下がり、結合が安定化します。
反結合性軌道(antibonding orbital):2つの原子軌道が逆の符号(逆位相)で重なります。 波動関数が弱め合い、2つの原子核の間に電子密度が減少します(ちょうど中間に節面ができます)。 電子がこの軌道に入ると、原子核間の電子密度が足りなくなり、エネルギーが上がって結合を不安定化します。 反結合性軌道は記号の右肩にアスタリスク($*$)をつけて表します。
2つの原子軌道の組み合わせから、エネルギーが下がった軌道(結合性)とエネルギーが上がった軌道(反結合性)が1つずつ生じます。
結合性軌道に電子が入ると分子は安定化し、反結合性軌道に電子が入ると不安定化します。分子が実際に安定な結合を形成するかどうかは、この2種類の軌道への電子の入り方で決まります。
最も単純な例として、水素分子 $\text{H}_2$ の場合を考えます。 各水素原子は $1s$ 軌道に電子を1個ずつ持っています。
2つの $1s$ 軌道を組み合わせると、2つの分子軌道ができます。
$\text{H}_2$ には電子が合計2個あります。エネルギーの低い $\sigma_{1s}$ に2個とも入ります(パウリの排他原理により、スピンは上向きと下向きの対)。 結合性軌道だけが占有されているので、結合は安定です。
一方、仮に $\text{He}_2$(ヘリウム分子)を考えると、電子は合計4個です。 $\sigma_{1s}$ に2個、$\sigma_{1s}^*$ にも2個入ることになります。 結合性軌道による安定化と反結合性軌道による不安定化が相殺し、$\text{He}_2$ は安定な結合を形成しません。 実際、ヘリウムは単原子分子として存在します。
セクション3で学んだσ結合とπ結合の区別は、MO法にもそのまま引き継がれます。
σ型MOは結合軸上に電子密度が集中し、π型MOは結合軸上に節面を持つ、という特徴はそのまま保たれます。
ここまでで、MO法の基本的な枠組みが整いました。 原子軌道の組み合わせから結合性MOと反結合性MOが生じ、電子をエネルギーの低い方から順に詰めていく ── これがMO法の手順です。 次のセクションでは、この手順を第2周期の等核二原子分子($\text{Li}_2$ から $\text{Ne}_2$ まで)に適用し、 結合の強さを定量的に判定する結合次数という概念を導入します。
MO法において、結合の強さ・存在を定量的に判定する指標が結合次数(bond order)です。
$$\text{Bond Order} = \frac{1}{2}\left(n_{\text{b}} - n_{\text{a}}\right)$$
$n_{\text{b}}$:結合性軌道に入っている電子の数、$n_{\text{a}}$:反結合性軌道に入っている電子の数
これは人間が定めた定義です。結合性軌道の電子は結合を安定化し、反結合性軌道の電子は不安定化するので、 その差の半分をとることで「結合何本分に相当するか」を数値化しています。 結合次数が0なら安定な結合は形成されず、1なら単結合、2なら二重結合、3なら三重結合に対応します。
先ほどの例に適用すると、$\text{H}_2$ では $n_{\text{b}} = 2$、$n_{\text{a}} = 0$ なので結合次数 $= \frac{1}{2}(2 - 0) = 1$(単結合)。 $\text{He}_2$ では $n_{\text{b}} = 2$、$n_{\text{a}} = 2$ なので結合次数 $= \frac{1}{2}(2 - 2) = 0$(結合なし)。 これは実験事実と一致します。
第2周期の等核二原子分子($\text{Li}_2$、$\text{B}_2$、$\text{C}_2$、$\text{N}_2$、$\text{O}_2$、$\text{F}_2$ など)のMOを考えるには、 $2s$ 軌道と $2p$ 軌道($2p_x$、$2p_y$、$2p_z$)を組み合わせる必要があります。 各原子から4つの軌道を出すので、合計8つの分子軌道が生じます。
結合軸を $z$ 軸とすると、これらのMOは次のようにまとめられます。
| 原子軌道の組み合わせ | 生じるMO | 型 |
|---|---|---|
| $2s + 2s$ | $\sigma_{2s}$(結合性)、$\sigma_{2s}^*$(反結合性) | σ型 |
| $2p_z + 2p_z$(頭同士) | $\sigma_{2p}$(結合性)、$\sigma_{2p}^*$(反結合性) | σ型 |
| $2p_x + 2p_x$(平行) | $\pi_{2p}$(結合性)、$\pi_{2p}^*$(反結合性) | π型 |
| $2p_y + 2p_y$(平行) | $\pi_{2p}$(結合性)、$\pi_{2p}^*$(反結合性) | π型 |
$p_x$ と $p_y$ はどちらも結合軸に垂直であるため、$\pi_{2p}$ は2つが同じエネルギー(縮退している)になり、$\pi_{2p}^*$ も同様に2つが縮退します。
エネルギーの低い方から並べると、$\text{O}_2$、$\text{F}_2$ などではおおむね次の順序になります。
$\sigma_{2s}$ < $\sigma_{2s}^*$ < $\sigma_{2p}$ < $\pi_{2p}$(2つ) < $\pi_{2p}^*$(2つ) < $\sigma_{2p}^*$
$\text{Li}_2$ から $\text{N}_2$ までの分子では、$2s$ 軌道と $2p$ 軌道のエネルギー差が比較的小さいため、 $\sigma_{2s}$ と $\sigma_{2p}$ の間にs-p混合(s-p mixing)と呼ばれる相互作用が生じます。 この影響で $\sigma_{2p}$ のエネルギーが押し上げられ、$\pi_{2p}$ よりも高くなります。
つまり、$\text{N}_2$ 以前では次の順序になります。
$\sigma_{2s}$ < $\sigma_{2s}^*$ < $\pi_{2p}$(2つ) < $\sigma_{2p}$ < $\pi_{2p}^*$(2つ) < $\sigma_{2p}^*$
$\text{O}_2$ 以降では $2s$ と $2p$ のエネルギー差が大きくなり、s-p混合の影響が小さくなるため、 $\sigma_{2p}$ が $\pi_{2p}$ より下に来る通常の順序に戻ります。 本記事のセクション6で $\text{O}_2$ のMO図を構成する際には、この通常の順序を使います。
MO図への電子の配置は、原子の電子配置を決めるときと同じ規則に従います。
特に重要なのがフントの規則です。$\pi_{2p}$ や $\pi_{2p}^*$ のように縮退したMOがある場合、 電子はまず各軌道に1個ずつ、スピンを揃えて入ります。この結果、不対電子が生じることがあります。 この不対電子の有無が、分子の磁性(常磁性か反磁性か)を決定します。
ここまでで、MO図の構成方法と結合次数の計算方法が整いました。 次のセクションでは、これらの道具を $\text{O}_2$ に適用し、高校では説明できなかった常磁性を導きます。
酸素原子(O)の電子配置は $1s^2 \, 2s^2 \, 2p^4$ であり、電子数は8個です。 $\text{O}_2$ では2つのO原子から合計16個の電子をMOに配置します。
$1s$ 軌道から生じる $\sigma_{1s}$ と $\sigma_{1s}^*$ は内殻(core)であり、結合に大きく寄与しません(結合性と反結合性で2個ずつ相殺)。 実質的に重要なのは $2s$ と $2p$ から生じるMOです。配置すべき価電子は $2s^2 \, 2p^4$ の6個 $\times$ 2原子 = 12個です。
$\text{O}_2$ では $2s$-$2p$ のエネルギー差が大きいため、s-p混合の影響は小さく、MOのエネルギー順序は次の通りです。
$\sigma_{2s}$ < $\sigma_{2s}^*$ < $\sigma_{2p}$ < $\pi_{2p}$(2つ、縮退) < $\pi_{2p}^*$(2つ、縮退) < $\sigma_{2p}^*$
12個の電子をエネルギーの低い方から順に配置します。
| MO | 種類 | 電子数 | 説明 |
|---|---|---|---|
| $\sigma_{2s}$ | 結合性 | 2 | 2個で満杯 |
| $\sigma_{2s}^*$ | 反結合性 | 2 | 2個で満杯 |
| $\sigma_{2p}$ | 結合性 | 2 | 2個で満杯 |
| $\pi_{2p}$(2つ) | 結合性 | 4 | 各軌道に2個ずつ、計4個で満杯 |
| $\pi_{2p}^*$(2つ) | 反結合性 | 2 | フントの規則により、各軌道に1個ずつ(スピン平行) |
| $\sigma_{2p}^*$ | 反結合性 | 0 | 空 |
ここで決定的に重要なのは、$\pi_{2p}^*$ への電子配置です。 2つの縮退した $\pi_{2p}^*$ 軌道に電子が2個入るとき、フントの規則に従って、各軌道に1個ずつスピンを揃えて入ります。 その結果、$\text{O}_2$ には2個の不対電子が存在します。
$\text{O}_2$ のMO電子配置から結合次数を計算します($2s$ の結合性・反結合性は相殺するので、$2p$ のMOだけで数えても同じ結果になります)。
全体で数えると、結合性MOの電子数 $n_{\text{b}} = 2 + 2 + 4 = 8$、反結合性MOの電子数 $n_{\text{a}} = 2 + 2 = 4$ です。
$$\text{Bond Order} = \frac{1}{2}(8 - 4) = 2$$
結合次数2は二重結合に対応します。これは高校で学んだ $\text{O} = \text{O}$ の構造式と一致します。 MO法は構造式の結合数を再現しつつ、さらに不対電子の存在という追加情報を与えてくれます。
不対電子を持つ物質は常磁性を示します。 常磁性とは、外部磁場をかけたときに磁場の方向に弱く引き寄せられる性質です。 不対電子のスピン磁気モーメントが磁場と相互作用するために起こります。
$\text{O}_2$ は $\pi_{2p}^*$ 軌道に2個の不対電子を持つため、常磁性を示します。 これは実験事実として確かめられています。 液体酸素を強い磁石に近づけると、磁石に引き寄せられる現象が観察されます。
一方、高校化学のルイス構造式(電子式)では $\text{O}_2$ のすべての電子が対をなすように描かれるため、 この常磁性を説明することができません。 MO法は、ルイス構造式では見えなかった電子の振る舞いを正しく予測できる、より強力な理論です。
高校のルイス構造式では、$\text{O}_2$ に不対電子は存在しません。しかし実験では $\text{O}_2$ は常磁性(磁石に引き寄せられる)を示します。
MO法では、$\pi_{2p}^*$ 軌道が2つ縮退しているため、フントの規則により2個の不対電子が生じます。これが常磁性の起源です。
MO法は「ルイス構造式は近似的な描像であり、電子は原子間に局在するのではなく分子全体に広がっている」ことを教えてくれます。
MO法と結合次数を他の第2周期の等核二原子分子に適用すると、次の結果が得られます($1s$ 軌道のMOは省略し、$2s$ と $2p$ のMOのみを示します)。
| 分子 | 価電子数 | $n_{\text{b}}$ | $n_{\text{a}}$ | 結合次数 | 不対電子数 | 磁性 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| $\text{Li}_2$ | 2 | 2 | 0 | 1 | 0 | 反磁性 |
| $\text{Be}_2$ | 4 | 2 | 2 | 0 | 0 | (分子として存在しない) |
| $\text{B}_2$ | 6 | 4 | 2 | 1 | 2 | 常磁性 |
| $\text{C}_2$ | 8 | 6 | 2 | 2 | 0 | 反磁性 |
| $\text{N}_2$ | 10 | 8 | 2 | 3 | 0 | 反磁性 |
| $\text{O}_2$ | 12 | 8 | 4 | 2 | 2 | 常磁性 |
| $\text{F}_2$ | 14 | 8 | 6 | 1 | 0 | 反磁性 |
| $\text{Ne}_2$ | 16 | 8 | 8 | 0 | 0 | (分子として存在しない) |
この表から読み取れることをまとめます。
このように、MO法と結合次数の概念を使えば、分子の結合の強さ、安定性、磁性を統一的に予測・説明できます。
Q1. エチレン $\text{C}_2\text{H}_4$ の炭素間の二重結合は、σ結合とπ結合がそれぞれ何本ずつですか。また、各C--H結合はσ結合とπ結合のどちらですか。
Q2. 2つの原子軌道を組み合わせると分子軌道はいくつできますか。また、それぞれの名称を答えてください。
Q3. $\text{N}_2$ の結合次数をMO法で求めてください。$\text{N}_2$ の価電子は10個で、結合性MOに8個、反結合性MOに2個が入ります。
Q4. $\text{O}_2$ がルイス構造式の予測に反して常磁性を示すのはなぜですか。MO法の観点から説明してください。
次の各分子について、σ結合とπ結合の本数をそれぞれ答えてください。
(a) $\text{H}_2$
(b) $\text{O}_2$
(c) $\text{N}_2$
(d) $\text{C}_2\text{H}_2$(アセチレン)
(a) $\text{H}_2$:σ結合 1本、π結合 0本。単結合はすべてσ結合です。
(b) $\text{O}_2$:σ結合 1本、π結合 1本。二重結合 = σ + π です。
(c) $\text{N}_2$:σ結合 1本、π結合 2本。三重結合 = σ + 2π です。
(d) $\text{C}_2\text{H}_2$:σ結合 3本(C-C間1本 + C-H間2本)、π結合 2本(C$\equiv$C の三重結合のうち2本がπ)。
$\text{C--C}$ 単結合の結合エネルギーは 346 kJ/mol、$\text{C=C}$ 二重結合の結合エネルギーは 614 kJ/mol です。
(a) $\text{C=C}$ 二重結合におけるπ結合の結合エネルギーを概算してください。
(b) π結合のエネルギーがσ結合のエネルギーの何%にあたるか計算してください。
(c) この結果は、アルケンの付加反応のしやすさとどのように関係しますか。
(a) 二重結合 = σ + π なので、π結合の結合エネルギーは次のように概算できます。
$$E_\pi \approx E(\text{C=C}) - E(\text{C--C}) = 614 - 346 = 268 \; \text{kJ/mol}$$
(b) σ結合に対するπ結合の割合は次の通りです。
$$\frac{268}{346} \times 100 = 77.5\%$$
π結合のエネルギーはσ結合の約78%です。
(c) アルケンの付加反応では、π結合が切れてσ結合に変わります。π結合はσ結合より弱い(268 kJ/mol vs 346 kJ/mol)ため、比較的小さなエネルギーでπ結合を切断でき、反応が進みやすくなります。一方、σ結合だけの単結合(アルカン)は安定で、付加反応は起こりません。
$\text{O}_2^+$(酸素分子の陽イオン)の結合次数を求め、$\text{O}_2$ と比べて結合が強くなるか弱くなるか予測してください。 また、$\text{O}_2^+$ は常磁性と反磁性のどちらですか。
$\text{O}_2^+$ は $\text{O}_2$ から電子を1個取り除いたものです。$\text{O}_2$ では最もエネルギーの高い占有MOは $\pi_{2p}^*$ なので、ここから1個取り除きます。
$\text{O}_2^+$ の電子配置:$n_{\text{b}} = 8$($\text{O}_2$ と同じ)、$n_{\text{a}} = 3$($\text{O}_2$ の4から1個減)。
$$\text{Bond Order} = \frac{1}{2}(8 - 3) = 2.5$$
結合次数は $\text{O}_2$(2.0)より大きいため、$\text{O}_2^+$ の方が結合が強くなります。実測の結合エネルギーも $\text{O}_2^+$(643 kJ/mol)> $\text{O}_2$(498 kJ/mol)であり、予測と一致します。
不対電子は $\pi_{2p}^*$ に1個だけ残るので、$\text{O}_2^+$ は常磁性です。
反結合性軌道から電子を取り除くと、結合を不安定化する因子が減るため、結合次数が上がります。直感に反して「電子を減らすと結合が強くなる」ことがあるのは、MO法ならではの予測です。
次の表は第2周期の等核二原子分子の結合エネルギーの実測値です。
| 分子 | 結合エネルギー(kJ/mol) |
|---|---|
| $\text{Li}_2$ | 105 |
| $\text{B}_2$ | 290 |
| $\text{C}_2$ | 602 |
| $\text{N}_2$ | 945 |
| $\text{O}_2$ | 498 |
| $\text{F}_2$ | 159 |
(a) $\text{N}_2$ から $\text{F}_2$ にかけて結合エネルギーが大きく減少する理由を、結合次数を用いて説明してください。
(b) $\text{Be}_2$ と $\text{Ne}_2$ がこの表に含まれていない理由を、MO法の観点から説明してください。
(c) ルイス構造式では $\text{B}_2$ と $\text{F}_2$ はともに単結合(結合次数1)と予測されますが、結合エネルギーは $\text{B}_2$(290 kJ/mol)> $\text{F}_2$(159 kJ/mol)と大きな差があります。この差をMO法の不対電子の有無と関連づけて考察してください。
(a) MO法で求めた結合次数は、$\text{N}_2$ が3、$\text{O}_2$ が2、$\text{F}_2$ が1です。$\text{N}_2$ から $\text{F}_2$ にかけて電子が増えますが、追加される電子は反結合性の $\pi_{2p}^*$ と $\sigma_{2p}^*$ に入ります。反結合性軌道の電子が増えるほど結合次数が下がり、結合エネルギーも減少します。
(b) $\text{Be}_2$ は価電子4個で $\sigma_{2s}$ に2個、$\sigma_{2s}^*$ に2個が入り、結合次数 $= 0$ です。$\text{Ne}_2$ は価電子16個ですべてのMOが満たされ、$n_{\text{b}} = n_{\text{a}}$ で結合次数 $= 0$ です。結合次数0は安定な結合が形成されないことを意味し、実際にこれらの分子は通常条件では存在しません。
(c) $\text{F}_2$ は結合次数1ですが、反結合性MOの $\pi_{2p}^*$ に4個の電子が入っています。これらは結合性MOの安定化効果を部分的に打ち消し、実効的な結合を弱めます。一方、$\text{B}_2$ も結合次数1ですが、反結合性MOには $\sigma_{2s}^*$ の2個のみです。$\text{F}_2$ では多くの電子が反結合性軌道を占めているため、同じ結合次数でも結合エネルギーが小さくなります。また、$\text{F}_2$ ではF原子の非共有電子対同士の電子間反発も結合を弱める要因になっています。