📖 C-6-1 では、気体分子運動論から理想気体の状態方程式 $PV = nRT$ を導出しました。
このモデルでは「分子は大きさのない点であり、分子間に力は働かない」と仮定していました。
しかし実在の気体分子には大きさがあり、分子間には引力が働きます。
高校化学ではこの違いを「実在気体は高圧・低温で理想気体からずれる」と定性的に学びますが、どの程度ずれるのかを計算することはできません。
大学化学では、理想気体の2つの仮定それぞれに補正項を加えたファンデルワールスの状態方程式を用いて、実在気体のふるまいを定量的に記述します。
補正項 $a$ は分子間引力の強さ、$b$ は分子自身の体積を反映しており、
📖 C-2-4 で学んだ分子間力の大小から、気体ごとに理想気体からのずれ方がどう異なるかを予測できるようになります。
高校化学では、理想気体と実在気体の違いを次のように学びます。
高校ではさらに、ずれの原因として「分子自身の体積があるため、実際に動き回れる空間が減る」「分子間引力があるため、壁に衝突する直前に引き戻される」といった定性的な説明を学びます。 この説明自体は正しいものですが、「どの程度ずれるか」「気体の種類によってずれ方がどう違うか」を計算することはできません。
次のセクションでは、大学の道具を使うことで、この「どの程度」を定量的に扱えるようになることを確認します。
大学化学では、理想気体の状態方程式 $PV = nRT$ を出発点として、分子の大きさと分子間引力のそれぞれに対応する補正項を加えます。 この補正によって得られるのがファンデルワールスの状態方程式です。 さらに、圧縮因子 $Z = PV_m / RT$ という無次元量を導入することで、理想気体からのずれを1つの数値で定量化します。
この記事を読み終えると、以下のことができるようになります。
1. 理想気体の2つの仮定(点粒子・相互作用なし)のそれぞれを緩めたとき、状態方程式にどのような補正が必要かを説明できる
2. ファンデルワールスの状態方程式 $\left(P + \dfrac{a}{V_m^2}\right)(V_m - b) = RT$ を導出し、各項の物理的意味を説明できる
3. 圧縮因子 $Z = PV_m / RT$ を使って、実在気体の理想気体からのずれを定量的に評価できる
4. 分子間力の大きさ(定数 $a$)と分子のサイズ(定数 $b$)から、気体ごとのずれ方の違いを予測できる
ファンデルワールスの式を導くには、理想気体の状態方程式に対して「体積の補正」と「圧力の補正」の2つを行います。 次のセクションでは、それぞれの補正の物理的な意味を一つずつ確認していきます。
📖 C-6-1 で確認した通り、理想気体の状態方程式 $PV = nRT$ は次の2つの仮定に基づいています。
実在気体ではどちらの仮定も成り立ちません。以下、1 mol の気体について考えます(モル体積 $V_m = V/n$ を使います)。 理想気体では $PV_m = RT$ です。
実在の分子には有限の大きさがあります。そのため、容器の体積 $V_m$ のすべてを分子が自由に動き回れるわけではありません。 他の分子が占めている空間には入れないので、分子が実際に利用できる空間は $V_m$ より小さくなります。
この「他の分子が存在することで立ち入れなくなる体積」を排除体積(excluded volume)と呼び、1 mol あたりの値を $b$ と書きます。 分子が自由に動ける有効体積は $V_m - b$ です。
排除体積 $b$ の意味をもう少し具体的に考えます。2つの分子を直径 $d$ の剛体球とすると、2つの分子の中心間距離は $d$ 以下にはなれません。 つまり、1つの分子のまわりには半径 $d$ の球(体積 $\frac{4}{3}\pi d^3$)の空間があり、この中に他の分子の中心は入れません。 この排除体積は2つの分子のペアに対するものなので、分子1個あたりでは $\frac{1}{2} \times \frac{4}{3}\pi d^3$ となります。 これを1 mol 分集めたものが定数 $b$ です。
したがって、理想気体の式で $V_m$ を $V_m - b$ に置き換える必要があります。
$$PV_m = RT \quad \longrightarrow \quad P(V_m - b) = RT$$
$b$ の値が大きい気体ほど、分子のサイズが大きいことを意味します。
実在の分子間には引力が働きます。 📖 C-2-4 で学んだ通り、この引力はファンデルワールス力(分散力・双極子間力など)や水素結合に由来します。
気体の内部にいる分子はあらゆる方向から周囲の分子に引かれるので、引力は平均すると打ち消し合います。 しかし、壁の近くにいる分子は状況が異なります。壁に向かって飛んでいく分子は、背後にいる分子から引き戻されますが、壁の向こう側には分子がいないので、壁の方向には引力が働きません。 結果として、壁に向かう分子の速度は引力によって減速されます。
壁に衝突する分子の速度が下がるということは、壁が受ける力積が小さくなるということです。 つまり、実在気体の圧力は、分子間引力がないと仮定した場合よりも低くなります。
この圧力の減少量を見積もります。壁に向かう分子1個が受ける引き戻しの力は、その分子の背後にいる分子の数に比例します。 分子の数密度は $1/V_m$ に比例するので、1個の分子が受ける引力は $1/V_m$ に比例します。 さらに、壁に衝突する分子の数自体も数密度 $1/V_m$ に比例するため、圧力の減少量は $1/V_m^2$ に比例します。 これを比例定数 $a$ を使って $a/V_m^2$ と書きます。
実測される圧力 $P$ は、理想気体として振る舞ったときの圧力($P_{\text{ideal}}$ とします)から $a/V_m^2$ だけ低下したものです。
$$P = P_{\text{ideal}} - \frac{a}{V_m^2}$$
言い換えると、理想気体として扱うべき圧力は $P + a/V_m^2$ です。 $a$ の値が大きい気体ほど、分子間引力が強いことを意味します。
ここまでで、2つの補正の物理的な意味がそろいました。次のセクションでは、これらを組み合わせてファンデルワールスの状態方程式を完成させます。
セクション3で得た2つの補正を、理想気体の状態方程式 $PV_m = RT$ に同時に適用します。
出発点:理想気体の状態方程式(1 mol)
$$P_{\text{ideal}} \cdot V_{\text{free}} = RT$$
ステップ1:自由に動ける体積は $V_{\text{free}} = V_m - b$ です。
ステップ2:理想気体としての圧力は $P_{\text{ideal}} = P + a/V_m^2$ です(実測圧力 $P$ に引力補正を加えたもの)。
ステップ3:両方を代入します。
$$\left(P + \frac{a}{V_m^2}\right)(V_m - b) = RT$$
$$\left(P + \frac{a}{V_m^2}\right)(V_m - b) = RT$$
$P$:圧力(Pa)、$V_m$:モル体積(m${}^3$/mol)、$T$:絶対温度(K)、$R = 8.314 \; \text{J/(mol} \cdot \text{K)}$
$a$:分子間引力の強さを反映する定数(Pa $\cdot$ m${}^6$/mol${}^2$)
$b$:分子自身の体積(排除体積)を反映する定数(m${}^3$/mol)
この式は、理想気体の仮定を2箇所で緩めることで得られます。 純粋な理論式ではなく、物理的な考察に基づいて理想気体の式を修正した半経験式です。 定数 $a$ と $b$ は気体ごとに実験データから決定されます。 $a = 0$, $b = 0$ とすると理想気体の状態方程式に戻ります。
$n$ mol の気体に対しては、$V_m = V/n$ を代入して次のように書くこともできます。
$$\left(P + \frac{n^2 a}{V^2}\right)(V - nb) = nRT$$
代表的な気体のファンデルワールス定数を示します。
| 気体 | $a$ / (Pa $\cdot$ m${}^6$ $\cdot$ mol${}^{-2}$) | $b$ / ($10^{-5}$ m${}^3$ $\cdot$ mol${}^{-1}$) | 特徴 |
|---|---|---|---|
| He | 0.00346 | 2.38 | 最小の原子、分子間力が極めて弱い |
| $\text{H}_2$ | 0.0247 | 2.65 | 小さな無極性分子 |
| $\text{N}_2$ | 0.141 | 3.91 | 無極性、分散力のみ |
| $\text{CO}_2$ | 0.366 | 4.29 | 四重極モーメントを持つ |
| $\text{NH}_3$ | 0.422 | 3.71 | 極性分子、水素結合あり |
| $\text{H}_2\text{O}$ | 0.554 | 3.05 | 強い水素結合 |
この表から、重要な傾向を読み取ることができます。
$a$ が大きい = 分子間引力が強い → 壁に衝突する前に分子が引き戻される効果が大きい → 実測圧力が理想気体より低くなる
$b$ が大きい = 分子のサイズが大きい → 分子が自由に動ける空間が狭くなる → 高圧下で体積が理想気体より大きくなる
$a$ と $b$ はどちらも実験データから決定される定数であり、気体の分子構造を反映した固有の値です。
ここまでで、ファンデルワールスの状態方程式とその2つの定数の意味が明らかになりました。 しかし、理想気体からのずれが「体積を大きくする方向」に出るのか「小さくする方向」に出るのか、また条件によってどちらが優勢かは、式を見ただけでは直感的にわかりません。 次のセクションでは、圧縮因子という指標を導入して、この問題を整理します。
理想気体であれば $PV_m = RT$ が成り立つので、$PV_m / RT = 1$ です。 実在気体ではこの値が1からずれます。このずれを定量化するために、圧縮因子(compression factor)$Z$ を次のように定義します。
$$Z = \frac{PV_m}{RT}$$
$Z = 1$:理想気体のふるまい
$Z < 1$:実在気体のモル体積が理想気体より小さい(分子間引力の効果が優勢)
$Z > 1$:実在気体のモル体積が理想気体より大きい(排除体積の効果が優勢)
$Z$ は無次元量であり、温度と圧力の関数です。 同じ気体でも条件によって $Z$ の値は変わります。 $Z$ は理想気体の状態方程式を基準として定義した量なので、理想気体からのずれの指標となります。
ファンデルワールスの式 $\left(P + a/V_m^2\right)(V_m - b) = RT$ から、$Z$ がどのような形になるかを見てみます。 式を展開すると、
$$PV_m - Pb + \frac{a}{V_m} - \frac{ab}{V_m^2} = RT$$
両辺を $RT$ で割ると、
$$\frac{PV_m}{RT} = 1 + \frac{Pb}{RT} - \frac{a}{V_m RT} + \frac{ab}{V_m^2 RT}$$
つまり、
$$Z = 1 + \frac{Pb}{RT} - \frac{a}{V_m RT} + \frac{ab}{V_m^2 RT}$$
$V_m$ が十分大きい場合(低圧の場合)、最後の項 $ab/V_m^2 RT$ は無視できるほど小さくなります。 すると、$Z$ は近似的に次の形になります。
$$Z \approx 1 + \frac{Pb}{RT} - \frac{a}{V_m RT}$$
この式から、2つの補正が $Z$ に反対方向の寄与をすることがわかります。
誤解:実在気体は分子間引力があるため、理想気体よりも体積が小さくなる($Z < 1$ になる)。
正しい理解:$Z < 1$ か $Z > 1$ かは条件によって異なります。 中程度の圧力では分子間引力の効果が優勢で $Z < 1$ になることが多いですが、 高圧では排除体積の効果が優勢になり $Z > 1$ に転じます。 どちらの補正が勝つかは、圧力・温度と、気体固有の定数 $a$, $b$ の大小関係で決まります。
圧力を上げていったとき、$Z$ がどう変化するかを考えます。
低圧領域($P$ が小さい):分子同士の平均距離が大きいため、排除体積も分子間引力もほとんど影響しません。$Z \approx 1$ です。
中程度の圧力:分子同士がある程度近づき、分子間引力の効果が現れます。壁に衝突する分子が引き戻されるため、圧力が理想気体より低くなり、$Z < 1$ となります。 $a$ が大きい気体(分子間引力が強い気体)ほど、$Z$ は1より大きく下がります。
高圧領域:分子同士が非常に近接し、排除体積の効果が支配的になります。分子自身の体積が無視できなくなるため、理想気体より大きな体積を占め、$Z > 1$ に転じます。 十分に高い圧力ではすべての気体で $Z > 1$ です。
He や $\text{H}_2$ のように $a$ が非常に小さい気体では、分子間引力の効果がほとんどないため、低圧から $Z > 1$ の傾向を示します。 一方、$\text{NH}_3$ や $\text{H}_2\text{O}$ のように $a$ が大きい気体では、広い圧力範囲で $Z < 1$ が続いた後、高圧で $Z > 1$ に転じます。
ある特別な温度では、低圧域での分子間引力の効果と排除体積の効果がちょうど打ち消し合い、$Z$ が広い圧力範囲で1に近い値を保つことがあります。 この温度をボイル温度 $T_{\text{B}}$ と呼びます。
ファンデルワールスの式からボイル温度を見積もることができます。 低圧近似で $Z \approx 1 + (b - a/RT)/V_m \times (PV_m/RT)$ の形になり、$b - a/RT = 0$ のとき第2項が消えます。 したがって、
$$T_{\text{B}} = \frac{a}{Rb}$$
例えば $\text{N}_2$ では $T_{\text{B}} = 0.141 / (8.314 \times 3.91 \times 10^{-5}) = 434 \; \text{K}$ と見積もられます(実測値は約 327 ${}^\circ\text{C}$ = 600 K。ファンデルワールスの式は近似なので、定量的な一致は限定的です)。 ボイル温度付近では実在気体が理想気体に近いふるまいをするため、精密な実験で理想気体の性質を確認したい場合に重要です。
ここまでで、圧縮因子 $Z$ を使って理想気体からのずれを定量的に評価する方法と、2つの補正が条件によって競合することがわかりました。 次のセクションでは、具体的な気体について数値計算を行い、ファンデルワールスの式がどの程度のずれを予測するかを確かめます。
$\text{CO}_2$ を $T = 500 \; \text{K}$, $P = 100 \times 10^5 \; \text{Pa}$(= 100 atm)の条件で考えます。 ファンデルワールス定数は $a = 0.366 \; \text{Pa} \cdot \text{m}^6 \cdot \text{mol}^{-2}$, $b = 4.29 \times 10^{-5} \; \text{m}^3 \cdot \text{mol}^{-1}$ です。
理想気体の場合:
$$V_m^{\text{ideal}} = \frac{RT}{P} = \frac{8.314 \times 500}{100 \times 10^5} = \frac{4157}{1.00 \times 10^7} = 4.16 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$$
ファンデルワールスの式の場合:
$\left(P + a/V_m^2\right)(V_m - b) = RT$ は $V_m$ について3次方程式になるため、直接解くのは容易ではありません。 ここでは反復法(繰り返し計算)を使います。
ファンデルワールスの式を $V_m$ について整理すると、
$$V_m = \frac{RT}{P + a/V_m^2} + b$$
初期値として理想気体のモル体積 $V_m^{(0)} = 4.16 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$ を代入します。
まず $a/V_m^2$ を計算します。
$$\frac{a}{(V_m^{(0)})^2} = \frac{0.366}{(4.16 \times 10^{-4})^2} = \frac{0.366}{1.73 \times 10^{-7}} = 2.12 \times 10^6 \; \text{Pa}$$
これを式に代入します。
$$V_m^{(1)} = \frac{8.314 \times 500}{1.00 \times 10^7 + 2.12 \times 10^6} + 4.29 \times 10^{-5} = \frac{4157}{1.21 \times 10^7} + 4.29 \times 10^{-5}$$
$$= 3.44 \times 10^{-4} + 4.29 \times 10^{-5} = 3.87 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$$
もう一度繰り返すと $V_m^{(2)} \approx 3.66 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$ となり、さらに繰り返すと $V_m \approx 3.66 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$ に収束します。
結果をまとめます。
| モデル | $V_m$ (m${}^3$/mol) | $Z = PV_m/RT$ |
|---|---|---|
| 理想気体 | $4.16 \times 10^{-4}$ | $1.00$ |
| ファンデルワールス | $3.66 \times 10^{-4}$ | $0.88$ |
ファンデルワールスの式から得られた $Z = 0.88$ は 1 より小さく、分子間引力の効果が排除体積の効果を上回っていることを示しています。 実在の $\text{CO}_2$ はこの条件で理想気体より約12%小さいモル体積を持つと予測されます。
同じ条件($T = 500 \; \text{K}$, $P = 100 \times 10^5 \; \text{Pa}$)で He を考えます。 $a = 0.00346 \; \text{Pa} \cdot \text{m}^6 \cdot \text{mol}^{-2}$, $b = 2.38 \times 10^{-5} \; \text{m}^3 \cdot \text{mol}^{-1}$ です。
$$\frac{a}{(V_m^{(0)})^2} = \frac{0.00346}{(4.16 \times 10^{-4})^2} = 2.00 \times 10^4 \; \text{Pa}$$
$a/V_m^2 = 2.00 \times 10^4 \; \text{Pa}$ は $P = 1.00 \times 10^7 \; \text{Pa}$ に比べてわずか 0.2% にすぎません。 つまり He では分子間引力の補正はほぼ無視できます。一方、排除体積 $b$ の補正は残ります。
$$V_m \approx \frac{RT}{P} + b = 4.16 \times 10^{-4} + 2.38 \times 10^{-5} = 4.40 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$$
$$Z = \frac{PV_m}{RT} = \frac{1.00 \times 10^7 \times 4.40 \times 10^{-4}}{8.314 \times 500} = \frac{4400}{4157} = 1.06$$
He では $Z = 1.06 > 1$ であり、排除体積の効果が優勢です。 分子間引力が非常に弱いため、$Z$ は低圧から1を超える傾向を示します。
同じ温度・圧力でも、$\text{CO}_2$ では $Z < 1$(引力が優勢)、He では $Z > 1$(排除体積が優勢)と、正反対の結果になりました。 この違いは定数 $a$ の大きさで説明できます。$\text{CO}_2$ の $a$ は He の約100倍であり、分子間引力の効果が圧倒的に大きいため $Z$ が1を下回ります。
過信:ファンデルワールスの式を使えば、実在気体のふるまいを正確に計算できる。
正しい理解:ファンデルワールスの式は定性的な傾向($Z < 1$ か $Z > 1$ か、どの気体がよりずれるか)を正しく予測しますが、定量的な精度には限界があります。 より高精度な計算には、レッドリッヒ・クウォンの式やペン・ロビンソンの式など、改良された状態方程式が使われます。 ファンデルワールスの式の価値は、2つの補正の物理的意味が明確であることと、実在気体のふるまいを理解する出発点として優れていることにあります。
Q1. ファンデルワールスの状態方程式で、補正項 $a/V_m^2$ は圧力に対して加算されています。この補正が「加算」である理由を物理的に説明してください。
Q2. ファンデルワールス定数 $a$ が大きい気体と小さい気体では、中程度の圧力での圧縮因子 $Z$ にどのような違いが現れますか。
Q3. 十分に高い圧力では、すべての実在気体で $Z > 1$ になります。この理由を説明してください。
Q4. $\text{H}_2\text{O}$ のファンデルワールス定数 $a$ は $\text{N}_2$ の約4倍です。この違いの分子論的な理由を述べてください。
ファンデルワールスの状態方程式において、定数 $a$ と $b$ はそれぞれ何を表していますか。 また、$a = 0$, $b = 0$ とするとどの式に帰着しますか。
$a$ は分子間引力の強さを反映する定数で、値が大きいほど分子間の引力が強いことを意味します。圧力を補正する項 $a/V_m^2$ に現れます。
$b$ は分子自身の体積(排除体積)を反映する定数で、値が大きいほど分子のサイズが大きいことを意味します。体積を補正する項 $V_m - b$ に現れます。
$a = 0$, $b = 0$ とすると $(P + 0)(V_m - 0) = RT$、すなわち理想気体の状態方程式 $PV_m = RT$ に帰着します。
$\text{N}_2$($a = 0.141 \; \text{Pa} \cdot \text{m}^6 \cdot \text{mol}^{-2}$, $b = 3.91 \times 10^{-5} \; \text{m}^3 \cdot \text{mol}^{-1}$)について、 $T = 300 \; \text{K}$, $P = 200 \times 10^5 \; \text{Pa}$(200 atm)における圧縮因子 $Z$ をファンデルワールスの式から求めてください。 反復計算は1回で打ち切ってかまいません。
理想気体のモル体積:
$$V_m^{(0)} = \frac{RT}{P} = \frac{8.314 \times 300}{200 \times 10^5} = 1.247 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$$
圧力の補正項:
$$\frac{a}{(V_m^{(0)})^2} = \frac{0.141}{(1.247 \times 10^{-4})^2} = \frac{0.141}{1.555 \times 10^{-8}} = 9.07 \times 10^6 \; \text{Pa}$$
反復1回目:
$$V_m^{(1)} = \frac{RT}{P + a/V_m^2} + b = \frac{2494}{2.00 \times 10^7 + 9.07 \times 10^6} + 3.91 \times 10^{-5}$$
$$= \frac{2494}{2.91 \times 10^7} + 3.91 \times 10^{-5} = 8.57 \times 10^{-5} + 3.91 \times 10^{-5} = 1.248 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$$
圧縮因子:
$$Z = \frac{PV_m}{RT} = \frac{200 \times 10^5 \times 1.248 \times 10^{-4}}{8.314 \times 300} = \frac{2496}{2494} = 1.00$$
この条件($\text{N}_2$, 300 K, 200 atm)では、排除体積による $Z$ の増加と分子間引力による $Z$ の減少がほぼ打ち消し合い、$Z \approx 1$ となっています。これは偶然に近い相殺であり、別の圧力条件では $Z$ は1からずれます。
$\text{NH}_3$($a = 0.422 \; \text{Pa} \cdot \text{m}^6 \cdot \text{mol}^{-2}$, $b = 3.71 \times 10^{-5} \; \text{m}^3 \cdot \text{mol}^{-1}$)の ボイル温度 $T_{\text{B}}$ をファンデルワールスの式から見積もってください。
$$T_{\text{B}} = \frac{a}{Rb} = \frac{0.422}{8.314 \times 3.71 \times 10^{-5}} = \frac{0.422}{3.08 \times 10^{-4}} = 1370 \; \text{K}$$
$\text{NH}_3$ のボイル温度は約 1370 K と非常に高い値になります。これは $a$ が大きい(分子間引力が強い)ためです。この温度以下では分子間引力の効果が排除体積の効果を上回り、$Z < 1$ になる傾向を示します。実際、$\text{NH}_3$ は室温(約 300 K)ではボイル温度よりはるかに低いため、中程度の圧力で顕著に $Z < 1$ となります。
以下の3つの気体について、同じ温度・圧力($T = 400 \; \text{K}$, $P = 50 \times 10^5 \; \text{Pa}$)で圧縮因子 $Z$ を比較します。
| 気体 | $a$ / (Pa $\cdot$ m${}^6$ $\cdot$ mol${}^{-2}$) | $b$ / ($10^{-5}$ m${}^3$ $\cdot$ mol${}^{-1}$) |
|---|---|---|
| He | 0.00346 | 2.38 |
| $\text{N}_2$ | 0.141 | 3.91 |
| $\text{NH}_3$ | 0.422 | 3.71 |
(a) 理想気体のモル体積 $V_m^{\text{ideal}}$ を求めてください。
(b) 各気体の $Z$ を近似的に求めてください(反復1回で可)。
(c) $Z$ の大小関係を、各気体の分子間力の特徴と関連づけて論述してください。
(a)
$$V_m^{\text{ideal}} = \frac{RT}{P} = \frac{8.314 \times 400}{50 \times 10^5} = \frac{3326}{5.00 \times 10^6} = 6.65 \times 10^{-4} \; \text{m}^3/\text{mol}$$
(b) 各気体について $V_m$ を反復1回で求め、$Z$ を計算します。
He:$a/V_m^2 = 0.00346/(6.65 \times 10^{-4})^2 = 7.83 \times 10^3 \; \text{Pa}$($P$ の0.16%、ほぼ無視可能)
$$V_m \approx \frac{3326}{5.00 \times 10^6} + 2.38 \times 10^{-5} = 6.65 \times 10^{-4} + 2.38 \times 10^{-5} = 6.89 \times 10^{-4}$$
$$Z_{\text{He}} = \frac{5.00 \times 10^6 \times 6.89 \times 10^{-4}}{3326} = 1.04$$
$\text{N}_2$:$a/V_m^2 = 0.141/(6.65 \times 10^{-4})^2 = 3.19 \times 10^5 \; \text{Pa}$
$$V_m = \frac{3326}{5.00 \times 10^6 + 3.19 \times 10^5} + 3.91 \times 10^{-5} = \frac{3326}{5.32 \times 10^6} + 3.91 \times 10^{-5}$$
$$= 6.25 \times 10^{-4} + 3.91 \times 10^{-5} = 6.64 \times 10^{-4}$$
$$Z_{\text{N}_2} = \frac{5.00 \times 10^6 \times 6.64 \times 10^{-4}}{3326} = 1.00$$
$\text{NH}_3$:$a/V_m^2 = 0.422/(6.65 \times 10^{-4})^2 = 9.54 \times 10^5 \; \text{Pa}$
$$V_m = \frac{3326}{5.00 \times 10^6 + 9.54 \times 10^5} + 3.71 \times 10^{-5} = \frac{3326}{5.95 \times 10^6} + 3.71 \times 10^{-5}$$
$$= 5.59 \times 10^{-4} + 3.71 \times 10^{-5} = 5.96 \times 10^{-4}$$
$$Z_{\text{NH}_3} = \frac{5.00 \times 10^6 \times 5.96 \times 10^{-4}}{3326} = 0.90$$
大小関係:$Z_{\text{He}}(1.04) > Z_{\text{N}_2}(1.00) > Z_{\text{NH}_3}(0.90)$
(c) He は最小の原子であり、分子間力は非常に弱い分散力のみです。そのため $a$ が極めて小さく、分子間引力の効果がほぼないため、排除体積の効果だけが現れて $Z > 1$ となります。 $\text{N}_2$ は無極性分子で分子間力は分散力のみですが、He より分子が大きいため $a$ は He の約40倍です。この条件では引力と排除体積の効果がほぼ拮抗し、$Z \approx 1$ です。 $\text{NH}_3$ は極性分子であり、加えて水素結合も形成するため、分子間引力が3つの中で最も強く $a$ が最大です。そのため分子間引力による圧力の減少効果が大きく、$Z < 1$ となっています。